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娘のためなら、熊殺しを半殺しにいたします  作者: 鶴見 日向子


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24/30

いないことにされた王子

意外な展開になります

「何?


王子は、普通ではないというのか?」


帰宅したアレク夫妻から事情を聞いた公爵は、目を見開いた。


公爵夫人は、遠い目をした。


「娘も、そうだったでしょう?」


公爵の顔が青くなる。


「妹が?」


アレクが不思議そうな顔をした。


「娘はね……少し、ほかの赤ちゃんとは違った顔つきをしていたの」


夫人が静かに話し始める。


「それに、心臓も悪かった。


お医者様からは、


『こういう子が、まれに生まれる。長く生きられない子供も多い』


と言われたわ」


夫人の目が遠くなる。


「同じような病気を持つ子供は、なぜか似た顔つきになることがあるそうなの。


大きくなっても知恵の発達がゆっくりで……。


そして、早く亡くなる子も多いと」


アレクは、何も言えなかった。


「王子も、形は違っても……そういう、生まれながらの特性を持っているのかもしれません」


夫人は、さらに続けた。


「クリスティーネ様がおっしゃった『孤児院』というのは、『慈恵院』のことかもしれません」


「慈恵院?」


「貴族の家に、そういう子が生まれることがあるでしょう?」


夫人の目がまた遠くなる。


「死んだことにして、慈恵院へ預ける家もあるのです。


多額の寄付金とともに……」


部屋が静まり返った。


「うちの娘も、お医者様から、


『そうした方がよいかもしれない』


と勧められました」


夫人の瞳から、大粒の涙がこぼれた。


「その前に……亡くなってしまいましたけれど」


公爵が、黙って妻の手を握った。


「私も、娘のことがあった後、そういう子供たちを預かっている場所を視察しました」


夫人は、ためらいながら続ける。


「正直に言えば……。


亡くなってくれて、よかったのかもしれない。


そう思ってしまったこともあります」


アレクが息をのんだ。


「きれいごとだけでは、済まないのです」


夫人は苦しそうに言った。


「あなたたちも、一度、視察に行ってごらんなさい」


そして、大きく息を吐く。


「小さいうちは、まだよいのです。


問題は、成人した後です」


夫人は、自分が見た光景を思い出していた。


「まったく言うことを聞かず、暴れ続ける人。


石鹸を食べてしまう人。


物を何でも投げてしまう人。


その一方で、


『どこが違うの?』


と思うほど、普通の人と変わらない方もいました」


夫人は首を振った。


「本当に……いろいろなのです」


アレクシスとリリアーナは、顔を見合わせた。


「もしかしたら……うちの子も?」


リリアは、腕の中のキャロルを見つめた。


キャロルは母親と目が合うと、にこりと笑った。


「今のところ、心配するような様子はないと思うわ」


夫人が優しく言う。


「でも、まだ何とも言えません。


二歳を過ぎても言葉がなかなか出ないなど、成長していく中で初めて気づくこともあるそうです」


「ちょうど王子様は、それが分かってきた時期だった、ということなのですね……」


リリアが深いため息をついた。


「他人の私たちですら、ため息が出るのです」


アレクが言う。


「実の親なら……。


どれほど胸をかきむしられる思いだろう」


「ですが、いくら同情しても、お子様の特性が消えるわけではございません」


執事が静かに声をかけた。


「王太子夫妻のお気持ちに寄り添うためにも、我々も知る必要がございます。


視察の日程を組みましょうか?」


「そうだな」


アレクがうなずく。


「私がアンドルを誘って行ってみる。


奥方たちは……まだ、そういう場所へは行かない方がよいと思う」


執事がうなずいた。


「私も参りたいと存じます」


「なんで?」


執事の意外な言葉に、アレクが目を瞬かせる。


「我が家でも、いつ『もしかしたら』が起きるか分かりません」


執事は胸を張った。


「その時に、しっかり対応できるようにしておきたいのでございます」


アレクは、しばらく執事を見つめた。


「ああ……そうだな。


他人事ではない」



数日後――


城では、国王をはじめ、主だった重臣たちが集められていた。


その中には、公爵の姿もあった。


国王の口から、王太子夫妻の子供について説明がなされた。


そして――


「これは、すでに決定したことである」


国王が言った。


「ここにいる者たちだけの胸に、しまっておいてほしい」


誰も反対意見を述べなかった。


公爵も、静かに目を閉じた。



翌日。


フランシス王子は王太子夫妻のもとから離され、どこかへ連れて行かれた。


王太子妃には、何が起こったのか理解できなかった。


「クリスティーネが、ついて行ってくれた」


国王が王太子夫妻へ告げた。


「どういうことでございますの?」


王太子妃には、訳が分からなかった。


国王は、重い口を開いた。


「王家や上級貴族には、まれに『そういう子』が生まれることがある。


そのための施設があるのだ」


王太子妃の顔から血の気が引いていく。


「そなたは……もう、あの子のことは忘れて、次の子を産んでほしい」


王太子夫妻は絶句した。


「クリスティーネに感謝しなさい」


国王は静かに目を閉じた。


「今なら、『病死』で済ませられる」


「嫌です……」


王太子妃の唇が震えた。


「どうして……?」


涙が、次々と頬を伝った。


昨夜まで彼女は、


『これから、どうしたらよいのだろう』


と考え続けていた。


胸が張り裂けそうだった。


覚悟を決めようとしても、現実には、我が子でありながら意思を通わせることすら難しい。


毎日追いかけ続け、何を伝えても届いているのか分からず、神経はすり減っていた。


それでも――


我が子だった。


「普通の孤児院とは違います」


王妃が、王太子妃へ言い聞かせるように話した。


「きちんと専門の医師や、世話をする者たちがおります。


外へ出てしまわぬよう、建物そのものも工夫されています」


王妃の声も震えていた。


「今のあなたたちだけで抱え込むよりも、安全に暮らせる場所なのです」


「……会いに行くことはできますか?」


王太子妃が、涙ながらに尋ねた。


「もちろんです」


王妃がうなずく。


「表向きは『視察』という形になりますが、会いに行くことはできます」


「クリスティーネは……なぜ?」


王太子妃が尋ねた。


「最後まで責任を取りたい、と」


国王が答えた。


「もしかしたら、成長する中で変わることもあるかもしれない。


少しでもよい方向へ進む可能性があるのなら、その時のために付き添いたい、と申し出てくれた」


「そう……だったのですね……」


王太子妃の目が遠くなる。


王妃が、そっと彼女の手を握った。


「王太子妃は、母親だけをして生きることは許されません」


王妃の目からも、涙がこぼれた。


「あなたには公務があります。


国のために働かなければなりません。


あの子だけに、すべての時間を使うことはできないのです」


王太子妃は唇をかみしめる。


「つらいでしょうけれど……。


分かってちょうだい」


長い沈黙の後――


「分かりました」


王太子妃は、国王へ深く頭を下げた。


「陛下のご決定には、逆らいません」


「……それでよい」


そう答えた国王の目にも、涙が光っていた。


「焦ることはない。


そなたたちは、まだ若い」


国王は静かに続ける。


「それに、もし次の子に恵まれなかったとしても、レオンの子供は賢い。


血筋から考えても、将来、養子として迎えることは可能だ」


そして、王太子夫妻を見る。


「あまり、自分たちを追い詰めるのではないぞ」


「ご配慮、ありがたく存じます」


王太子妃は、もう一度頭を下げた。



その知らせは、内々に、公爵からアレクたちへ伝えられた。


「そうなってしまったのですね……」


公爵夫人の目が遠くなる。


公爵が、ぽつりと言った。


「『キャロルを王子の妃に』などと言っていた頃が、一番幸せだったのだな……」


アレクとリリアは、王太子夫妻の気持ちを思うと、胸が張り裂けそうだった。


「必死で育ててきた子を取り上げられる……」


アレクが言った。


「それが……王室なのか」


そして、リリアの腕の中にいるキャロルを見る。


「五体満足に生まれてきたからといって、それだけで安心できるわけではないのですね」


リリアも、キャロルを見つめた。


キャロルは何も知らず、母親の胸の中で穏やかにしている。


「どうか……」


リリアは、我が子を抱く腕に少し力を込めた。


「この子は、普通に育ってくれますように……」


そう祈ることしかできなかった。


やがて――


国中に、


『王太子長男、病死』


の触れが回った。


「いないことに……されてしまうのね」


リリアがつぶやいた。


そして、キャロルを抱きしめる。


「王家に嫁がなくて済んで……よかったです」


その言葉を口にした自分に、胸が痛んだ。


王太子妃の気持ちを思えば、喜んでなどいられない。


それでも、母親として――


そう思わずにはいられないリリアだった。


つまり彼自身も祖父としては手放したくない。でも国王として王統を守る決定をするしかない。この二つが同居しています。

チャッピー談

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