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娘のためなら、熊殺しを半殺しにいたします  作者: 鶴見 日向子


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23/30

最後の砦

国王陛下のクリスティーネに託した願いが込められています

翌日――


クリスティーネを伴い、公爵、アレクシス夫妻、そしてキャロルが登城した。


国王夫妻との対面の場には、一人の老婦人が待っていた。


クリスティーネの姿を見るなり、その老婦人が駆け寄ってくる。


「お嬢様!


よかった!」


クリスティーネは、不思議そうな顔をした。


「覚えていらっしゃいませんか?


養育係のアンナでございます」


アンナと名乗った老婦人は、クリスティーネの手を握った。


「養育係……ですか?」


クリスティーネは首を傾げる。


「そうですよね。


直接お仕えしたのは、クリスティーネ様が幼い頃だけでしたから」


アンナの目が潤んだ。


「ですが、私がお城へ戻った後も、しょっちゅう屋敷へクリスティーネ様の様子を見に行っていたのですよ。


ご両親を亡くされた後、侯爵家へ嫁がれたと聞いて、これで安心だと思っておりました。


それなのに、なぜか、その後はまったくお姿を見せなくなってしまって……。


いったい何があったのかと、ずっと心配しておりました」


アンナの目が遠くなる。


「それで、公爵。


『例の件』は確認できたか?」


国王が公爵に尋ねた。


「はい。


侍女が入浴のお手伝いをした際、確認いたしました」


公爵は侍従から一枚の紙を受け取り、国王側の侍従へ渡した。


国王は、その紙と手元にあった記録を見比べる。


「間違いない。


ほぼ一致している」


そして、クリスティーネへ向き直った。


「そなたは間違いなく、ダルーシャ公爵家のクリスティーネ嬢だ」


「どういうことでございましょう?」


クリスティーネの目が見開かれた。


「背中の傷跡だよ」


国王が説明する。


「そなた、幼い頃は相当なお転婆だったらしいな。


木から落ち、背中に大怪我を負ったことがあるそうだ。


その傷の形をアンナが覚えていた。


そして、現在残っている傷跡と一致した」


公爵の顔にも、安堵の色が広がった。


「自分の背中など、なかなか見る機会がありませんから……。


侯爵に『気持ち悪い』と言われていたのは、その傷のことだったのですね」


クリスティーネが静かに言った。


「あのハゲは、そうやって人の欠点を見つけては、そこを攻撃するのが好きな人間でした。


傷がなくても、別のことで攻撃されていましたよ」


アレクが言った。


「ハゲ?」


国王が首を傾げる。


「失礼いたしました。


何でもございません」


アレクは素早く頭を下げた。


国王は少し不思議そうな顔をしたが、話を続ける。


「というわけで、クリスティーネ殿の地位は正式に回復させる。


今後は、ダルーシャ公爵令嬢として振る舞いなさい」


クリスティーネは深く頭を下げた。


「亡きダルーシャ公爵夫妻の財産も、国が保管している。


元侯爵にだまし取られたものもあるが、大半は残っている」


アンナが大きくうなずいた。


「それから、元侯爵について改めて調べ直したところ、いろいろと問題が出てきた。


しかし、本人はすでに亡くなっている。


今さら罰することはできぬ」


国王はクリスティーネへ視線を向けた。


「そこで、そなたと元侯爵との婚姻については、出産後まもなく離婚したものとして整理する。


今後、そなたがあの男の妻として扱われることはない」


国王の采配だった。


「それでよいな、公爵?」


「ご配慮、ありがたく存じます」


公爵とアレクシス夫妻が頭を下げた。


すると国王は、少し身を乗り出した。


「それでだ。


一つ、頼みがある」


「何でございましょう?」


「我が孫の教育係を引き受けてくれぬか?」


クリスティーネは驚いた顔をした。


「孫なのだが……。


手がつけられぬ。


これまでにも、いろいろな者に見てもらった。


だが、誰にもどうにもできなかった」


国王がため息をつく。


「侍女も何人も逃げ出した。


最後にアンナにも来てもらったのだが、さすがに年齢的に厳しい」


アンナも困ったようにうなずいた。


「そなたはレオンと、亡きマーガレットを育てたと聞いた。


どうか、一度、孫を見てもらえぬだろうか?」


国王夫妻の表情は必死だった。


クリスティーネは、少し考える。


「一度、そのお孫様に会わせてくださいませ」


「引き受けてくれるのか?」


国王の目が輝いた。


「ご本人を見てから、決めさせていただきます」


クリスティーネは、はっきりと答えた。



公爵は、そのまま自分の屋敷へ戻った。


アレク夫妻とクリスティーネは、王太子夫妻の居住区へ向かった。


そこには――


二歳ほどの男の子が、部屋中を駆け回っていた。


その後を王太子妃と侍女たちが、必死に追いかけている。


すでにレオン夫妻、アンドル夫妻も来ていた。


「これは……大変だぞ」


レオンが眉間にしわを寄せる。


クリスティーネは、何も言わず、その様子をじっと見つめていた。


やがて、王太子妃へいくつもの質問を始める。


普段の生活。


食事。


眠り方。


好きな物。


嫌がること。


言葉。


人との関わり方。


これまで誰に見てもらい、どのようなことを言われたのか。


王太子妃は、一つ一つ答えていった。


クリスティーネは、しばらく目を閉じた。


長い沈黙の後、静かに口を開く。


「王子様は、ただ『やんちゃ』なのではございません」


王太子夫妻の顔色が変わった。


「このお子には、はっきりとした特性がございます。


そして……」


クリスティーネは一度、言葉を切った。


「このままでは、将来、王太子を継ぐことは難しいと思われます」


「何てことを言うのだ!」


王太子が声を荒らげた。


「普通の、やんちゃな男の子であろう!」


クリスティーネは動じなかった。


「王太子殿下。


どうか、冷静になってくださいませ」


まずは国王陛下へ、ご報告させていただきます。


王太子殿下には、その間にお気持ちを落ち着けていただきたく存じます」


そして、王太子妃と侍女たちを見る。


「少なくとも、王太子妃殿下と侍女の皆様だけで対応することは難しいとお考えください。


これまで、皆様がどれほど努力してこられたかは、お話を伺えば分かります。


ですが、このお子には、このお子に合った接し方が必要です」


そう言って、クリスティーネは部屋を出ていった。


しばらく、誰も口を開かなかった。


王太子がレオンへ尋ねる。


「兄上の息子は……今、何歳です?」


「三歳です」


レオンが答える。


「一歳半の頃には、すでに言葉が出ていました」


王太子の顔が強張る。


「もちろん、言葉の出る時期には個人差があります。


ですが……」


レオンは、走り回る王子を見つめた。


「王子様の『大変さ』は、うちの息子が小さかった頃の大変さとは、まったく違います。


意思の疎通が、ほとんどできていない」


「兄上まで、そう思われるのですか?」


王太子の目が潤んだ。


「兄だから言うのだ」


レオンは、はっきりと言った。


「冷静にならなければならない。


私も孤児院との交流があって、いろいろな子供たちを見てきた。


まさか、その経験がこんなところで役立つとは夢にも思わなかったが……」


レオンの目が遠くなる。


「王子様の大変さは、普通の『やんちゃ』とは違うと思う」


アレク夫妻は何も言えず、ただ立ち尽くしていた。


「クリスティーネは、我々よりずっと長く、さまざまな子供たちを見てきている。


今は、彼女に頼るしかないぞ」


レオンが言った。


王太子は青ざめた顔で、再び王太子妃の腕をすり抜けて駆け回る我が子を見つめた。


すると――


「僕も一緒に走ろう!」


レオンの息子が、王子の後を追いかけた。


しばらくして、


「捕まえた!」


と手を伸ばす。


だが、王子はその手を強く払いのけた。


少年は一瞬驚いたが、すぐに手を引っ込めた。


「触られるのが嫌なんだね。


もう触らないよ」


すると王子は、なぜか、ほっとしたような表情を見せた。


「なぜ分かるのだ?」


王太子が驚いて尋ねる。


「分からないけど……。


嫌そうだったから」


少年は首を傾げた。


「同じ年頃同士で、通じるものがあるのかもしれないな」


アンドルが言った。


デリアは、シャーロット王太子妃のそばへ寄った。


「よく頑張ってきたわ。


大変だったでしょう」


母国語で、優しく語りかける。


王太子妃は涙を拭いた。


そして、立ち上がる。


「こんなに幼いレオンの息子が、初めて会ったばかりの我が子のことを分かるのです」


王子を見つめる。


「私も、この子のことが分かるように努力いたします」


王太子妃の目に、強い決意が宿った。


「言葉が話せるように、普通の子よりも百倍、二百倍……。


いいえ、何万倍でも話しかけて、言い聞かせます」


「私は、あの子の母親です」


涙を流しながらも、その声は強かった。


「どんな特性があっても、見捨てたりいたしません」


そして王太子へ向き直り、頭を下げた。


「殿下。


お願いいたします。


クリスティーネから助言をいただけるようにしてください」


「絶対に、あの子を見捨てません」


その目には、決意が宿っていた。


「特性が分かったのなら、それに合った教育をしてやるべきです」


王太子妃は、走り回る王子のそばへ行き、その体を抱きしめた。



しばらくして、クリスティーネが戻ってきた。


「国王陛下と、お話をしてまいりました」


皆が彼女を見る。


「私でよろしければ、できる限りのお手伝いをさせていただきます」


王太子夫妻の顔が明るくなった。


そしてクリスティーネは、アレク夫妻へ向き直った。


「私、『住み込むこと』にしたわ」


「えっ?」


アレクが目を丸くする。


クリスティーネは微笑んだ。


「時々、遊びに行けたら行くわ」


「おばあ様……。


ありがとうございます」


アレクは頭を下げた。


「できる限り、こちらからも顔を出します。


王子様のためになるように」


リリアも言った。


デリアもうなずく。


「助けはいくらあってもいいわ。


私も、なるべく足を運ぶようにする」


こうして――


『王子を育て隊』


が結成された。


……はずだった。


子供に詳しいクリスティーネに「大丈夫です。普通のお子です」と言ってもらいたかった・・・

その希望が崩れ去ったという事でこういうタイトルになりました。

いろいろな特性を持つ子供の存在は、確率的に意外に多いのです・・・・・

お読みいただきありがとうございます

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