優しかったセリー
前半、王太子妃が黒かった理由があきらかになります
「さあ、話の続きを!」
王太子が身を乗り出した。
「もうありません!」
アレクが叫ぶ。
「何のお話ですの?」
リリアが不思議そうに尋ねた。
「そなたの武勇伝だ。
押し入った賊を半殺しにしたそうではないか!」
王太子の目が輝いている。
「ああ、あれは執事さんが『とどめ』を刺してくださったのです。
私ではありませんわ」
リリアは、きょとんとした。
「いや、絶対にそなただ!」
アレク、伯爵、アンドルが同時に叫んだ。
「執事は何をしたのだ?」
王太子が、さらに身を乗り出す。
「私が蹴ったサイドテーブルの角で、汚物の顎を打ちつけました」
リリアがおっとりと言った。
「あれが決定打になりましたね。
あれがなかったら、私は押しのけられていたと思います。
そうならないよう、かかとに力を込めて一点に集中させておりましたが、キャロルを抱いていたので、バランスを取るのが難しかったのです……」
男性陣の顔が、何とも複雑なものになった。
その時――
なぜか王太子妃の目から、涙がこぼれた。
「リリア……ありがとう。
本当に、ありがとう」
王太子妃は、リリアの手を強く握った。
「なぜ、妃殿下が私にお礼をおっしゃるのですか?」
リリアが、きょとんとする。
王太子妃は、しばらく言葉を詰まらせた。
そして、母国語でも、この国の言葉でもない言葉で話し始めた。
「故郷でね……。
あいつにひどいことをされた侍女がいたの。
私に、とてもよくしてくれた侍女だった」
王太子妃の声が震える。
「その侍女が……身投げをしたの。
あいつに、ひどいことをされたせいで……」
リリアの目が大きく見開かれた。
「私は、絶対にあいつを許せなかった。
だから、この国へおびき寄せたのに。
本来なら、私の国の法律では死刑になるはずだった。
それなのに、減刑されて牢で生かされていた。
そのうえ脱獄して、この屋敷にまで押し入るなんて……」
王太子妃の涙は止まらなかった。
「悔しかった。
本当に、悔しかったの……」
リリアは、キャロルをアレクへ預けると、王太子妃の背中を優しくさすった。
そして同じ言葉で返した。
「ただ処刑するだけでは、足りませんわ。
散々苦しんで、自分のしたことを思い知ればいいのです。
きっと、そういう運命だったのでしょう」
王太子妃が顔を上げる。
「私は、力いっぱい踏みつけてやりました。
傷つけられた女性たちの悔しさまで、かかとに込もったのだと思います。
それから、執事さんには顎をもう一度砕かれました。
お母様は、花瓶を頭へ振り下ろされました。
花瓶の方が割れてしまいましたけれど」
「今の言葉は、どういう意味だ?」
王太子が尋ねた。
リリアは、自分たちの国の言葉へ戻した。
「あの男は今回の事で十分に痛い目をみた、という意味でございます」
王太子妃は目を見開き、やがて納得したように、もう一度リリアの手を強く握った。
王太子はハンカチを取り出し、妻の涙をぬぐう。
「事情はすべて分からぬが……。
少しでも、そなたの気が晴れたのならよかった」
「ええ。
リリアと執事さん、それから奥様が、私の代わりに罰を与えてくださいました」
すると執事が、王太子妃の国の言葉で付け加えた。
「下働きの者たちもでございます。
汚れを落とすため、石鹸をつけたデッキブラシで、ずいぶん念入りに洗っておりました」
フレッドも同じ言葉で続ける。
「騎士団長には、足で担架へ転がされておりました。
『触りたくない。ブーツが汚れた』とのことで、新しい物を弁償していただくことになっております」
王太子妃は思わず吹き出した。
ようやく涙が止まる。
「ああ、あれか。
『デッキブラシ三本の意味は分からないが、すべて最高級品を返す』
と、あちらの国王が言っていたそうだ」
王太子も笑った。
「何だ、それは?」
アンドルが首を傾げる。
「今度、お話しいたしますわ」
侍女たちは、王太子夫妻やアレク夫妻が外国語を交えて話しているため、内容がまったく理解できず、戸惑っていた。
「心配するな。
わしにも分からん」
その様子を見たエピナスチン伯爵が笑った。
やがてキャロルが空腹で泣き始めたため、その日は一旦お開きとなった。
「明日が楽しみだな」
そう言って、皆はそれぞれ帰っていった。
◇
翌日――
クリスティーネとジャンヌは、公爵邸へ向かう馬車の中にいた。
「もう少しで、公爵邸です。
私も伺うのは初めてなのですよ」
ジャンヌの顔は明るかった。
だが、クリスティーネの表情は少しこわばっている。
「大丈夫です。
夫も今日中には到着しますから」
ジャンヌの隣では、息子が気持ちよさそうに居眠りをしていた。
「クリスティーネと一緒に旅ができて、うれしいわ」
ジャンヌは明るく笑った。
その時だった。
馬車が次第に速度を落とし、やがて止まった。
「おい!
馬車が通れない!
道を開けてくれ!」
御者が叫ぶ。
だが、道にあふれた人々は、なかなか動こうとしない。
「何かしら?」
ジャンヌが窓を少し開いた。
そこへ――
「セリーは無実だ!
皆で城へ抗議に行こうではないか!」
男の大声が響いた。
「そうだ!
国王陛下といえど、無実の人間を牢へ入れるなど許されることではない!」
別の者も叫ぶ。
周囲から、それに同調する声が上がっていた。
クリスティーネは、その中心にいる男を見つめた。
そして、目を見開く。
「ジャンヌ様は、ここにいらしてください」
そう言うと、御者へ声をかける。
「降ります。
踏み台を」
「え?
いったい何を?」
ジャンヌと御者が目を見張った。
「いいから。
早くなさい」
御者は慌てて、馬車の脇へ踏み台を置いた。
クリスティーネは背筋を伸ばし、優雅な足取りで群衆の中へ入っていった。
「すみません。
私は、あの男性の知り合いなのです。
通していただけますか?」
よく通る上品な声に、人々が振り返る。
自然と道が開いた。
クリスティーネは、その間をまっすぐ歩き、演説をしていた男の前へ立った。
「久しぶりね、オットー」
クリスティーネは、にこりとほほ笑んだ。
「え?
もしかして……クリスティーネ様?」
クリスティーネがうなずくと、オットーの顔に喜びが広がった。
「お久しぶりでございます!
あの節は、大変お世話になりました。
今、我々がお世話になったセリー様をお救いするため、活動しているところなのです。
クリスティーネ様もご一緒なら、心強い!」
しかし、クリスティーネは静かに首を横に振った。
「オットー。
私たちは、確かにセリーさんによくしていただきました。
ですが、そうではない方々が大勢いたのです」
オットーの笑顔が消えた。
「あなたの言っていることは、間違っています」
「そんな馬鹿な!
あんなに優しいセリー様が、罪を犯すわけがない!」
オットーが叫んだ。
その時――
「何も知らないくせに、知ったような顔をするな!
私もセリーの被害者だ!」
後方から、男の声が響いた。
皆が振り返る。
馬に乗ったレオンだった。
「私は、セリーの詐欺の片棒を担がされていた!」
レオンが叫ぶ。
「私は、生まれてすぐにセリーによって娼館へ売られ、下働きをさせられたのだ!」
周囲がざわめく。
「私を産んだ母親には、
『貴族の家へ養子に出した』
と嘘をついた!
それのどこが『優しい』のだ!」
オットーの顔が引きつった。
「私の妹も、貴族令嬢でありながら、セリーに騙され、侍女として働かされていた。
その両親からは金を巻き上げ、家を没落させた。
その結果、妹の両親は亡くなったのだぞ!」
「嘘だ!
でたらめだ!
証拠を見せろ!」
オットーが叫ぶ。
「そなた、娼館で経理をしていたオットーだな?」
レオンは馬から降り、男へ近づいた。
「私だ。
娼館で下働きをしていた『バクラス』だよ。
覚えていないか?」
「え……?
下働きのバクラス?
どうして貴族の格好をしているんだ?」
オットーの目が丸くなった。
「ジャンヌもいるぞ」
馬車の窓から、ジャンヌが顔を出して手を振った。
「え?
何でジャンヌまで?
クリスティーネ様も……?」
群衆の中から声が上がった。
「おい!
結局、どっちなんだよ!
はっきりしろ!」
オットーは目を見開いたまま、固まってしまった。
レオンが苦笑する。
「まあ……。
いいところばかり見せられていれば、分からないのも無理はないか。
そなたはセリーのお気に入りで、ずいぶんかわいがられていたからな」
そして、ふと思い出したように尋ねた。
「私が娼館にいた頃には会ったことがないのだが……。
マーガレットという女性を覚えているか?」
「ああ。
セリー様の口利きで、貴族の養女になったと聞いたぞ」
オットーは、どこか勝ち誇ったように答えた。
「亡くなった」
レオンが静かに言った。
オットーの表情が止まる。
「セリーが直接手を下したわけではない。
だが――
セリーが殺したようなものだ」
「まさか……!」
オットーの顔が真っ青になった。
周囲の群衆も、次第に声を失っていく。
先ほどまで勢いよく叫んでいた者たちは、互いの顔を見合わせ始めた。
やがて、一人、また一人とその場を離れていった。
そしてリリアが慰め方を間違えているようで、王太子妃にはものすごく効いている(笑)
「傷つけられた彼女達の恨みが、かかとにこもった」
この言葉で救われる王太子妃も相当ですがw
さらに執事とフレッドが外国語で、
デッキブラシ情報まで追加する。
涙を流していた王太子妃が吹き出すところ、好きです。
チャッピーの感想でしたw
お読みいただきありがとうございます




