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娘のためなら、熊殺しを半殺しにいたします  作者: 鶴見 日向子


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3/14

新婚旅行と執事の思惑

うきうきわくわくの新婚旅行です

さてさて?

天候のよい時期だった。


「かなり遠回りにはなるが、念のため陸地側の道を通りなさい。海沿いの道は危険だ」


公爵が言った。


(ああ、自分の両親が向かおうとしていた土地なのだな)


リリアは察した。


馬車が用意され、護衛の騎士、アレクとリリアそれぞれの侍従と侍女、そして、なぜか執事まで同行することになった。


「なぜ、そなたが?」


アレクが目を丸くする。


「だんな様に『そなたも休暇を取れ』と言われました」


執事が真面目な顔で答えた。


「私たちと一緒だったら、まったく休みにならないではないか!」


アレクの目が、さらに丸くなる。


「実は、管理人夫婦と私は古くからの友人なのです。久しぶりに会いたくなりまして」


執事は微笑んだ。


「まあ、そなたが一緒なら、いろいろと心強い」


アレクも笑った。


執事もうれしそうだった。


馬車二台と護衛たちを引き連れ、一行は出発した。



陸路は長かった。


一台の馬車には、アレクとリリアの二人だけが乗っていた。


「なんだか、ただ座っているだけだ。本がないと落ち着かない」


アレクが言う。


「馬車の中で本を読むと、気分が悪くなるそうですよ。

第一、『新婚旅行なのだから、本は置いていけ』とお父様に言われたではないですか」


リリアがあきれたように言った。


実際、アレクがこっそり荷物に忍ばせていた本は、夫人に見つかり、すべて没収されていた。


二人はしばらく外を眺めていたが――


「隣に行ってもいいか?」


アレクが、少々照れくさそうに尋ねた。


リリアも少し顔を赤らめながら、うなずく。


「明るいうちに二人きりというのは、初めてだな……」


肩を寄せ合い、アレクがつぶやいた。


「そうですね。いつも、暗くなってからですから……」


リリアも小さくつぶやく。


互いに見つめ合い、自然と唇が重なった。


「あの……外から見えちゃいません?」


リリアが、はっとして、慌ててアレクの胸を押した。


後ろからついてくる馬車から、執事たちの視線が届いているような気がする。


「そうだな……。絶対に『期待』している。

迂闊だった。まんまと『罠』にはまるところだった」


アレクが頭をかいた。


しばらく走ったところで、休憩になった。


馬車が止まり、皆が外へ降りて背伸びをする。


すると、執事がアレクにそっと何かを耳打ちした。


アレクの顔が赤くなり、そのあと、納得したようにうなずいた。


しばらく休んだ後、再び出発となる。


「執事さんは、何をおっしゃったのですか?」


リリアが不思議そうに尋ねた。


「『これからの道程は日差しが強くなるので、馬車のカーテンを閉めなさい』だそうだ」


「日差し、強いですか?」


リリアは空を見上げ、首を傾げた。


「執事の言うことに間違いはない。

ついでに、『声』や『音』は馬車の走る音で外には聞こえません、とも言われた」


そして馬車が走り出すと、アレクはカーテンを閉めた。


中は薄暗くなったが、外からは何も見えないだろう。


「なかなか、昼間から二人きりというのはないからな」


そう言って、二人は横に並び――


次の休憩の時、なぜか二人そろって頬を紅潮させていた。


執事は満足そうだった。



途中、宿で一泊し、翌日の昼頃には公爵領へ到着した。


「本当に海が近いのですね。それに、日差しが強いです」


リリアは目を見張った。


「海って、本でしか知りませんでした。

水が動いています。あれが『波』なのですね!」


海岸を目の前にして、リリアは興奮していた。


そして、そのまま水際まで走っていく。


「あまり近くへ行くと、ドレスが濡れてしまうぞ。波は急に――」


アレクが言い終わらないうちに大きな波が押し寄せ、リリアは頭から海水をかぶった。


「遅かったか!」


アレクは笑いながら、リリアのそばへ駆け寄った。


「びっくりです! 『体験』ってすごいですね」


リリアの目はキラキラと輝いている。


「水がしょっぱいです」


どうやら、口の中に海水が入ったらしい。


「塩水だからな」


アレクが答える。


「どのくらい塩を入れたら、こんなにしょっぱくなるのでしょう?」


リリアが真剣に考え始めた。


「人が入れたわけじゃないぞ」


アレクは苦笑した。


「お二人とも! 今日は急に高い波が――」


少し離れたところから、執事が大声で叫んだ、その時。


今度は二人そろって、大波の洗礼を受けた。


頭からずぶ濡れになった二人は、互いの姿を見て大笑いする。


執事が慌てて駆け寄ってきた。


「近づき過ぎです!

波にさらわれることもあります。さっさと離れてください!

アレク様がついていながら、まったく……」


執事がぼやいた、その時だった。


三人の足元を覆う水が、少しずつ深くなっていく。


「お二人とも! 満潮になります。早くこちらへ!」


アレクは問題なかったが、リリアは濡れたドレスの裾が足に絡まり、うまく動けない。


アレクはとっさに、リリアを横抱きにした。


「まんちょう、とは?」


抱き上げられたまま、リリアが不思議そうに尋ねる。


「久しぶりの海で、私もうっかりしていた」


アレクがぼやいた。


「海の水は、時間によって多くなったり少なくなったりするのです。

これから、その様子を観察できますよ」


執事が笑う。


「まあ、若だんな様と若奥様。仲がよろしいのは結構ですが、海は楽しいばかりではありません。

ここは急に大きな波が来ることもありますから、気をつけてください」


今度は侍女からも叱られた。


「すまん。つい……」


アレクが素直に謝る。


「今、お風呂の準備をしております。急がせますね」


侍女が管理人のところへ向かっていった。


「そのまま着替えたらいいのでは?」


リリアがきょとんとする。


「塩水をそのままにしておくと、体がべたべたするのです。

真水で洗い流した方がよろしいですよ」


執事が説明した。


「何もかも初めてで、面白いです」


リリアは満面の笑みを浮かべた。


アレクは別荘の前まで来ると、ようやくリリアを降ろした。


「あ、お風呂は一か所しかありませんので、お二人だけでお入りください」


執事が言う。


「わかった」


アレクが即答した。


「なんだか、楽しいなあ……」


アレクの顔がにやける。


「え? アレク様と一緒にお風呂?」


リリアの顔が真っ赤になった。


「ここでは真水は貴重なのです。お二人一緒に済ませてください」


執事が大真面目な顔で言った。


「わ、わかりました。そういたします……」


リリアも大真面目に答える。


アレクは、こっそり執事に親指を立てた。


執事は、ふっと笑った。


(私がついてきて正解でしたでしょう?)


その顔が、そう言っていた。


建物の中へ入ると、アレクが以前来た時とは雰囲気が変わっていた。


「あれ? こんなだったか?」


アレクが首を傾げる。


「大旦那様――アレクシス様のおじい様がお亡くなりになった際、今のだんな様が大規模な模様替えをされました。

寝具なども、すべて入れ替えております」


管理人が説明した。


「もっと早く言ってくれればよかったのに。

どう模様替えをしようか、いろいろ考えていたのだ」


アレクの頬が膨らむ。


「まあ、余計なことを考えなくて済みました。

あとは楽しむだけです。

こんな機会、一生にそう何度もありませんよ」


執事が笑った。


「お風呂が沸きました。

さあ、お二人とも、さっさと入ってください


お着換えはそこの棚の中に入れておきました」


侍女が二人を風呂場の脱衣所へ押し込む。


「では、私たちはその間に休憩いたしますので、ごゆっくり~~」


執事の声が聞こえ、皆の足音が遠ざかっていった。


「本当に、二人だけで入るのですか?」


リリアの顔は真っ赤だった。


「そうだ。早くドレスを脱がないと……。

あ、自分では脱げないな。

私が脱がせてやろう」


アレクは上機嫌で、リリアのドレスを脱がせるのだった。


風呂は、天然温泉のかけ流しだった。


「大変です! 『貴重な真水』があふれています!」


リリアが慌てて水栓を探し、きょろきょろしている。


アレクは笑いをこらえながら、その様子を見ていた。


そして――


「さあ、体を洗おう。私が洗ってやる」


アレクは温泉を『いろいろ』と堪能したのだった。



その頃、管理人室では――


「ふふふ……。順調ですねえ」


侍従が微笑む。


「意外に、アレクシス様は積極的ですね」


侍女も笑った。


「今のところ、順調ですなあ……。

これで、だんな様にお孫様ができれば万々歳です」


執事は、お茶を飲みながらうなずいた。


「跡継ぎができるよう、お膳立てするのも我々の仕事です」


そして、ふと表情を改めた。


「ところで、『例の話』なのですが」


執事が管理人夫婦に尋ねる。


「はい。すでに本人の了承は得ております。

公爵家にお仕えできると、大喜びです」


管理人が答えた。


「そなたの息子だ。期待しているぞ」


執事の目が輝いた。


「執事さん、まだお若いのですから、お嫁さんをもらった方がいいのではありませんか?」


侍女が言う。


「生まれてくる子が優秀ならよいのですが、そうでなかった場合に困ります。

それならば、優秀な子を使用人として迎え、若いうちから執事の仕事に慣れさせた方がよい」


執事は顔色ひとつ変えずに答えた。


「今のだんな様とアレクシス様は優秀なので、私は助かっておりますが……。

前侯爵様のような方が、また出てこないとも限りません。


公爵家には、当主の片腕となる、きちんとした執事が必要です。

なるべく早く教育を始めなくてはなりません。


そのためには、優秀な子でなくてはならない。


そなたの息子は、とても優秀です。

期待しております」


皆は顔を見合わせた。


「執事様も大変なのですね」


侍従がつぶやいた。


執事は何も言わず、ただ微笑んでいた。


そうして、執事をはじめとする皆の後押しもあり、アレクとリリアは新婚旅行を存分に楽しんだのだった。


しかし――


皆が期待した『リリア懐妊』は実らなかった。


「世の中とは、そういうものです」


執事は何事もなかったように、またいつものように働くのだった。


何だかんだと、裏で糸を引く執事さん達(笑)

わざと乗せられるアレクを書くのが楽しい回でした。

お読みいただきまして、ありがとうございます



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