執事の目論見
まあ、みなさま、おわかりでしたよね
「えっ?
ツタを伝って登ろうとして、落ちた?」
アレクが目を見開いた。
「そのように伝わってまいりました。
ツタだけに」
執事が、しれっと言う。
「……面白くない。
まあ、いいけど。それで?」
「落下した際、運悪く真下にあった岩へ背中を強く打ち付けたそうでございます。
医師の見立てでは、下半身に重い麻痺が残る可能性が高いとのことです」
執事が、やれやれという顔をした。
「本来であれば、数日ほど外をさまよわせて、十分に懲りていただく予定だったのですが……。
目論見が大きく外れました」
執事は、深いため息をついた。
「下半身が動かないとなりますと、誰かが身の回りの世話をしなければなりません。
あのような男の世話など……手間の無駄でございます」
ものすごく嫌そうな顔だった。
(執事……やっぱり怖い)
アレクは、そう思うしかなかった。
◇
話は、10日間ほど前にさかのぼる。
王太子妃は、つわりに苦しんでいた。
「生まれてきても、しばらくは子供の誕生を伏せてくださいませ」
王太子妃が懇願した。
「もう……『病死』は嫌でございます」
王太子は、妻の手を握った。
「大丈夫だ。
だが、そなたがそう望むのであれば、そうしよう」
そして、優しく言う。
「とにかく、無理をせず体を休めなさい」
王太子は妃を休ませると、アレク、レオン、アンドルが待つ部屋へ向かった。
「待たせた。
妃の様子を見てきた。
かなりつらそうだ。
前の時は、ここまでではなかったのだが」
「うちもですよ。
女性というのは、大変ですね」
アレクが言った。
「うちは二人とも、ほとんど何もなかったのだがな」
レオンが言う。
「うちは、前も今回も寝たきりです。
見ている方までつらくなります」
アンドルもため息をついた。
「本当なら、妻たちのそばにいてやってほしいところなのだが……」
王太子の表情が変わる。
「少々、厄介なことが起きそうなのでな。
来てもらった」
三人が王太子を見る。
「ダハントだ」
三人の顔が、一斉に険しくなった。
「ダハントは、ほぼ回復している。
看守たちから報告があった」
「あれだけの大怪我だったのに?」
アレクが目を見開く。
「何なのだ、その回復力は。
本当に人間なのか?
野生の獣ではないのか?」
レオンがあきれたように言った。
「でも、どうして回復していると分かったのです?」
アンドルが尋ねる。
「あの牢獄には、囚人たちに気づかれず様子を確認できる場所がある」
王太子が答えた。
「看守がいないと思わせている時間にも、実際には見張られている。
その時、ダハントが普通に動き回っていることが分かったのだ」
「なるほど……」
アレクがうなずく。
「それでだ」
王太子が、一枚の書面を取り出した。
「あちらの国王陛下から、
『すでに王族ではない。ただの脱獄犯である。そちらで処理して構わない』
との正式な連絡が来ている」
三人の表情が引き締まる。
「国王陛下からは、私に対応を任された」
王太子の目が細くなった。
「我らの子供たちの未来へつながる不安の芽は、ここで確実に摘んでおきたい」
うっすらと笑う。
「王太子妃殿下が参加できないのが、少々お気の毒ですが」
レオンが苦笑した。
「よいのだ。
妃は、リリアが十分に返り討ちにしてくれたと思っている。
ダハントが回復したことは、しばらく伏せておく」
「その方がよいでしょう」
アレクもうなずいた。
「我々で決着をつけましょう」
「それで、アレク。
そなたに頼みがある」
「何でしょう?」
「あの二人は、妃の母国語で会話をしている。
看守たちには、セリーとダハントが何を話しているのか分からない。
以前から『通訳を置いてほしい』と言われていたのだ」
王太子がため息をつく。
「だが、あの場所へ事情を知らぬ通訳を入れるわけにはいかない。
頼まれてくれぬか?」
「ああ。
あの牢獄でしたら、部外者には知られたくありませんね」
アレクは笑った。
「看守の制服をご用意ください。
家には父上と執事、それに見習いのフレッドがおります。
しばらく私が看守役を引き受けましょう」
「アンドルも、交代で頼めるか?」
「もちろんでございます。
私も言葉は分かりますから」
アンドルはうなずいた後、首を傾げた。
「ですが……その牢獄とは?」
王太子が地図を広げる。
「ここだ」
レオンとアンドルの目が大きく見開かれた。
「いったい、ここは……?」
レオンが地図をのぞき込む。
「元々は、ごく普通の牢獄だったそうだ」
王太子が説明する。
「数十年前の大雨で川の流れが変わり、建物だけが川の中央に取り残された。
今では、中州に建つ牢獄のような形になっている」
アレクが地図を見ながら、にやりと笑った。
「うちの執事も参加させたいところですが……。
まあ、やめておきましょう。
とんでもない案を考えそうです」
「あの執事か……」
王太子の目が遠くなった。
「これ以上、人格が変わるところを見たくない。
やめてくれ
リリアのことになると、あの執事は人格が変わる。」
「ですよねえ……」
アンドルの目まで遠くなった。
だが――
「いや。
執事殿にも参加してもらおう」
レオンが言った。
「え?」
「実際、最後にダハントを押さえ込んだのは執事殿なのだろう?
相手も顔を覚えている。
ならば、囮役として使える」
レオンが笑う。
アレクは少し考えた。
「では、騎士団長にも声をかけましょう。
執事の護衛役です」
そして苦笑する。
「あの人も、ダハントを足で転がしたそうですから」
王太子は、また頭を抱えた。
「……分かった。
では、作戦会議には執事殿も参加してもらおう」
◇
「私が、囚人として牢へ入りましょう」
作戦を聞いた執事は、にっこりと笑った。
「時間をかける必要はございません」
その笑顔が、妙に怖い。
「あれは単純でございます。
こちらの思う方向へ動いていただきましょう」
「……やっぱり呼ばない方がよかったのでは?」
アレクが小声でつぶやいた。
執事は聞こえなかったふりをした。
「念のため、牢獄を一度下見させてくださいませ」
そうして執事は、アレクと騎士団長と共に、牢獄へ向かった。
◇
「ほお……」
執事は建物の周囲を見回した。
「これは、なかなか面白い造りでございますね」
アレクの顔が引きつる。
「執事。
『面白い』の意味が、私とは違う気がする」
執事は答えなかった。
「外へ出る扉は、ここ一か所だけなのですね?」
付き添いの兵士へ確認する。
「はい。
ここだけでございます」
「では、万一に備えて、扉は十分に補強しておいてください。
大男が暴れても簡単には壊れぬように」
「かしこまりました」
執事は、さらに外を見回した。
そして、壁に生えているツタへ目を止める。
「上の方に、ツタがございますね」
しばらく無言で眺めていた。
「……なるほど」
騎士団長が嫌そうな顔をする。
「何か思いつきましたか?」
「いいえ。
安全のため、少し整えておいていただこうかと思っただけでございます」
執事は満足そうにうなずいた。
その顔を見たアレクは、何も聞かないことにした。
◇
下見を終えると、執事は淡々と役割を割り振っていった。
アレクは看守役。
アンドルは、二人の会話を確認する役。
騎士団長とレオンは、万一の場合に備えて待機。
そして執事自身は――
囚人の『フラン』として、ダハントとセリーの前へ姿を現す。
「あれが自分から外へ出たくなるよう、自然に誘導いたします」
執事は、にっこりと笑った。
「その後は?」
アレクが尋ねる。
「自分が置かれた状況を、存分に理解していただきましょう」
「……怖いな」
アンドルがぼそりと言った。
「何か?」
「何でもありません」
執事は、さらに細かな確認を続けていった。
そして最後に――
「なるべく早く終わらせたいものです」
と、ため息をついた。
「若奥様のお体も心配でございますから。
私は、そちらのお手伝いへ戻りたいのでございます」
アレクは執事を見た。
「結局、それか」
「当然でございます」
執事は、きっぱりと言った。
こうして――
すべては、執事の思惑通りに進んだ。
少なくとも、
ダハントがツタを伝って登ろうとするまでは。
つわりで寝込んでいる、リリアのために「最短」で結果を出すことしか考えていない執事さん
途中の文章、ちょっと書き直しました(9月11日午前10時頃)
執事さんが嫌いなのはあくまでダハント本人です
お読みいただきましてありがとうございます




