喜ばしい話のはずなのに
だんだん、公爵が不安定になっていきます
その頃、王太子夫妻の間に生まれた王子は、二歳になっていた。
母親似の金髪である。
「王太子が混血。さらに王太子妃は他国の娘……。
このままでは、我が国の血が薄くなってしまうのではないか?」
国王夫妻は、不安を抱いていた。
王太子は、国王夫妻の実子ではない。
もともと王弟が、他国から政略結婚で妻を迎えた。
しかし、国王夫妻には子供が授からず、王弟夫妻の間に生まれた混血児である王子を、王太子として引き取ることになったのだ。
「今から、国内の娘と婚約させてはどうだろう?」
国王が言った。
「まだ、孫は二歳でございます。
もう少し待たれた方が……」
王妃がたしなめる。
「いや、早くしておかねば、また海外の娘を迎えることになったら大変だ」
国王は、すでに決心しているようだった。
「公爵家に孫娘が生まれたと聞いた。
アレクとリリアの子だ。
賢くないわけがない。
他に取られたら困る!」
「まだ、生まれてひと月も経っておりません。
気が早すぎます」
王妃はあきれた。
「とにかく、打診だけはしておく。
今から伝えておけば、『そのように』育てることもできよう。
よいな」
王妃は、それ以上何も言えなかった。
◇
公爵は国王に呼び出され、その話を告げられた。
「大変光栄なことでございますが……」
公爵は喜びつつも、複雑な表情を浮かべていた。
「まだ、生まれたばかりでございます。
もう少し様子を見た方がよろしいかと存じます。
万が一、病気が見つかったり、発達に遅れがあったりした場合もございます。
陛下からお話があったことは、息子夫婦に伝えます。
ですが、先は長うございます。
気長に見守ってまいりましょう。
私も妻から、いろいろと言われましたので」
国王は、渋々ながらうなずいた。
公爵は、そのまま王宮を後にした。
「少し、町に寄りたい」
公爵は従者に告げた。
「何か御用でも?」
従者が不思議そうに尋ねる。
いつもなら、孫見たさにまっすぐ帰宅するからだ。
「少し、頭を冷やしたいのだよ」
公爵の言葉に、従者は首を傾げながらも、言われた通り町へ向かった。
(わしは、キャロルが将来の王妃になるのなら、うれしい。
あの場で、すぐに承諾したいくらいだった。
だが……アレクとリリアは、どう考えるだろうか?)
公爵の頭の中は、そのことでいっぱいだった。
やがて、馬車の通り道に人だかりが見えてきた。
「セリー殿は、はめられたのだ!
本当は無実なのだ!
そうでなければ、とっくに死刑が執行されているはずだ!
あれほど罪状が重いのに、死刑になっていないということは、王家の側に後ろめたいことがあるからに違いない!」
台の上に立った男が、大声で叫んでいる。
「なんだ、あれは?」
公爵の顔が引きつった。
「ああ……最近、『セリーは無実だ』と騒ぐ者たちが現れまして」
従者の表情も曇る。
「おそらくですが……娼館の関係者ではないかと思われます。
あの娼館には、他ではなかなか見られない『高級』な娼婦がそろっておりました。
そこがなくなったことで、行き場をなくした貴族たちが、娼館を元通りにしたがっているようでして……」
公爵は、深いため息をついた。
「女性を金で買う……。
何のためだ?
家族よりも、一時の快楽の方が大切なのか?
私には、まったく理解できない」
公爵の脳裏に、娼館へ通い、湯水のように金を使っていた亡き父の姿が浮かんだ。
レオンのためだと言いながら、実際には、それを口実にしていただけではないのか。
公爵は、今でもそう思っている。
(娼館で使った金があれば、十分にレオンを引き取れたのではないか?)
そう思わずにはいられなかった。
それほどまでに、前侯爵が亡くなった後の財政は苦しかったのだ。
そして、それを知るなり、自分の母親である元侯爵夫人は、さっさと家を出ていった。
『借金を自分が背負うのは嫌だ』
それが理由だった。
侯爵が亡くなるまでは好き勝手に暮らし、わがまま放題。
嫁いびりもひどかった。
そんな状況の中、今の妻は自分の持参金をすべて預けてくれた。
さらに妻の実家からも援助を受け、ようやく公爵家を立て直すことができたのだ。
公爵は首を振った。
(私は、あのようにはならない)
そして、群衆を見ながら、さらに思う。
(こういう者たちは、セリーに騙された側の気持ちなど、考えられないのだろう。
相手の立場に立つことができない。
自分さえよければいい。
私は、そういう人間とは関わりたくない)
だが、考えれば考えるほど、公爵の表情は沈んでいった。
「だんな様、お顔の色がよろしくありません。
もう帰りましょう」
その様子を見た従者が言った。
「そうだな……。
セリーの名前を聞いて、気分が悪くなった。
そうしてくれ」
公爵は、そのまま自宅へ戻ることにした。
◇
帰宅した公爵を、アレクがキャロルを抱いて出迎えた。
「ほーら、おじい様のお帰りですよ~。
父上、お疲れさまです」
アレクが笑顔で言う。
国王からの呼び出し。
きっと何かを言いつけられたのだろう。
少しでも励まそうと、キャロルを抱いて迎えに出たのだ。
だが――
「だんな様、お顔の色がすぐれませんが……。
どうなさいました?」
執事は、すぐに公爵の様子がおかしいことに気づいた。
「何でもない。
アレクシス、後で話がある。
そなたと私、二人だけで話したい」
そう言って、キャロルの顔をしばらく見つめると、公爵は自室へ戻っていった。
「何があったのだ?
いつもなら、キャロルを見れば笑顔になるのに……」
アレクは、付き添っていた侍従と護衛に尋ねた。
「それが……町へ寄った際、『セリーは無実だ』と叫ぶ男と、それに群がる者たちを見てから、急にご様子が変わりまして……」
侍従も困惑していた。
「ああ、私も最近、その話は聞いた。
何も知らない者が聞けば、もっともらしく聞こえるのが厄介なのだ」
アレクの顔が曇る。
「母上にも知らせておこう。
母上なら、きっとうまく対処してくださる。
執事、頼めるか?」
「はい。かしこまりました」
執事は頭を下げ、公爵夫人のもとへ向かった。
セリーを擁護する人間達に、かつての自分を虐げた両親を重ねてしまった公爵
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