見つかってよかったですね
「見つかってよかったですね」
……誰にとって?
夜が明けた。
ダハントは目を覚ますと、再び建物の周囲を調べ始めた。
すると――
「あれは……」
少し上の方に、壁一面へツタが絡みついている場所があった。
手を伸ばしても、わずかに届かない。
「これを伝って、上まで登ってやる」
ダハントは周囲を見回した。
やがて、高さのある大きな岩を見つける。
かなりの重量だったが、必死になって押し、何とかツタの真下まで転がした。
「くそっ……重い……」
それでも、どうにか岩の上へよじ登る。
手を伸ばすと――
届いた。
ツタをしっかりとつかむ。
「しめた!
これで行ける!」
ダハントはツタに体重をかけ、少しずつ壁を登り始めた。
一歩。
また一歩。
数分ほど登った、その時だった。
「ミシッ……」
妙な音がした。
「ん?」
次の瞬間――
壁に張り付いていたツタが、ダハントの重みに耐えきれず、一斉に剥がれた。
「うわあああっ!」
ダハントの体は、ツタと一緒に落下した。
そして――
「ぐっ!!」
下に置いてあった岩へ、背中からまともに叩きつけられた。
息が止まる。
声すら出なかった。
しばらくして、ようやく、
「た……助けてくれ……」
とかすれた声を出した。
だが、大声など出せる状態ではない。
仰向けに倒れたダハントの上には、剥がれ落ちた大量のツタが覆いかぶさっていた。
外から見れば、そこに人が倒れているとは、とても分からなかった。
◇
それから、ほぼ丸一日が過ぎた。
橋の上から見張っていた兵士たちは、とうとうダハントの姿を確認できなくなった。
「いないですねえ……」
「夜のうちに川へ流されたのではないか?」
さすがに確認する必要があるということで、数人の兵士が中州へ降り、捜索を始めた。
「どこにもいないぞ」
「川か?」
一人の兵士が川の様子を確認しようと、高く盛り上がっているツタの塊へ足をかけた。
その瞬間――
「ぎゃあああああ!!」
ツタの中から絶叫が響いた。
「な、なんだ!?」
兵士たちが慌ててツタを引きはがす。
すると、その下には――
ダハントが仰向けに倒れていた。
しかも、両手で股間を押さえている。
顔は苦痛で大きく歪んでいた。
「よ……よくも……俺様の急所を踏みつけてくれたな……」
ダハントが、かすれた声で言う。
「わざとか……?」
「偶然だよ!」
兵士は慌てて否定した。
「そもそも、こんなところに人がいると思うか!」
そして、少し考えてから続けた。
「まあ、そのおかげで見つかってよかったではないか」
「よかった……だと?」
「もう少し探して見つからなかったら、
『川へ流された』
ということで捜索を打ち切るところだったぞ」
兵士はツタの山を見る。
「そうなっていたら、そなた、このまま誰にも見つけられずに……」
言葉を止める。
ダハントは、何も言えなくなった。
その時――
「その方が、面倒が増えなくてよかったのにな」
誰かが、ぼそりとつぶやいた。
その声だけは、しっかりとダハントの耳に届いた。
◇
ダハントは担架へ乗せられ、牢獄へ戻された。
今度入れられたのは、以前フランが使っていた部屋だった。
ちょうどセリーの牢の真正面である。
運び込まれたダハントを見るなり、セリーが叫んだ。
「よくも、私を置いて逃げたわね!
この裏切り者!!」
ダハントは顔をしかめる。
「それに何よ!
この臭い!
気持ち悪い!」
セリーは鼻を押さえた。
「何とか言いなさいよ!」
次から次へと罵声が飛んでくる。
だが、ダハントには言い返す余裕がなかった。
背中が激しく痛む。
しかも――
腰から下の感覚が、妙に鈍かった。
それなのに、先ほど踏まれた場所だけは、はっきりと痛む。
「くそっ……」
看守たちは医師を呼びに行ったらしく、しばらく牢の前には誰もいなくなった。
やがて、医師がやってきた。
牢へ近づいた途端、顔をしかめる。
「……臭うな」
露骨に嫌そうな顔をした。
「仕方がない。
先に洗うか」
兵士たちが、再び担架を持ってくる。
「くそっ!
重い!」
兵士の一人が、ダハントを見下ろして悪態をついた。
ほかの兵士たちも顔を見合わせる。
そして――
担架をその場へ戻した。
「……これ、運ぶのか?」
「嫌だな」
「臭いが移りそうだ」
「水を持ってきた方が早くないか?」
「それがいい」
兵士たちは、さっさと牢から出ていった。
しばらくして――
四人の兵士が戻ってきた。
それぞれ両手に桶を持っている。
合計八つ。
「おい、まさか……」
ダハントが嫌な予感を覚えた。
次の瞬間――
「せーの!」
頭から大量の水を浴びせられた。
「ぶっ!」
次々と水がかけられる。
あっという間に、床は水浸しになった。
ところが――
なぜか排水口から、水がほとんど流れていかない。
どうやら、詰まっているらしい。
「そのうち流れるだろう」
兵士たちは、まったく気にしていなかった。
そして再び、医師を呼びに行った。
◇
医師は戻ってきたものの、床を見るなり顔をしかめた。
「足元が濡れるではないか……」
そして、牢の中へ入らないまま問診を始めた。
「はい。
どこが痛いですか?」
ぶっきらぼうな声だった。
「背中が痛い……。
あと……急所も……」
「ふむ」
医師はうなずく。
「では、右手を上げてください」
ダハントは、どうにか右手を上げた。
「左手」
言われた通りに左手も上げる。
だが、すぐに手を股間へ戻した。
「腕は動くようだな」
医師は続ける。
「では、足を動かしてください」
ダハントは力を入れた。
「……」
動かない。
もう一度、力を込める。
「……なぜだ?」
足は、まったく動かなかった。
医師の顔から、少しだけ気の抜けた表情が消えた。
「どういう状態で倒れていたのだ?」
医師が兵士へ尋ねる。
「岩の上に寝転んでいました」
「寝転んでいた?」
「その上にツタが大量にかぶさっていたので、人がいるとは思わなくて……」
例の兵士が、気まずそうに頭をかいた。
「それで、うっかり急所を踏みました」
「そこは今、関係ない」
医師が言った。
兵士はダハントを見る。
「悪かったな。
だが、どうしてツタの下敷きになっていたのだ?」
ダハントは顔をしかめるだけだった。
「現場を見たい」
医師は兵士たちを連れ、その場を離れた。
◇
しばらくして、医師が戻ってきた。
「もしかして……」
ダハントを見る。
「ツタを伝って壁を登ろうとして、ツタごと落ちたのか?」
ダハントは必死にうなずいた。
「そして、下にあった岩へ背中から落ちた?」
さらにうなずく。
医師の目が遠くなった。
「……背骨をひどく傷めた可能性が高いな」
ダハントの顔が引きつる。
「足が動かない以上、神経も傷ついていると思った方がいい」
「な……治せ……」
ダハントが必死に言う。
医師は首を振った。
「今の私にできることは、安静にさせ、これ以上悪化させないことくらいだ」
少し間を置く。
「無理に動くな。
それでは」
そう言って、医師は去っていった。
「あはははははっ!!」
突然、セリーの笑い声が響いた。
「いい気味!
本当にいい気味だわ!」
セリーは腹を抱える勢いで笑っている。
一方――
ダハントの部屋の水は、なかなか引かなかった。
床は、いつまでも水浸しのままである。
体が冷えてきた。
「は……はっ……」
くしゃみが出る。
その瞬間――
背中と急所に、同時に激痛が走った。
「ぐああっ……!」
「た……助けてくれ……」
ダハントが、必死にセリーへ声をかける。
セリーは鼻で笑った。
「無理だね」
「な……」
「私は牢に閉じ込められているんだよ?
どうしろっていうんだい?」
そして、冷たく笑った。
「自分だけ逃げようとした罰だよ」
ダハントの顔が――
絶望に染まった。
脱獄成功のはずだったのに??しかも、お部屋はなぜか水が引かない
今回は「急所」を踏まれたおかげで命拾いしました(苦笑)
注釈
医師がぶっきらぼうなのは、ダハントの母国語を片言で話しているからです
(文章に書き加えるの忘れました)
「そこは今、関係ない」
はチャッピーが付け加えました
いや、大事じゃん・・・チャッピーひどい(苦笑)
読んでいただきありがとうございます




