新婚旅行と執事の思惑
うきうきわくわくの新婚旅行です
さてさて?
天候のよい時期だった。
「かなり遠回りにはなるが、念のため陸地側の道を通りなさい。海沿いの道は危険だ」
公爵が言った。
(ああ、自分の両親が向かおうとしていた土地なのだな)
リリアは察した。
馬車が用意され、護衛の騎士、アレクとリリアそれぞれの侍従と侍女、そして、なぜか執事まで同行することになった。
「なぜ、そなたが?」
アレクが目を丸くする。
「だんな様に『そなたも休暇を取れ』と言われました」
執事が真面目な顔で答えた。
「私たちと一緒だったら、まったく休みにならないではないか!」
アレクの目が、さらに丸くなる。
「実は、管理人夫婦と私は古くからの友人なのです。久しぶりに会いたくなりまして」
執事は微笑んだ。
「まあ、そなたが一緒なら、いろいろと心強い」
アレクも笑った。
執事もうれしそうだった。
馬車二台と護衛たちを引き連れ、一行は出発した。
◇
陸路は長かった。
一台の馬車には、アレクとリリアの二人だけが乗っていた。
「なんだか、ただ座っているだけだ。本がないと落ち着かない」
アレクが言う。
「馬車の中で本を読むと、気分が悪くなるそうですよ。
第一、『新婚旅行なのだから、本は置いていけ』とお父様に言われたではないですか」
リリアがあきれたように言った。
実際、アレクがこっそり荷物に忍ばせていた本は、夫人に見つかり、すべて没収されていた。
二人はしばらく外を眺めていたが――
「隣に行ってもいいか?」
アレクが、少々照れくさそうに尋ねた。
リリアも少し顔を赤らめながら、うなずく。
「明るいうちに二人きりというのは、初めてだな……」
肩を寄せ合い、アレクがつぶやいた。
「そうですね。いつも、暗くなってからですから……」
リリアも小さくつぶやく。
互いに見つめ合い、自然と唇が重なった。
「あの……外から見えちゃいません?」
リリアが、はっとして、慌ててアレクの胸を押した。
後ろからついてくる馬車から、執事たちの視線が届いているような気がする。
「そうだな……。絶対に『期待』している。
迂闊だった。まんまと『罠』にはまるところだった」
アレクが頭をかいた。
しばらく走ったところで、休憩になった。
馬車が止まり、皆が外へ降りて背伸びをする。
すると、執事がアレクにそっと何かを耳打ちした。
アレクの顔が赤くなり、そのあと、納得したようにうなずいた。
しばらく休んだ後、再び出発となる。
「執事さんは、何をおっしゃったのですか?」
リリアが不思議そうに尋ねた。
「『これからの道程は日差しが強くなるので、馬車のカーテンを閉めなさい』だそうだ」
「日差し、強いですか?」
リリアは空を見上げ、首を傾げた。
「執事の言うことに間違いはない。
ついでに、『声』や『音』は馬車の走る音で外には聞こえません、とも言われた」
そして馬車が走り出すと、アレクはカーテンを閉めた。
中は薄暗くなったが、外からは何も見えないだろう。
「なかなか、昼間から二人きりというのはないからな」
そう言って、二人は横に並び――
次の休憩の時、なぜか二人そろって頬を紅潮させていた。
執事は満足そうだった。
◇
途中、宿で一泊し、翌日の昼頃には公爵領へ到着した。
「本当に海が近いのですね。それに、日差しが強いです」
リリアは目を見張った。
「海って、本でしか知りませんでした。
水が動いています。あれが『波』なのですね!」
海岸を目の前にして、リリアは興奮していた。
そして、そのまま水際まで走っていく。
「あまり近くへ行くと、ドレスが濡れてしまうぞ。波は急に――」
アレクが言い終わらないうちに大きな波が押し寄せ、リリアは頭から海水をかぶった。
「遅かったか!」
アレクは笑いながら、リリアのそばへ駆け寄った。
「びっくりです! 『体験』ってすごいですね」
リリアの目はキラキラと輝いている。
「水がしょっぱいです」
どうやら、口の中に海水が入ったらしい。
「塩水だからな」
アレクが答える。
「どのくらい塩を入れたら、こんなにしょっぱくなるのでしょう?」
リリアが真剣に考え始めた。
「人が入れたわけじゃないぞ」
アレクは苦笑した。
「お二人とも! 今日は急に高い波が――」
少し離れたところから、執事が大声で叫んだ、その時。
今度は二人そろって、大波の洗礼を受けた。
頭からずぶ濡れになった二人は、互いの姿を見て大笑いする。
執事が慌てて駆け寄ってきた。
「近づき過ぎです!
波にさらわれることもあります。さっさと離れてください!
アレク様がついていながら、まったく……」
執事がぼやいた、その時だった。
三人の足元を覆う水が、少しずつ深くなっていく。
「お二人とも! 満潮になります。早くこちらへ!」
アレクは問題なかったが、リリアは濡れたドレスの裾が足に絡まり、うまく動けない。
アレクはとっさに、リリアを横抱きにした。
「まんちょう、とは?」
抱き上げられたまま、リリアが不思議そうに尋ねる。
「久しぶりの海で、私もうっかりしていた」
アレクがぼやいた。
「海の水は、時間によって多くなったり少なくなったりするのです。
これから、その様子を観察できますよ」
執事が笑う。
「まあ、若だんな様と若奥様。仲がよろしいのは結構ですが、海は楽しいばかりではありません。
ここは急に大きな波が来ることもありますから、気をつけてください」
今度は侍女からも叱られた。
「すまん。つい……」
アレクが素直に謝る。
「今、お風呂の準備をしております。急がせますね」
侍女が管理人のところへ向かっていった。
「そのまま着替えたらいいのでは?」
リリアがきょとんとする。
「塩水をそのままにしておくと、体がべたべたするのです。
真水で洗い流した方がよろしいですよ」
執事が説明した。
「何もかも初めてで、面白いです」
リリアは満面の笑みを浮かべた。
アレクは別荘の前まで来ると、ようやくリリアを降ろした。
「あ、お風呂は一か所しかありませんので、お二人だけでお入りください」
執事が言う。
「わかった」
アレクが即答した。
「なんだか、楽しいなあ……」
アレクの顔がにやける。
「え? アレク様と一緒にお風呂?」
リリアの顔が真っ赤になった。
「ここでは真水は貴重なのです。お二人一緒に済ませてください」
執事が大真面目な顔で言った。
「わ、わかりました。そういたします……」
リリアも大真面目に答える。
アレクは、こっそり執事に親指を立てた。
執事は、ふっと笑った。
(私がついてきて正解でしたでしょう?)
その顔が、そう言っていた。
建物の中へ入ると、アレクが以前来た時とは雰囲気が変わっていた。
「あれ? こんなだったか?」
アレクが首を傾げる。
「大旦那様――アレクシス様のおじい様がお亡くなりになった際、今のだんな様が大規模な模様替えをされました。
寝具なども、すべて入れ替えております」
管理人が説明した。
「もっと早く言ってくれればよかったのに。
どう模様替えをしようか、いろいろ考えていたのだ」
アレクの頬が膨らむ。
「まあ、余計なことを考えなくて済みました。
あとは楽しむだけです。
こんな機会、一生にそう何度もありませんよ」
執事が笑った。
「お風呂が沸きました。
さあ、お二人とも、さっさと入ってください
お着換えはそこの棚の中に入れておきました」
侍女が二人を風呂場の脱衣所へ押し込む。
「では、私たちはその間に休憩いたしますので、ごゆっくり~~」
執事の声が聞こえ、皆の足音が遠ざかっていった。
「本当に、二人だけで入るのですか?」
リリアの顔は真っ赤だった。
「そうだ。早くドレスを脱がないと……。
あ、自分では脱げないな。
私が脱がせてやろう」
アレクは上機嫌で、リリアのドレスを脱がせるのだった。
風呂は、天然温泉のかけ流しだった。
「大変です! 『貴重な真水』があふれています!」
リリアが慌てて水栓を探し、きょろきょろしている。
アレクは笑いをこらえながら、その様子を見ていた。
そして――
「さあ、体を洗おう。私が洗ってやる」
アレクは温泉を『いろいろ』と堪能したのだった。
◇
その頃、管理人室では――
「ふふふ……。順調ですねえ」
侍従が微笑む。
「意外に、アレクシス様は積極的ですね」
侍女も笑った。
「今のところ、順調ですなあ……。
これで、だんな様にお孫様ができれば万々歳です」
執事は、お茶を飲みながらうなずいた。
「跡継ぎができるよう、お膳立てするのも我々の仕事です」
そして、ふと表情を改めた。
「ところで、『例の話』なのですが」
執事が管理人夫婦に尋ねる。
「はい。すでに本人の了承は得ております。
公爵家にお仕えできると、大喜びです」
管理人が答えた。
「そなたの息子だ。期待しているぞ」
執事の目が輝いた。
「執事さん、まだお若いのですから、お嫁さんをもらった方がいいのではありませんか?」
侍女が言う。
「生まれてくる子が優秀ならよいのですが、そうでなかった場合に困ります。
それならば、優秀な子を使用人として迎え、若いうちから執事の仕事に慣れさせた方がよい」
執事は顔色ひとつ変えずに答えた。
「今のだんな様とアレクシス様は優秀なので、私は助かっておりますが……。
前侯爵様のような方が、また出てこないとも限りません。
公爵家には、当主の片腕となる、きちんとした執事が必要です。
なるべく早く教育を始めなくてはなりません。
そのためには、優秀な子でなくてはならない。
そなたの息子は、とても優秀です。
期待しております」
皆は顔を見合わせた。
「執事様も大変なのですね」
侍従がつぶやいた。
執事は何も言わず、ただ微笑んでいた。
そうして、執事をはじめとする皆の後押しもあり、アレクとリリアは新婚旅行を存分に楽しんだのだった。
しかし――
皆が期待した『リリア懐妊』は実らなかった。
「世の中とは、そういうものです」
執事は何事もなかったように、またいつものように働くのだった。
何だかんだと、裏で糸を引く執事さん達(笑)
わざと乗せられるアレクを書くのが楽しい回でした。
お読みいただきまして、ありがとうございます




