抱え続けたもの
とうとう、公爵が倒れてしまいました
数日後――
「父上が、寝込まれてしまった……」
アレクがリリアに言った。
「すまないが、これから私の負担が増える。
今まで通りにはできない」
アレクは、リリアに頭を下げた。
「いいえ。
これ以上、今までと同じことを続けていたら、あなたの方が倒れていました。
キャロルのことはこちらにお任せください。
私は一人ではありません。
侍女たちもおります」
リリアが言った。
◇
あれから、アレクは公爵に呼ばれ、国王からキャロルを将来、王太子夫妻の王子に嫁がせてほしいという打診があったことを聞かされた。
「国王陛下のご心配は、わからなくもありません。
ですが、我が国では混血だからといって、何か問題が起きているわけではありません。
そこまで『血筋』にこだわる必要があるのでしょうか」
アレクが言う。
「もちろん、キャロルにとっては、この上もなく名誉なことです。
ですが、そのように育てるとなると、私とリリアには荷が重すぎます……」
アレクは、ため息をついた。
「のびのびと育てたいのです。
好きなことをさせて、得意なことを伸ばしてやりたい。
リリアも、同じように考えております」
「そなたたちは、そう言うと思っていた」
公爵は笑った。
「まあ、今すぐ決めなければならないことではない。
そういう可能性もあるかもしれない、と心に留めておけばよい」
公爵は優しく微笑んだ。
「父上は、どう思っておられるのです?
本当は、その場で話を受けたかったのではございませんか?」
アレクが、少々いぶかしげな顔をした。
公爵は驚いたようにアレクを見る。
「そなたたちの子供だ。
わしに口を出す権利はない」
「リリアと結婚できたのは、父上のおかげです。
父上は、私たちに遠慮しすぎます。
もう少し、ご自分の意見をおっしゃってもいいと思うのです。
私たちは、まだ若い。
父上の豊富な経験から助言をいただきたい時もあります」
アレクが言った。
公爵は、遠い目をした。
「そういえば……。
わしは、あまり自分の意見というものを通したことがないな……」
それは、子供の頃からだった。
孫ができる年齢になっても、その本質は変わっていない。
「わしは、公爵には向いていないのかもしれない」
弱気な父親の言葉に、アレクは胸騒ぎを覚えた。
「いったい、何があったのです?」
「何でもない。
ただの取り越し苦労だよ。
なぜか最近、過去のことばかり思い出してしまうのだ」
公爵の目は、どこか遠くを見ている。
「父上は、親には恵まれなかったかもしれません。
ですが、母上がおります。
まだ頼りないでしょうが、私もいます。
リリアもいます。
執事も、侍女も、侍従も、騎士たちも、皆、父上を尊敬しています」
アレクは、父親の顔を見つめた。
「父上は、過去につらい思いをしても、それを誰かにぶつけることなく、ずっと胸の中に収めてこられました。
それが積もり積もって、限界になっているのではありませんか?」
今までとは違う父親の様子に、アレクは困惑していた。
「吐き出すことも大切です。
私も受け止めます。
いったい、どうしたというのです?」
アレクが尋ねた。
公爵はしばらく黙っていた。
やがて、つぶやくように言った。
「父上とセリーは、つながっていたのではないか?
信じたくはないのだが……」
アレクの顔から、さっと血の気が引いた。
「そなた……何を知っている?」
アレクの表情が変わったのを、公爵は見逃さなかった。
厳しい瞳が、息子を見つめる。
「何も知りません。
ただ……驚いただけです。
そう言われてみれば、あり得るのかもしれない、と。
祖父なら、やりかねない……。
すみません」
アレクは頭を下げた。
そして、必死に言葉を続ける。
「父上、考えすぎです。
それに、もしそれが事実だったとしても、祖父はもうこの世にはいません。
死人を罰することはできません。
忘れろとは申しません。
ですが、これからはキャロルをどう育てていくか、そういうことを考えてほしいのです。
未来を見ましょう」
アレクは必死に訴えた。
だが――
公爵は、その翌日からベッドを離れられなくなった。
◇
「私が、至らなかったせいでございます」
アレクは母親に頭を下げた。
「あなたのせいではありません」
夫人は静かに言った。
「親に助けてもらえなかった子供は、大人になっても、その傷を抱えたまま生きていくことがあります。
主人も、ずっとそうだったのでしょう」
夫人は、しばらく目を伏せた。
「あの人は、何もかも背負いすぎてしまったのです。
少し休ませてあげましょう。
私たちでは、どうすることもできない部分もあります。
自分自身で向き合わなければならない問題なのだと思います」
そう言う夫人の目にも、不安の色がにじんでいた。
◇
数日後、アレクシスは国王と王太子に謁見した。
「以前、王太子殿下に見せていただいた書類の内容に、父が勘づいております」
アレクが二人に告げた。
「やはりか……。
公爵殿ほどの人だ。
気づかないわけがなかったな」
国王が遠い目をした。
「事実を、はっきり伝えた方がよいのではありませんか?」
王太子が言った。
「いや、それではショックが大きすぎる」
国王は強く反対した。
「公爵は、責任感の強い人間だ。
実の父親が……。
事実を知った時のことを考えるだけでも、おそろしい」
「私も、父の性格を考えると、黙っていた方がよいと思います」
アレクが言った。
「私は祖父が大嫌いでしたので、知った時も『やはり』と思っただけでした。
ですが父は、ずっと両親からの愛情に飢えていたように思います。
その両親の、さらなる『闇』を知ったら、どれほどの衝撃を受けるか……。
今の段階で、すでに寝込んでしまっています」
国王と王太子は、黙り込んだ。
「とにかく、今は様子を見よう。
アレク、大変だろうが、公爵の代理を頼む。
ゆっくり休んでほしい気持ちはあるのだが……。
公爵でなければ頼めないことも多い。
できれば、早く元気になってほしいものだ」
「はい。
父上のようにはできませんが、可能な限り努めます」
アレクは頭を下げた。
「父親になって、少し頼りがいが出てきたようだな」
国王が笑った。
そして、ふと思い出したように続ける。
「そういえば、公爵殿には、キャロル嬢と王太子夫妻の王子を婚約させてはどうかと話したのだ。
聞いておらぬか?」
「伺いましたが……。
今は、何とも申し上げられません」
アレクは、ため息をついた。
「結婚してから一年ほど、私たちは子供に恵まれませんでした。
ようやく授かった娘です。
もしかすると、私たちは子供を授かりにくいのかもしれません。
そうなれば、キャロルが跡取り娘となります。
その場合は、婿養子を迎えなければならなくなるかもしれません。
先のことを考えておくのは悪いことではないと思います。
ですが、これから何があるか分からないのも事実です。
ですから、『可能性の一つ』として視野に入れておくくらいでよいのではないでしょうか?」
アレクが答えた。
「それもそうだな……。
レオンのところにも娘が生まれたと聞く。
ただ、王子より少々年上だ。
母親の身分も高くない。
レオン自身も、王室との関わりはそれほど深くない。
父親の血統だけなら、申し分ないのだが」
国王がため息をついた。
「后となる方が年上でも、別に構わないではありませんか。
ジャンヌは、よくできた奥方です。
母親の身分も、そこまで重要ではないと思います」
アレクが言う。
「アンドルのところはどうでしょう?
あそこにも女の子が生まれたと聞きました。
最近は互いに育児で忙しく、あまり連絡を取っておりませんが。
混血同士、理解し合える部分もあるかもしれません。
これからは、国際感覚も大切です」
「若いそなたの意見は柔軟で、参考になる。
我々の世代になると、どうも頭が固くなる」
国王は苦笑した。
そして、また表情を曇らせる。
「公爵殿も……父上のことを知らずにいてくれればよいのだが……」
国王がため息をついた。
アレクも、同じようにため息をつく。
「私のような若輩者が父上に意見するなど、本来ならできないことです。
ですが、できる限り力になりたいと思っております」
アレクは、そう自分自身に言い聞かせた。
前回が短かったので、同時公開です
お読みいただきまして、ありがとうございます




