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娘のためなら、熊殺しを半殺しにいたします  作者: 鶴見 日向子


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あの子の笑顔が見たい

男達の「フランシス(王子)を育て隊」活動開始です

「『お忍び』で、温泉付きの宿に行ってみませんか?」


アレクが王太子夫妻を誘った。


「いつでも王子様が戻ってこられるように、少しでも笑顔を取り戻すのです。


おばあ様がついています。


きっと、よい方向へ進みます」


アレクは、励ますように笑顔を作った。


「私は構わないが……。


シャーロットが、自分を責めている」


王太子がため息をつく。


「私にも責任がある。


もっと、子供のことを学ぶべきだった。


すべてを母親や侍女たちに任せきりにしてしまった」


王太子の目が遠くなる。


「実はな……。


私は、ほっとしているのだ」


アレクは黙って王太子を見た。


「毎日、毎日。


夜もろくに眠れずに、あの子の相手をしていた妃と侍女たち……。


皆、疲れ切っていた」


王太子は、ゆっくり息を吐いた。


「それが終わった。


よかった――そう思ってしまった」


顔を伏せる。


「我が子が『死んだこと』にされたというのに、ほっとするなんて……。


私には、父親になる資格がないのかもしれない」


王太子は、すっかり元気をなくしていた。


「そういうことでしたら……。


『視察』に参りましょう」


アレクが言った。


「ちょうど、うちの執事が、その打ち合わせに行っております。


今、フランシス王子がどのような生活をしているのか、見に行きましょう」


だが、王太子は首を振った。


「しばらくの間、両親は行ってはいけないそうだ。


新しい環境に慣れるまでは、会わない方がよいと」


「そうだったのですか。


存じませんでした。


申し訳ございません」


アレクが深く頭を下げた。


「そなたたちは行くのだな?」


王太子が尋ねる。


「はい。


まさか王子様が、そこへ入ることになるとは夢にも思っておりませんでしたが……。


母の勧めもあり、以前から視察へ行く予定になっていました」


「公爵夫人の勧め?」


王太子が首を傾げる。


「はい……」


アレクの目が遠くなった。


――もし、妹が生きていたら。


もしかすると、そこに入っていたのかもしれない。


生きていてくれたのなら、それでもうれしかったのだろうか。


だが、母の、


『きれいごとだけでは済まないのです』


という言葉も、胸に深く突き刺さっていた。


「夫人と妃が、話せるようにしてもらえぬか?」


王太子がアレクに頼んだ。


「私も母にそう言ってみました。


ですが……」


アレクは少し言いづらそうに続ける。


「『生まれて間もなく亡くなったのと、今も元気に生きているのとでは、まったく違う』


そう言われました」


「そうか……」


王太子は、それ以上何も言わなかった。


しばらくして、ぽつりとつぶやく。


「自分の努力だけでは、どうにもならない未来もあるのだな……」


その言葉に、アレクの胸も痛んだ。



後日――


アレクシス、レオン、アンドル、そして執事の四人が、『慈恵院』へ視察に向かった。


そこでは、クリスティーネが生き生きと、小さな子供たちの相手をしていた。


「自分の子供を育てられなかった分、この子たちに愛情を注ぎたいの」


クリスティーネの言葉に、アレクは胸が熱くなった。


だが、彼女は続ける。


「でもね。


『理想』だけでは向き合えない仕事よ」


その表情には、穏やかさと同時に厳しさがあった。


「とても複雑な現実もあるの。


私は、それを知っているから、ここにいることができるのだと思う」


クリスティーネは優しく微笑んだ。


そして、少し寂しそうな顔になる。


「王太子妃殿下は、私をお恨みになっているでしょうね……」


「それは……」


アレクが言葉に詰まる。


「でもね」


クリスティーネは静かに続けた。


「追い詰められてしまって……。


我が子に手をかけてしまったり。


親子で死のうとしてしまったり。


そういう母親も、私は見てきました」


アレクたちの表情が変わる。


「周囲に責められて、いつも頭を下げ続けて……。


それでも、子供の世話は終わらない」


クリスティーネの目が遠くなる。


「妃殿下は、疲れ切っていらっしゃったわ」


そして、アレクを見る。


「一度、離れた方がよいこともあるの。


それは、子供を捨てることとは違うわ」


アレクは黙って聞いていた。


「アレク。


妃殿下に、私がそう言っていたと伝えてもらえる?」


「はい」


アレクは、しっかりとうなずいた。



四人は、その後、大人たちが暮らしている棟も見て回った。


母である公爵夫人が話していた通りだった。


「子供の頃、とても手がかかった方が、大人になると穏やかになることもあります。


逆の場合もございます」


施設の担当者が説明する。


「実際に成長してみなければ、何とも言えない部分が多いのです」


レオンが周囲を見渡した。


「これだけ手厚く世話をするとなると、相当な費用が必要なのではないか?」


「はい。


その通りでございます」


担当者がうなずいた。


「ある程度の給金をいただかなければ、善意や同情だけでは続けられない仕事です」


その目が遠くなる。


「親御様が費用を負担できる家のお子様は、まだ恵まれております。


そうでない場合……。


ここで暮らし続けることが難しくなることもございます」


アンドルが深いため息をついた。


「こんな世界があるとは、まったく知らなかった」


そして、周囲を見回す。


「我が家からも、できる限り経済的な援助をさせてもらう」


アレクとレオンもうなずいた。


「私も同じだ」


「うちもだ」


執事は、黙ってその言葉を記録していた。



そして四人は、フランシス王子のところへ向かった。


フランシスは、四人の姿を見るなり、アンドルの方を見た。


そして次に、レオンの周囲をぐるぐると回り始めた。


「もしかして……。


ご子息を探しているのではないか?」


アンドルが言った。


レオンも気づいた。


「そうか。


今日は来ていないのだ。


申し訳ない」


レオンがフランシスへ話しかける。


「その代わり、私がそなたの相手をしよう」


そして、笑った。


「私は、そなたの伯父だ。


顔を覚えてくれよ」


レオンはフランシスを高く抱き上げた。


「きゃっ!」


フランシスが声を上げて笑った。


レオンはもう一度、高く抱き上げる。


フランシスは大喜びだった。


何度も何度も繰り返した結果――


「ちょっと……待て……」


レオンの息が上がり、肩で息をする。


それでもフランシスは、


『もっと』


と言うかのように、両手を上げた。


「よし。


今度は私だ」


アレクが進み出る。


「私は叔父だ。


レオンには負けないぞ」


今度はアレクが、体を使って思い切り遊び始めた。


高く抱き上げる。


胸に抱き、ぐるぐると回る。


フランシスは大喜びだった。


しかし――


やはり満足することなく、


『もっと』


というように両手を上げる。


「よし。


今度は私だ」


アンドルが腕まくりをした。


「あっ!


あまり、やりすぎないでください!」


クリスティーネが慌てて止める。


「興奮しすぎると、後から落ち着けなくなってしまいます」


「そうなのか」


アンドルは腕を下ろした。


クリスティーネは、フランシスの前へしゃがみ込む。


「いっぱい遊んでもらえて、よかったですね」


王子の顔を優しくのぞき込んだ。


目が合うことはなかった。


それでも、フランシスの顔には笑みが浮かんでいた。


「この方は、体を大きく使った遊びをとても喜ばれるのです」


クリスティーネが言う。


「今日はたくさん相手をしていただいて、ありがとうございます。


私ども女性だけでは、なかなか難しいこともございますから」


「騎士たちの訓練に、ちょうどよいかもしれぬぞ」


レオンが笑う。


「それはよいかもしれません」


クリスティーネもうなずいた。


「若い男性の方々に来ていただけますと、助かる部分もございます。


男の子の相手は、どうしても体力勝負になることがありますから」


そばで、執事が黙々とメモを取っていた。


「お互いのためになる方法を考えてみましょう」


執事が言った。


「女の子の場合は?」


アレクが尋ねる。


「女の子の場合?」


クリスティーネは、少し考え込んだ。


「そうですねえ……。


もちろん、その子によりますけれど……」


目が遠くなる。


「何時間も、同じ言葉を聞き続けることになる場合もございます」


「例えば?」


アンドルが聞いた。


「例えば、ケーキをいただいて、とてもおいしかったという記憶が強く残ったといたしましょう」


クリスティーネが説明する。


「すると、


『ケーキ』


という言葉だけを、延々と繰り返すのです」


三人が黙る。


「無視したり、


『もうやめて』


と言ったりすると、怒ってしまうこともあります」


「どのくらい続くのだ?」


「たとえば、一日中。


そして、それが何か月、場合によっては何年も続くこともございます」


「……想像できない」


アンドルがつぶやいた。


「お時間でございます」


施設長が声をかけた。


「ああ。


いろいろと貴重な経験ができた」


アレクが頭を下げる。


「また、来させてもらう」


四人は慈恵院を後にした。



帰りの馬車の中では、しばらく誰も口を開かなかった。


それぞれが、今日見たことを考えていた。


やがて、別れ際――


レオンが言った。


「また、行こう」


三人が彼を見る。


「あの子の笑顔を、また見たい」


アレク、アンドル、そして執事。


三人とも、静かにうなずいた。


表立っては「伯父」と名乗れなかった立場のレオンと、病死された事になった、フランシスの立場

だけど、そこでは、そんな事は関係なく、「伯父」としてふるまえる・・・・

レオンの思いを描させていただきました。

お読みいただきありがとうございます



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