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娘のためなら、熊殺しを半殺しにいたします  作者: 鶴見 日向子


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18/22

優しかったセリー

前半、王太子妃が黒かった理由があきらかになります


「さあ、話の続きを!」


王太子が身を乗り出した。


「もうありません!」


アレクが叫ぶ。


「何のお話ですの?」


リリアが不思議そうに尋ねた。


「そなたの武勇伝だ。


押し入った賊を半殺しにしたそうではないか!」


王太子の目が輝いている。


「ああ、あれは執事さんが『とどめ』を刺してくださったのです。


私ではありませんわ」


リリアは、きょとんとした。


「いや、絶対にそなただ!」


アレク、伯爵、アンドルが同時に叫んだ。


「執事は何をしたのだ?」


王太子が、さらに身を乗り出す。


「私が蹴ったサイドテーブルの角で、汚物の顎を打ちつけました」


リリアがおっとりと言った。


「あれが決定打になりましたね。


あれがなかったら、私は押しのけられていたと思います。


そうならないよう、かかとに力を込めて一点に集中させておりましたが、キャロルを抱いていたので、バランスを取るのが難しかったのです……」


男性陣の顔が、何とも複雑なものになった。


その時――


なぜか王太子妃の目から、涙がこぼれた。


「リリア……ありがとう。


本当に、ありがとう」


王太子妃は、リリアの手を強く握った。


「なぜ、妃殿下が私にお礼をおっしゃるのですか?」


リリアが、きょとんとする。


王太子妃は、しばらく言葉を詰まらせた。


そして、母国語でも、この国の言葉でもない言葉で話し始めた。


「故郷でね……。


あいつにひどいことをされた侍女がいたの。


私に、とてもよくしてくれた侍女だった」


王太子妃の声が震える。


「その侍女が……身投げをしたの。


あいつに、ひどいことをされたせいで……」


リリアの目が大きく見開かれた。


「私は、絶対にあいつを許せなかった。


だから、この国へおびき寄せたのに。


本来なら、私の国の法律では死刑になるはずだった。


それなのに、減刑されて牢で生かされていた。


そのうえ脱獄して、この屋敷にまで押し入るなんて……」


王太子妃の涙は止まらなかった。


「悔しかった。


本当に、悔しかったの……」


リリアは、キャロルをアレクへ預けると、王太子妃の背中を優しくさすった。


そして同じ言葉で返した。


「ただ処刑するだけでは、足りませんわ。


散々苦しんで、自分のしたことを思い知ればいいのです。


きっと、そういう運命だったのでしょう」


王太子妃が顔を上げる。


「私は、力いっぱい踏みつけてやりました。


傷つけられた女性たちの悔しさまで、かかとに込もったのだと思います。


それから、執事さんには顎をもう一度砕かれました。


お母様は、花瓶を頭へ振り下ろされました。


花瓶の方が割れてしまいましたけれど」


「今の言葉は、どういう意味だ?」


王太子が尋ねた。


リリアは、自分たちの国の言葉へ戻した。


「あの男は今回の事で十分に痛い目をみた、という意味でございます」


王太子妃は目を見開き、やがて納得したように、もう一度リリアの手を強く握った。


王太子はハンカチを取り出し、妻の涙をぬぐう。


「事情はすべて分からぬが……。


少しでも、そなたの気が晴れたのならよかった」


「ええ。


リリアと執事さん、それから奥様が、私の代わりに罰を与えてくださいました」


すると執事が、王太子妃の国の言葉で付け加えた。


「下働きの者たちもでございます。


汚れを落とすため、石鹸をつけたデッキブラシで、ずいぶん念入りに洗っておりました」


フレッドも同じ言葉で続ける。


「騎士団長には、足で担架へ転がされておりました。


『触りたくない。ブーツが汚れた』とのことで、新しい物を弁償していただくことになっております」


王太子妃は思わず吹き出した。


ようやく涙が止まる。


「ああ、あれか。


『デッキブラシ三本の意味は分からないが、すべて最高級品を返す』


と、あちらの国王が言っていたそうだ」


王太子も笑った。


「何だ、それは?」


アンドルが首を傾げる。


「今度、お話しいたしますわ」


侍女たちは、王太子夫妻やアレク夫妻が外国語を交えて話しているため、内容がまったく理解できず、戸惑っていた。


「心配するな。


わしにも分からん」


その様子を見たエピナスチン伯爵が笑った。


やがてキャロルが空腹で泣き始めたため、その日は一旦お開きとなった。


「明日が楽しみだな」


そう言って、皆はそれぞれ帰っていった。



翌日――


クリスティーネとジャンヌは、公爵邸へ向かう馬車の中にいた。


「もう少しで、公爵邸です。


私も伺うのは初めてなのですよ」


ジャンヌの顔は明るかった。


だが、クリスティーネの表情は少しこわばっている。


「大丈夫です。


夫も今日中には到着しますから」


ジャンヌの隣では、息子が気持ちよさそうに居眠りをしていた。


「クリスティーネと一緒に旅ができて、うれしいわ」


ジャンヌは明るく笑った。


その時だった。


馬車が次第に速度を落とし、やがて止まった。


「おい!


馬車が通れない!


道を開けてくれ!」


御者が叫ぶ。


だが、道にあふれた人々は、なかなか動こうとしない。


「何かしら?」


ジャンヌが窓を少し開いた。


そこへ――


「セリーは無実だ!


皆で城へ抗議に行こうではないか!」


男の大声が響いた。


「そうだ!


国王陛下といえど、無実の人間を牢へ入れるなど許されることではない!」


別の者も叫ぶ。


周囲から、それに同調する声が上がっていた。


クリスティーネは、その中心にいる男を見つめた。


そして、目を見開く。


「ジャンヌ様は、ここにいらしてください」


そう言うと、御者へ声をかける。


「降ります。


踏み台を」


「え?


いったい何を?」


ジャンヌと御者が目を見張った。


「いいから。


早くなさい」


御者は慌てて、馬車の脇へ踏み台を置いた。


クリスティーネは背筋を伸ばし、優雅な足取りで群衆の中へ入っていった。


「すみません。


私は、あの男性の知り合いなのです。


通していただけますか?」


よく通る上品な声に、人々が振り返る。


自然と道が開いた。


クリスティーネは、その間をまっすぐ歩き、演説をしていた男の前へ立った。


「久しぶりね、オットー」


クリスティーネは、にこりとほほ笑んだ。


「え?


もしかして……クリスティーネ様?」


クリスティーネがうなずくと、オットーの顔に喜びが広がった。


「お久しぶりでございます!


あの節は、大変お世話になりました。


今、我々がお世話になったセリー様をお救いするため、活動しているところなのです。


クリスティーネ様もご一緒なら、心強い!」


しかし、クリスティーネは静かに首を横に振った。


「オットー。


私たちは、確かにセリーさんによくしていただきました。


ですが、そうではない方々が大勢いたのです」


オットーの笑顔が消えた。


「あなたの言っていることは、間違っています」


「そんな馬鹿な!


あんなに優しいセリー様が、罪を犯すわけがない!」


オットーが叫んだ。


その時――


「何も知らないくせに、知ったような顔をするな!


私もセリーの被害者だ!」


後方から、男の声が響いた。


皆が振り返る。


馬に乗ったレオンだった。


「私は、セリーの詐欺の片棒を担がされていた!」


レオンが叫ぶ。


「私は、生まれてすぐにセリーによって娼館へ売られ、下働きをさせられたのだ!」


周囲がざわめく。


「私を産んだ母親には、


『貴族の家へ養子に出した』


と嘘をついた!


それのどこが『優しい』のだ!」


オットーの顔が引きつった。


「私の妹も、貴族令嬢でありながら、セリーに騙され、侍女として働かされていた。


その両親からは金を巻き上げ、家を没落させた。


その結果、妹の両親は亡くなったのだぞ!」


「嘘だ!


でたらめだ!


証拠を見せろ!」


オットーが叫ぶ。


「そなた、娼館で経理をしていたオットーだな?」


レオンは馬から降り、男へ近づいた。


「私だ。


娼館で下働きをしていた『バクラス』だよ。


覚えていないか?」


「え……?


下働きのバクラス?


どうして貴族の格好をしているんだ?」


オットーの目が丸くなった。


「ジャンヌもいるぞ」


馬車の窓から、ジャンヌが顔を出して手を振った。


「え?


何でジャンヌまで?


クリスティーネ様も……?」


群衆の中から声が上がった。


「おい!


結局、どっちなんだよ!


はっきりしろ!」


オットーは目を見開いたまま、固まってしまった。


レオンが苦笑する。


「まあ……。


いいところばかり見せられていれば、分からないのも無理はないか。


そなたはセリーのお気に入りで、ずいぶんかわいがられていたからな」


そして、ふと思い出したように尋ねた。


「私が娼館にいた頃には会ったことがないのだが……。


マーガレットという女性を覚えているか?」


「ああ。


セリー様の口利きで、貴族の養女になったと聞いたぞ」


オットーは、どこか勝ち誇ったように答えた。


「亡くなった」


レオンが静かに言った。


オットーの表情が止まる。


「セリーが直接手を下したわけではない。


だが――


セリーが殺したようなものだ」


「まさか……!」


オットーの顔が真っ青になった。


周囲の群衆も、次第に声を失っていく。


先ほどまで勢いよく叫んでいた者たちは、互いの顔を見合わせ始めた。


やがて、一人、また一人とその場を離れていった。


そしてリリアが慰め方を間違えているようで、王太子妃にはものすごく効いている(笑)

「傷つけられた彼女達の恨みが、かかとにこもった」

この言葉で救われる王太子妃も相当ですがw

さらに執事とフレッドが外国語で、

デッキブラシ情報まで追加する。

涙を流していた王太子妃が吹き出すところ、好きです。


チャッピーの感想でしたw


お読みいただきありがとうございます

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