おじい様は仕事をしてください
孫ってかわいいのですよ~~(実体験)
アレクシスとリリアーナの結婚から、二年以上が過ぎていた。
結婚して一年ほど経った頃、ようやくリリアが妊娠し、二人の間に女の子が誕生した。
その子には、『キャロル』という名前がつけられた。
名づけ親は公爵だった。
「かわいいのう……」
孫娘が生まれてからというもの、公爵は数日間、時間さえあればリリアの部屋を訪れ、キャロルのそばから離れようとしなかった。
「お気持ちはわかりますが、リリアも出産で疲れているのです。
父上が顔を出すと、気を遣ってしまいます」
アレクに注意される。
「そうですよ。授乳だって、異性の前ではできません」
夫人や侍女からも注意された。
公爵はしょんぼりとうなだれる。
「ずっとそばにいたい……」
そんな公爵に、執事が同情するような目を向けた。
「だんな様は、よろしいではありませんか。
将来、『おじい様』と呼んでいただけるのですよ。
私は、一生『執事』のままです」
執事の目が遠くなる。
仕事に打ち込むあまり、女性と付き合う時間もなかったのであろう。
公爵は、そう思った。
「今から『誰か』探してみたらどうかな?
それか、養子を取るとか」
公爵が言う。
すると執事は、きりっとした顔になった。
「亡くなった公爵様の妹君――マーガレット様が、私の永遠の憧れでございます」
今度は、公爵の目が遠くなった。
「妹か……。
父上は、あんな伯爵ではなく、そなたに嫁がせればよかったのに」
「それでは、リリアーナ様が生まれておりません」
執事の顔は真剣だった。
「いや、生まれて、そなたの娘になっていたはず……」
公爵が反論したが、
「あの頃の私の年齢をお忘れですか?
だんな様、少々お疲れなのでは?」
執事がすかさず返す。
「うっ……そうであったな」
公爵の顔が歪んだ。
「だからこそ、『憧れの方』なのです。
私は一生、マーガレット様のご息女であるリリア様に忠誠を誓います」
執事が大真面目な顔で言った。
「公爵家ではなく?」
公爵の目が丸くなる。
「そうです!
私はこれまで、『仮想父』としてリリア様をお支えしてまいりました」
これまでの、リリアーナに対する執事の数々のナイスプレーが思い出される。
「わしではないのか……」
公爵が、なんだか小さくなった。
「冗談でございます。だんな様、笑ってください」
執事は相変わらず大真面目だった。
「全然笑えん」
公爵は、余計に疲れた気がした。
(だが、半分以上、本気のような気がする……)
公爵の背筋に嫌な予感が走る。
執事を怒らせて、去られてしまったら困る。
彼ほど優秀な執事はいない。
去られないよう、少しは負担を減らさなければ。
そこで公爵は、ここしばらく自分がまったく仕事をしていなかったことを思い出した。
「仕事をするか……。
最近、孫の誕生に浮かれてしまって、まったく手についていなかった」
公爵が、いきなり立ち上がった。
執事は待っていましたとばかりに、その後について執務室へ向かった。
そこには、すでにアレクがいた。
「父上の分は、机の上に置いてあります」
見ると、そこにはアレクの分より、はるかに高く積まれた書類の山があった。
「不公平ではないか?
なぜ私の方が、こんなに多いのだ」
公爵が抗議する。
アレクは目の下にクマを作りながら、書類から目を離さず答えた。
「ずっと孫にかまけて、仕事をさぼっていたでしょう?
父親である私よりも長く、娘を見ていたではありませんか!
私は夜も子守を手伝っているのです。
父上は夜、眠れるのでしょう?
ですから、その分も増やしておきました」
「本当に孫がかわいいのなら、私たちが路頭に迷わないよう、しっかり仕事をしてください。
孫の世話はリリアと侍女たちの仕事です。
父上は邪魔です」
「アレクがきつい……」
公爵は涙目になった。
「もう少し優しくしてくれてもいいではないか……。
初孫なのに」
公爵が愚痴る。
「父上にとって初孫。
つまり、私にとって初めての子供です!
私の双肩に、あの子の人生がかかっているのです」
アレクは大真面目だった。
「愚痴る暇があったら、さっさとその書類を決裁してください!」
実の息子が冷たい。
公爵は、またうなだれそうになった。
「リリアは優しいのに……。
リリアとキャロルのそばへ行きたい……」
公爵の肩が落ちる。
すると、執事が「コホン」と咳払いをした。
「さあ、だんな様。
こちらの書類でございますが、アレクシス様では決裁できません。
公爵自らのご判断が必要なのでございます。
さっさと終わらせれば、好きなだけキャロル様のお顔をご覧になれますよ」
執事の顔には笑みが浮かんでいた。
「おじい様、がんばって~~~♪」
アレクが声色を変え、公爵をからかう。
先ほどの厳しい態度とは大違いだった。
「仕事さえ片づければ、好きなだけ孫が見られる……」
公爵の目の色が変わった。
そして、真剣に書類へ目を通し始める。
「これは、おかしい。見直してくれ」
矛盾のある書類は執事へ渡す。
執事は、それを関係部署ごとに分けて侍従へ渡し、侍従が担当部署へ運んでいく。
アレクと執事は、そっと顔を見合わせた。
(やれやれ)
二人は、同じことを思っていた。
◇
リリアの出産は、思ったより短い時間で済んだ。
「でも、痛かったです……」
涙目のリリアの手を、公爵夫人が握る。
「そうでしょうとも。
男たちは、女が子供を産むのは当たり前だと思い込んでいます。
でも、出産は命がけなのです。
そして、生まれた赤ん坊を無事に育て上げることだって、決して当たり前ではありません」
夫人は、第二子を生まれて間もなく亡くしている。
その言葉には重みがあった。
「ほぎゃああ」
キャロルが泣き声を上げた。
侍女が慌てて抱き上げる。
「お乳のお時間でございます」
キャロルは、リリアの乳を勢いよく飲んでいた。
幸い、リリアの母乳はよく出ていた。
「乳母が必要なくて、ようございました。
ですが、ストレスをためてはいけません。
出ていた母乳が止まってしまうこともございます」
侍女の目は真剣だ。
「主人には、『そんなに来るな』と釘を刺しておきました。
今頃、アレクと執事が仕事をさせているはずです」
夫人が笑う。
「別に、お父様がいてもいいですよ。私」
リリアが、キャロルに乳を飲ませながら言った。
「アレクが嫌がるのですよ。
『自分以外の男性に見せるなど、とんでもない』って」
夫人が、ほほほ、と笑う。
「まあ、お仕事がたまって困るのは、結局お父様ですからねえ……」
リリアは苦笑した。
授乳以外でできることは、アレクもできる限り手伝った。
夜泣きにも対応する。
「あなたはお仕事があるのですから、私たちにお任せください」
リリアが言ったが、
「こんなに小さい時期は、あっという間に過ぎる。
今、堪能しなくてどうするのだ?
女の子は大きくなったら――
『お父様なんて嫌い!』
などと言うようになると聞く。
今のうちだ!」
昼は仕事。
夜はキャロルが泣けば抱き上げる。
「倒れてしまいますよ。
ちゃんと夜は寝てください」
リリアが注意する。
「平民は、すべて母親がしていると聞いた。
平民の女性にできて、自分にできないはずはない」
アレクは涼しい顔で言った。
だが実際には、目の下にくっきりとクマができている。
昼間の仕事は、できる限り父親である公爵に回していたのだが、それは内緒である。
「そなたは夜も何度も授乳で起きているではないか。
授乳以外は寝ておきなさい」
アレクの献身ぶりは見事だった。
「初孫なのに……。
血のつながった孫なのに……。
抱かせてもらえる時間が少ない」
公爵がぼやく。
「自分の子供と孫は違います。
同じにしてはいけませんわ」
夫人がたしなめる。
「アレクを見ていると、アレクが生まれた時のあなたにそっくりです。
血は争えませんね」
夫人は、にこにこと笑った。
「だが、娘は死なせてしまった……」
公爵の肩が落ちる。
「あなたのせいではありません。
あの子は、もともと体が弱かったのです。
お医者様にも、『心臓に問題がある。長くは生きられない』と言われていました。
それでも、あなたは十分すぎるほど愛情を注いでいました。
短い生涯でしたけれど、あの子は幸せだったと思います」
夫人の目が遠くなる。
「キャロルは大丈夫です。
心配はいりません。
だから私たちは、できる限り見守りましょう」
夫人が言った。
「女性の一生の中で、出産は一大事です。
その時に、夫がどれだけ自分に尽くしてくれたか。
それが、後の夫への信頼につながるのです。
夫婦にとって、とても大切な時期なのですよ。
祖父母が出しゃばってはいけません。
私があなたを信頼しているのは、アレクと娘が生まれた時、あなたが私に尽くしてくれたことが強く記憶に残っているからです」
夫人は、懐かしそうな顔をした。
「わしは、自分が親からまったく構ってもらえなかったから、自分の子供が生まれたら、たくさん愛情を注ごうと思っていた。
そして実際に、自分の子供はかわいかった。
いまだに、『なぜ自分の両親は、私を構ってくれなかったのだろう』と思うことがある。
もう、昔の話なのだが……」
公爵が、ふと口にした。
「なぜ、自分は愛されなかったのか。
愛するに値しない子供だったのだろうか、と考えてしまう」
夫人は、そっと夫を抱きしめた。
「あなたに問題があったわけではありません。
私は、あなたを愛しています。
こんな素敵な方、他にはいません……。
ご両親の方がおかしかったのです」
夫人の言葉に、
「ありがとう」
公爵は、心から感謝した。
少々、トラウマ発動気味のおじい様・・・
親から受けたひどい仕打ちって、何歳になっても忘れられないのです(実体験)
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