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娘のためなら、熊殺しを半殺しにいたします  作者: 鶴見 日向子


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執事の目論見

まあ、みなさま、おわかりでしたよね

「えっ?


ツタを伝って登ろうとして、落ちた?」


アレクが目を見開いた。


「そのように伝わってまいりました。


ツタだけに」


執事が、しれっと言う。


「……面白くない。


まあ、いいけど。それで?」


「落下した際、運悪く真下にあった岩へ背中を強く打ち付けたそうでございます。


医師の見立てでは、下半身に重い麻痺が残る可能性が高いとのことです」


執事が、やれやれという顔をした。


「本来であれば、数日ほど外をさまよわせて、十分に懲りていただく予定だったのですが……。


目論見が大きく外れました」


執事は、深いため息をついた。


「下半身が動かないとなりますと、誰かが身の回りの世話をしなければなりません。


あのような男の世話など……手間の無駄でございます」


ものすごく嫌そうな顔だった。


(執事……やっぱり怖い)


アレクは、そう思うしかなかった。



話は、10日間ほど前にさかのぼる。


王太子妃は、つわりに苦しんでいた。


「生まれてきても、しばらくは子供の誕生を伏せてくださいませ」


王太子妃が懇願した。


「もう……『病死』は嫌でございます」


王太子は、妻の手を握った。


「大丈夫だ。


だが、そなたがそう望むのであれば、そうしよう」


そして、優しく言う。


「とにかく、無理をせず体を休めなさい」


王太子は妃を休ませると、アレク、レオン、アンドルが待つ部屋へ向かった。


「待たせた。


妃の様子を見てきた。


かなりつらそうだ。


前の時は、ここまでではなかったのだが」


「うちもですよ。


女性というのは、大変ですね」


アレクが言った。


「うちは二人とも、ほとんど何もなかったのだがな」


レオンが言う。


「うちは、前も今回も寝たきりです。


見ている方までつらくなります」


アンドルもため息をついた。


「本当なら、妻たちのそばにいてやってほしいところなのだが……」


王太子の表情が変わる。


「少々、厄介なことが起きそうなのでな。


来てもらった」


三人が王太子を見る。


「ダハントだ」


三人の顔が、一斉に険しくなった。


「ダハントは、ほぼ回復している。


看守たちから報告があった」


「あれだけの大怪我だったのに?」


アレクが目を見開く。


「何なのだ、その回復力は。


本当に人間なのか?


野生の獣ではないのか?」


レオンがあきれたように言った。


「でも、どうして回復していると分かったのです?」


アンドルが尋ねる。


「あの牢獄には、囚人たちに気づかれず様子を確認できる場所がある」


王太子が答えた。


「看守がいないと思わせている時間にも、実際には見張られている。


その時、ダハントが普通に動き回っていることが分かったのだ」


「なるほど……」


アレクがうなずく。


「それでだ」


王太子が、一枚の書面を取り出した。


「あちらの国王陛下から、


『すでに王族ではない。ただの脱獄犯である。そちらで処理して構わない』


との正式な連絡が来ている」


三人の表情が引き締まる。


「国王陛下からは、私に対応を任された」


王太子の目が細くなった。


「我らの子供たちの未来へつながる不安の芽は、ここで確実に摘んでおきたい」


うっすらと笑う。


「王太子妃殿下が参加できないのが、少々お気の毒ですが」


レオンが苦笑した。


「よいのだ。


妃は、リリアが十分に返り討ちにしてくれたと思っている。


ダハントが回復したことは、しばらく伏せておく」


「その方がよいでしょう」


アレクもうなずいた。


「我々で決着をつけましょう」


「それで、アレク。


そなたに頼みがある」


「何でしょう?」


「あの二人は、妃の母国語で会話をしている。


看守たちには、セリーとダハントが何を話しているのか分からない。


以前から『通訳を置いてほしい』と言われていたのだ」


王太子がため息をつく。


「だが、あの場所へ事情を知らぬ通訳を入れるわけにはいかない。


頼まれてくれぬか?」


「ああ。


あの牢獄でしたら、部外者には知られたくありませんね」


アレクは笑った。


「看守の制服をご用意ください。


家には父上と執事、それに見習いのフレッドがおります。


しばらく私が看守役を引き受けましょう」


「アンドルも、交代で頼めるか?」


「もちろんでございます。


私も言葉は分かりますから」


アンドルはうなずいた後、首を傾げた。


「ですが……その牢獄とは?」


王太子が地図を広げる。


「ここだ」


レオンとアンドルの目が大きく見開かれた。


「いったい、ここは……?」


レオンが地図をのぞき込む。


「元々は、ごく普通の牢獄だったそうだ」


王太子が説明する。


「数十年前の大雨で川の流れが変わり、建物だけが川の中央に取り残された。


今では、中州に建つ牢獄のような形になっている」


アレクが地図を見ながら、にやりと笑った。


「うちの執事も参加させたいところですが……。


まあ、やめておきましょう。


とんでもない案を考えそうです」


「あの執事か……」


王太子の目が遠くなった。


「これ以上、人格が変わるところを見たくない。


やめてくれ


リリアのことになると、あの執事は人格が変わる。」


「ですよねえ……」


アンドルの目まで遠くなった。


だが――


「いや。


執事殿にも参加してもらおう」


レオンが言った。


「え?」


「実際、最後にダハントを押さえ込んだのは執事殿なのだろう?


相手も顔を覚えている。


ならば、囮役として使える」


レオンが笑う。


アレクは少し考えた。


「では、騎士団長にも声をかけましょう。


執事の護衛役です」


そして苦笑する。


「あの人も、ダハントを足で転がしたそうですから」


王太子は、また頭を抱えた。


「……分かった。


では、作戦会議には執事殿も参加してもらおう」



「私が、囚人として牢へ入りましょう」


作戦を聞いた執事は、にっこりと笑った。


「時間をかける必要はございません」


その笑顔が、妙に怖い。


「あれは単純でございます。


こちらの思う方向へ動いていただきましょう」


「……やっぱり呼ばない方がよかったのでは?」


アレクが小声でつぶやいた。


執事は聞こえなかったふりをした。


「念のため、牢獄を一度下見させてくださいませ」


そうして執事は、アレクと騎士団長と共に、牢獄へ向かった。



「ほお……」


執事は建物の周囲を見回した。


「これは、なかなか面白い造りでございますね」


アレクの顔が引きつる。


「執事。


『面白い』の意味が、私とは違う気がする」


執事は答えなかった。


「外へ出る扉は、ここ一か所だけなのですね?」


付き添いの兵士へ確認する。


「はい。


ここだけでございます」


「では、万一に備えて、扉は十分に補強しておいてください。


大男が暴れても簡単には壊れぬように」


「かしこまりました」


執事は、さらに外を見回した。


そして、壁に生えているツタへ目を止める。


「上の方に、ツタがございますね」


しばらく無言で眺めていた。


「……なるほど」


騎士団長が嫌そうな顔をする。


「何か思いつきましたか?」


「いいえ。


安全のため、少し整えておいていただこうかと思っただけでございます」


執事は満足そうにうなずいた。


その顔を見たアレクは、何も聞かないことにした。



下見を終えると、執事は淡々と役割を割り振っていった。


アレクは看守役。


アンドルは、二人の会話を確認する役。


騎士団長とレオンは、万一の場合に備えて待機。


そして執事自身は――


囚人の『フラン』として、ダハントとセリーの前へ姿を現す。


「あれが自分から外へ出たくなるよう、自然に誘導いたします」


執事は、にっこりと笑った。


「その後は?」


アレクが尋ねる。


「自分が置かれた状況を、存分に理解していただきましょう」


「……怖いな」


アンドルがぼそりと言った。


「何か?」


「何でもありません」


執事は、さらに細かな確認を続けていった。


そして最後に――


「なるべく早く終わらせたいものです」


と、ため息をついた。


「若奥様のお体も心配でございますから。


私は、そちらのお手伝いへ戻りたいのでございます」


アレクは執事を見た。


「結局、それか」


「当然でございます」


執事は、きっぱりと言った。


こうして――


すべては、執事の思惑通りに進んだ。


少なくとも、


ダハントがツタを伝って登ろうとするまでは。


つわりで寝込んでいる、リリアのために「最短」で結果を出すことしか考えていない執事さん


途中の文章、ちょっと書き直しました(9月11日午前10時頃)


執事さんが嫌いなのはあくまでダハント本人です


お読みいただきましてありがとうございます


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