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娘のためなら、熊殺しを半殺しにいたします  作者: 鶴見 日向子


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フラン大好き

執事さん、しっかりお部屋に「しかけ」をしていましたw

「あの牢獄の、執事が入っていた部屋なのだが……。


排水口に、なぜか何枚もの布が詰まっていたそうだ」


アレクの目が遠い。


「本物の看守から報告が来た。


『すさまじい臭いで、耐えられない』


そうだ。


なので看守は撤退して、今はセリーとダハントだけになっているらしい」


「そうでございますか」


執事は平然としている。


「窓もございませんし、もう看守も必要ないでしょう。


また『鍵』を落とされたら、たまりませんからねえ……」


ふふ、と笑った。


(これから絶対に、執事は怒らせない)


アレクは心に誓った。


いったい、何度目の決意であろう。


ダハントは、水浸しの床で過ごしたため体を冷やし、高熱と咳に苦しんだらしい。


後日、建物の専門家が排水口を調べたところ、本来あるはずのない大きな布が、何枚も奥から出てきたという。


「それを乾かして、今ではダハントの『おむつ』にしているそうだ」


アレクが苦笑した。


「あのような者の世話をしなければならない方がお気の毒でございますなあ。


おむつにされる布も、もったいない」


執事が、やれやれという顔をする。


「専門の看護人が、あちらの国から派遣されたそうだ」


アレクが続けた。


「『我が国は人も費用も出さない』


というのが国王陛下のご判断だ。


自分で脱獄して、自分で怪我をしたのだからな。


前回と違って、今回は誰も手を下していない」


「それが賢明でございます」


執事は満足そうにうなずいた。


「さて。


キャロルのところへ行くかな」


アレクが立ち上がった。


「そなたのおかげで、早く片づいて助かったよ」


アレクたちは、ダハントが建物の外へ出た時点で、その後を兵士たちに任せ、さっさと屋敷へ戻っていたのである。



「さて」


公爵が、にこにこと笑った。


「『横領』の執事殿。


王太子殿下から、ご褒美をいただけるそうだ。


何か希望はあるか?」


執事は少し考えた後、深く頭を下げた。


「ずっと、この家に置いていただきとうございます」


「……それだけか?」


「それから」


執事は顔を上げた。


「これからは時折、『執事』ではなく、『フラン』と名前で呼んでいただけますと、ありがたく存じます」


「そんなことでいいのか?」


公爵とアレクが顔を見合わせる。


「はい」


フランは微笑んだ。


「私は、これからもずっと、リリア様のおそばにいたいのでございます。


『仮想の父』として」


公爵が、思わず吹き出した。


アレクは、きょとんとしている。


「それ……褒美になっていないだろう?」


「いいえ」


フランは大真面目だった。


「こちらこそ、ダハントにとどめを刺す役をさせていただけたことを、本望に思っております。


恐れ多いことではございますが、王太子殿下には、


『感謝しております』


とお伝えくださいませ」


そして、その目が少し鋭くなる。


「リリア様に危害を加える者は、絶対に許しません。


あの時、もう少々痛い目を見ていただきたかったのですが、それがかなわなかった。


今回で、その無念も晴れました」


(本当の熊殺しを半殺しにしたのは、リリアではなく、フランなのではないだろうか)


アレクは、ふと思った。



その後――


リリアは男の子を出産した。


公爵家は、大きい喜びに包まれた。


一方、王太子妃も女の子を出産した。


だが、その誕生が表沙汰にされることはなかった。


王太子妃が以前から強く望んでいたことであり、その気持ちは、娘が無事に生まれても変わらなかったのである。


「もし、生まれた王女様が健やかに成長なされば、現王太子の後継者は『女王陛下』となる方向で考えられているそうだ」


公爵がアレクに伝えた。


「すでに長男である王子は、世間では亡くなったことになっている。


それに、王弟の件もあった。


男児にこだわる必要はないのではないか、という意見が強くなったそうだ」


「そうですか」


アレクは、少し驚きながらもうなずいた。


「そのつもりでいてくれ。


その頃には、私はもう現役を退いているだろう」


「いえいえ。


父上は、まだまだお若いですよ」


アレクは笑った。


「女王陛下に、一緒にお仕えしましょう」


「そうだな」


公爵も笑った。


「お仕えするところまでは難しいかもしれぬが……。


せめて長生きをして、女王陛下の戴冠式をこの目で見たいものだ。


頑張らねばな」


その時だった。


「おとうさま~~」


キャロルが、アレクへ抱きついてきた。


「キャロル!」


アレクは、すぐに娘を抱き上げる。


「もう一度。


もう一度、『おとうさま』って呼んで」


その瞳に、じわりと涙が浮かんだ。


フランシスのところへも、時折顔を出していた。


彼には、まだ言葉が出ていない。


だが、ほかの子供より長けている部分もあった。


特に数字には非常に強く、計算となると、大人が驚くほどの力を見せた。


「これは、将来、人の役に立つのではないか?」


周囲も期待した。


だが、クリスティーネは苦笑した。


「そう簡単にはいかないのが、この方たちの特性なのです。


得意なことがあるからといって、それだけですべてがうまくいくわけではございません」


アレク達を見た公爵は、少し寂しそうに言った。


「わしのことは、『おじいさま』とは呼んでくれないのだな」


すると――


「おじいさま!」


キャロルが、公爵を指さした。


公爵の目が大きく見開かれる。


「すごいぞ、キャロル!


そなたは天才だ!」


アレクが、ぎゅっとキャロルを抱きしめた。


やがてキャロルは床へ下りると、扉の方へ歩いていった。


ちょうど、フランが部屋へ入ってくる。


「フラン、大好き」


キャロルが、その足に抱きついた。


フランの動きが止まった。


「……ありがとうございます」


声が震える。


「恐れ多いことでございます」


その目から、大粒の涙がこぼれた。


「おいおい。


そんなことで泣くな」


アレクが、あきれたように言った。


「これが泣かずにいられますか」


フランは涙を拭おうともせず言った。


「『大好き』でございますよ?


『大』がついております」


「フラン、抱っこして」


キャロルが両手を広げた。


「それは……」


フランは、さすがにためらった。


すると、公爵が笑った。


「『仮想祖父』なのだろう?


抱き上げてやりなさい」


フランは目を見開いた。


そして、ゆっくりと膝をつく。


キャロルをそっと抱き上げ、胸へ抱きしめた。


「お嬢様……。


本当に、ありがとうございます」


公爵が、その姿を見ながら言った。


「『あの時の褒美』だ。


そなたは、これからキャロルを自由に抱き上げてよい」


フランは、何も言えなかった。


ただ、キャロルを大切そうに抱きしめていた。


キャロルを連れてきた侍女も、優しく笑っていた。



以前――


フランが牢獄へ入っていた間に、その侍女がアレクへ話したことがあった。


「フランはフランで、ずっと苦しんでいたのでございます」


「執事が?」


「はい」


侍女は寂しそうにうなずいた。


「父親である先代の執事が、元だんな様の言いなりになっていたこと。


そして、自分自身も見習いとして、その手伝いをしていたこと……」


侍女の目が潤んだ。


「挙げ句に、マーガレット様まで、その犠牲になってしまわれた。


フランは、ずっと自分を許せなかったのでしょう」


「それで……独身なのか?」


「おそらく」


侍女は静かに言った。


「皆、それぞれ、背負っているものがあるのでございます」


その話をアレクから聞いたリリアは、ある言葉をキャロルに教え込んだ。


『フラン、大好き』


その言葉だった。



キャロルを胸に抱いた時――


フランには、ほんの一瞬。


その小さな背中の向こうに、昔のマーガレットがいるような気がした。


まだ明るく、よく笑っていた頃の彼女。


――もう、昔のことで悩んじゃ駄目。


――自由になりなさい。


そう言われたような気がした。


フランは、目を閉じた。


キャロルを抱く腕に、ほんの少しだけ力を込める。



「フラン、大好き」


そう言われた、その翌日――


フランは、長年伸ばし続けていた髭を剃った。


キャロルの言葉で、過去の苦悩から解放されたフラン

これからも活躍していく事でしょう

お読みいただきありがとうございます

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