執事『熊殺しの真相』を語る
いつも冷静な(はず)の執事さんの変貌ぶりをお楽しみください
「リリアは、あの女主人の姪の娘ということか……」
アレクは、ため息をついた。
「まあ、本人は知っていたようだが……。
どれほど苦しい思いをして、ここへ連れてこられたのだろう。
叔母上だと思っていた女性には、何の罪もなかったのだな。
それだけでも、よかった」
アレクが再び息を吐く。
「すみませんでした。
お二人に事情聴取までお願いしてしまって……」
アレクが頭を下げた。
「いや。
我々なら事情を知っているから、ちょうどよかった。
公爵閣下から受けた恩を思えば、何ということはない」
エピナスチン伯爵は、妻が残した借金を返すために多額の融資をしてくれた公爵に、深い恩を感じていた。
今ではレオンの力も借り、借金もなくなり、領地も豊かになっている。
「明日には、おばあ様とジャンヌ殿がこちらへ到着する。
ぜひ、デリア夫人と一緒に遊びに来てくれ」
アレクが笑った。
「もちろんでございます。
三人そろうのは久しぶりですね」
アンドルも、はちきれそうな笑顔を見せた。
「結婚する前は、リリアのことでよく顔を合わせていたな」
アレクも懐かしそうに笑う。
「リリア殿も、今では国中の英雄だ。
『熊殺しを半殺しにした公爵家若夫人』
すごいな」
アンドルが、けらけらと笑った。
「実際、何があったのだ?」
興味津々で尋ねる。
「私が不在の時に起こったことでな……。
詳細は、聞かない方がいいと思う……」
アレクの目が遠くなった。
想像しただけで、自分の急所を手で覆いたくなる。
「ところで、『熊殺し』とは何なのだ?
ダハントを再起不能にしたことと、『熊』に何の関係がある?」
アレクが首を傾げた。
「さあ?
そこまでは、私も知らない」
アンドルも首を傾げる。
「詳しく知りたいな。
執事殿なら、知っているのではないか?」
エピナスチン伯爵が口を挟んだ。
アレクの顔が引きつる。
「……あ。
執事見習いのフレッドなら、何か知っているかもしれません。
誰か、フレッドを呼んでくれないか?」
そばにいた侍女へ言いつける。
「かしこまりました」
侍女が部屋を出ていった。
しばらくすると――
フレッドが、執事と一緒にやってきた。
「おお、執事殿。
会えてうれしいぞ」
エピナスチン伯爵が、うれしそうに笑った。
「伯爵様から、そのようなお言葉をいただけるとは光栄でございます」
執事が深々と頭を下げる。
「私は、そなたは忙しかろうと思って、フレッドを呼んだのだが……」
アレクの目が遠くなる。
「私は、まだ見習いでございます。
不手際があってはなりませんので、執事殿にご同行いただきました」
フレッドのお辞儀も、実に丁寧だった。
さすが、執事が直接仕込んでいるだけのことはある。
「なあ。
『熊殺し』とは、どういうことなのだ?」
アンドルが執事に尋ねた。
「フレッド。
私の代わりにお答えしなさい」
執事が言う。
「かしこまりました」
フレッドは姿勢を正した。
「私が耳にいたしました話では、当家へ押し入りました、あの大変汚らしい大男が、森の中で熊と遭遇し、それを剣で倒したそうでございます。
それを目撃した猟師が驚き、あの無礼者を『熊殺し』と呼んだのが始まりだとか」
フレッドは、最後までダハントの名前を出さなかった。
そばで執事が、満足そうにうなずいている。
「剣で熊を……?
それは、すごいな……」
アレクも驚いた。
「では、なぜ『半殺し』なのだ?」
アンドルが不思議そうに尋ねる。
フレッドは胸を張った。
「お覚悟の上で、お聞きください。
若奥様が、男の急所をヒールで踏みつけられたからでございます」
伯爵とアンドルが、そろって声を上げた。
「どうやって!?」
その時、執事が、
「コホン」
と咳払いをした。
「そこからは、私に語らせてくださいませ」
アレクが嫌な顔をする。
だが、執事は構わず続けた。
「『汚物』が、赤ん坊をお抱きになっている若奥様へ、
『殺してやる』
と迫ったのでございます。
そこで若奥様は、実に冷静に、ご自身の椅子の横に置いてあったサイドテーブルを、足で汚物の足元へ滑らせました」
執事の声が、次第に熱を帯びていく。
「それはそれは、見事な脚力でございました。
サイドテーブルが、見事に汚物の足へ絡まりまして――
汚物は、その場に尻もちをついたのでございます」
アレクの顔が引きつった。
執事は止まらない。
「そこへ奥様が、テーブルの上にございました花瓶を持ち上げ、汚物の頭へ振り下ろされました。
そして、汚物が後ろへ倒れたところへ、すかさず若奥様が立ち上がり――」
執事は、一拍置いた。
「ヒールで急所を踏みつけられたのでございます」
伯爵とアンドルの顔が歪んだ。
「それによって汚物は立ち上がれなくなり、その後、皆の前で汚れた衣服を脱がされ、石鹸をつけたデッキブラシで全身の汚れを落とされたのでございます。
その間も、ほとんど身動きが取れず……。
その場にいた者たちが、それを見て『半殺し』と表現したのでございましょう」
執事は、うっとりするように息を吐いた。
「本当に見事な連携でございました。
私は、とにかく感動いたしました」
「おい。
話が一つ抜けているぞ」
アレクが、執事へ冷たい視線を向けた。
「さあ?
何のことでございましょう?」
執事は、しれっとした顔でとぼけた。
「もういい……。
それ以上、聞きたくない……」
伯爵とアンドルも、すっかりげんなりしていた。
「私は聞きたいなあ」
突然、別の声がした。
皆が振り向く。
そこに立っていたのは、王太子だった。
その後ろには、王太子妃もいる。
「ひどいなあ。
三人だけで集まるつもりだったのか?
なぜ私に声をかけないのだ?」
王太子が、ふくれっ面をした。
「そうですわ。
私も、お話に加わりたいです」
王太子妃まで言う。
「いえ。
わざわざこちらまで足を運んでいただくのも申し訳ありませんので、後日、お城へ伺う予定でした。
前触れは出していたはずですが?」
アレクが不思議そうに言った。
「城では、くつろいで話ができぬ!」
王太子が言い切った。
そこへ、近衛騎士が顔を出した。
「執事殿。
王太子ご夫妻は、来客との面会が急遽なくなったため、リリアーナ様のご出産祝いに伺ったのだが……。
なぜ、こちらの部屋へ案内されたのだ?」
「ただいま若奥様は、お支度をしておられます。
ですので、こちらでお待ちいただこうと思いまして」
「いや。
完全に両殿下の存在を忘れていただろう?」
近衛騎士が、じとりとした目で執事を見る。
「そんなことはございません」
執事は、しれっと答えた。
「最近、執事は、あの時のリリアの話をする時だけ『人格』が変わるのだよ……」
アレクが頭を抱えた。
「まあ、おもしろい話が聞けたからよい。
立ち聞きではあったがな」
王太子が笑った。
「大変失礼いたしました。
若奥様のお支度が整ったか、見てきてください」
執事が深々と頭を下げ、侍女へ頼んだ。
「今、参りました。
お待たせしてしまい、申し訳ございません」
ちょうどその時、きちんと身なりを整えたリリアが、キャロルを抱いて姿を現した。
そして、部屋の中を見回して目を丸くする。
「なぜ、両殿下がお立ちになっていらっしゃるのですか?
え?
エピナスチン伯爵様、アンドル様も?」
「私に、そのような気を使うでない。
私は、そなたの兄だ」
王太子が言う。
「いえいえ。
そういうわけには……」
「とにかく、皆様、お座りくださいませ」
執事が王太子夫妻とリリアへ着席を勧めた。
三人は、それぞれ空いている椅子へ腰を下ろした。
完全に忘れ去られていた両殿下
執事さーーーん!!
チャッピー
タイトルは「執事『熊殺しの真相』を語る ―両殿下を放置して―」にしてもいいです
と言いました。
ネタバレなので却下w
お読みいただきまして、ありがとうございます




