思い出してはいけないこと
王太子妃殿下、がんばっています
久しぶりに、王太子妃と面会していくことになった。
「アレクシス様、お久しぶりでございます。少しお痩せになられたのでは?」
王太子妃は、親しげに話しかけてきた。
そういう王太子妃の方がやつれて、疲れているようアレクには見えた
「やっと娘ができまして、そちらに夢中でございます」
アレクは笑った。
「うちの子は、わんぱくで困る。
妃が必死に言い聞かせるのだが……。
アレクシスのように、本好きでおとなしい子がよかった、とぼやいているぞ」
王太子が笑った。
「そういえば……私が小さい頃の話は、両親からあまり聞いたことがありません」
アレクは、ふと思い出した。
その瞬間。
心の奥から――
『思い出してはいけない』
そんな感覚が、急にこみ上げてきた。
「アレク? どうした?」
王太子は、アレクの顔色が変わったことに気づき、不思議そうに尋ねた。
「何でもございません。
育児に加えて、父が寝込んでしまいましたので、少々疲れているのかもしれません。
体力には自信があったのですが」
アレクは苦笑した。
「本ばかり読んでいると思わせておいて、あの『巨体』を蹴り倒す体力の持ち主ですものね」
王太子妃が笑いながら言った。
「毎朝、騎士の訓練に参加させられてきましたし、護身術や、剣を使わない武術なども学ばされてきました。
そのせいで本を読む時間が足りず、徹夜で本を読んだりもしていましたから、育児くらい大丈夫だと思っていたのです……。
ですが、育児は赤ん坊のペースに合わせなくてはなりません。
自分の都合では動けない。
そこが大変ですね」
アレクが言った。
「そうなのよ。
自分の思い通りになんて、全然ならない。
いつも振り回されてばかり。
悪いことをして、いくら叱っても同じことを繰り返すし、本人には悪気がないから、強く怒ることもできない。
言い聞かせても、言うことを聞かないし……。
今はお昼寝中なので、侍女に見てもらっているわ」
王太子妃は、苦笑しながら子育ての話をした。
「いずれ分かるようになるさ。
焦らなくてもよい」
王太子が、妃をなだめるように言った。
「殿下は、ご子息の面倒を見られないのですか?」
アレクが不思議そうに尋ねた。
「それは、母親の仕事であろう?
私は、見守るだけだ」
王太子が、逆に不思議そうな顔をした。
「いったい、誰の子ですか」
アレクは驚いたように言った。
「ましてや、将来は王太子、そして国王になるお子です。
王太子殿下も、育児に関わるべきです」
「えっ?
そうなのか?」
王太子の目が丸くなる。
「私の父は、私が物心つく前から、そばでいろいろなことを教えてくれていました。
本が好きになったのも、父が読み聞かせをしてくれたからです。
母親一人では、限界があると思います」
アレクはそう言いながら、また何かが胸に引っかかった。
(何だ……?)
「そうか……。
そういえば、両陛下に引き取られてからは、陛下にずいぶんいろいろなことを教えていただいた気がする」
王太子はうなずいた。
「これからは、私も息子ときちんと向き合うようにするよ。
助言、感謝する。
もう少し子供が大きくなったら、リリアも一緒に遊びに来てほしい。
小さい子を見れば、少しは落ち着くかもしれない」
王太子は笑った。
「そうですね。
リリアにも伝えておきます。
それでは、そろそろ失礼いたします」
アレクは王太子夫妻のもとを辞し、帰路についた。
◇
帰りの馬車の中で、アレクは考え込んでいた。
(何なのだろう……。
この胸につかえる、嫌な感覚は……)
どうしても心が晴れなかった。
◇
「あなた、顔色がよくありません」
帰宅してキャロルの顔を見に来たアレクを見て、リリアは驚いた。
「ちょっとな……。
何か、大事なことを忘れているような気がする。
でも、それは思い出してはいけないような気もして……。
自分でも、よく分からないのだ」
アレクは、正直に自分の心境を語った。
「すまんな。
今は、そなたにしか弱音を吐けない。
父上は寝込んでいるし、母上はその看病で大変だ。
執事も仕事が増えてしまっている」
執事には、新しい助手がついていた。
あの新婚旅行で訪れた別邸の管理人夫婦の息子である。
現在は『執事見習い』として、執事からさまざまなことを教え込まれている最中だった。
「どうでしょう?
久しぶりにレオン様に会ってきては?
アンドル様もご一緒に。
あの方たちも、つらい経験を乗り越えてこられています。
よい相談相手になると思います」
リリアが言った。
「しかし、今は私がこの屋敷を離れるわけにはいかない」
アレクは首を振った。
「だが……。
そういう方法もあると分かっただけで、何だか少し肩の力が抜けたよ。
ありがとう、リリア」
アレクは、リリアの額にそっと唇を寄せた。
「ご無理は禁物です。
皆で支え合えるのが、この家の強みです。
緊急でないことは、後回しにしてよいのです」
リリアが微笑む。
「そうだな。
今は、この子を無事に育てることに集中しよう。
父上のことは母上に任せる。
それぞれが、自分の役目を精いっぱい果たそう」
アレクは、胸のつかえをひとまず振り払うことにした。
今の世の中だと、王太子殿下の考え方が主流なんだろうと思いつつ、アレク派が多数になってほしいと思う作者です
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