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娘のためなら、熊殺しを半殺しにいたします  作者: 鶴見 日向子


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16/18

悪かったのは運ではない

上手いところで話しを切るのが下手ですみません


「馬車を用意させよう。


ゆっくり向かえばいい。


妻が息子と娘を連れて同行する。

リリアーナに会いたがっていたから、ちょうどいい。


私も後から合流するよ」


レオンが笑った。


「え?


公爵家のリリアーナ様って、あの『熊殺しを半殺しにした』という方ですか?」


クリスティーネが驚きの声を上げた。


「何ですか、それ?


熊殺しを半殺し?」


アレクが首を傾げる。


「知らないのか?


ここまで伝わってきているぞ。


『熊を殺した男を半殺しにした、公爵家若夫人』の話」


レオンが笑った。


「まあ、詳しいことは本人と、ご母堂、それからジャンヌから聞いてもらおう。


クリスティーネ――いや、ご母堂殿。


リリアーナは大変優秀で、すばらしい女性です。


決して、むやみに暴力を振るうような方ではありません。


安心してください」


(半殺し以上の破壊力だったが……。


『熊殺し』ではなく、『玉殺し』ではないのか?)


アレクの目が遠くなった。


「では、私は先に帰って、お迎えする準備を整える。


おばあ様とジャンヌ殿、それから娘御は、ゆっくり来てください」


そう言って、アレクは帰路についた。


「若だんな様、顔が明るくなりましたね。


来る時は、ずっと眉間にしわが寄っていたのに」


同行していた護衛が笑う。


「ああ。


とてもいいことがあった。


早く帰って、準備をしたい」


二人は馬の速度を上げ、帰宅を急いだ。



その頃、牢では相変わらず、セリーがダハントに話しかけ、ダハントが手を鳴らして答えるというやり取りが続いていた。


外国語であるため、看守にはセリーの話している内容が分からない。


「誰か、あの国の言葉が分かる者を置いた方がよいのではありませんか?


何か企んでいるのかもしれません」


看守が上司に訴えた。


「うーん……。


あそこへ普通の通訳を入れるわけにもいかん。


まさか、セリーが外国語を話せるとは思わなかったな」


上司は腕を組んだ。


「どちらかを移動させたいところだが、あそこが一番脱獄を防ぎやすい。


もう、どちらも二度と逃がしたくない。


万が一ということもあるからな」


「しかし……」


看守が困った顔をする。


「好きにさせておけ。


ダハントは重傷で動けない。


セリーも足腰が弱って、もうまともに歩けまい」


そう言われ、看守は黙るしかなかった。


看守は鉄格子越しに、小さな匙でダハントの口へ流動食を運んでいた。


ダハントはそれを歯の隙間から流し込み、必死で飲み込む。


執事の一撃で、今は顎を動かすこともできなかった。


「そなた、手を叩くと体に響くだろう。


もうやめなさい」


本当のところは、牢に響き渡る音が耳障りだったのだが、それでは納得しないだろうと思った。


そこで看守は、通訳に文章を書いてもらった紙をダハントへ見せた。


『手を叩くと傷に響きます。体を大切にしてください』


ダハントが驚いた顔で看守を見る。


看守は、二枚目の紙を見せた。


『隣の者が何を言っても、相手にしないでください』


ダハントは、さらに驚いた顔をした。


確かに、手を叩くたびに傷が痛んでいたのである。


看守は今度はセリーへ向き直った。


「今後、隣の囚人へ話しかけることを禁止する。


またやったら、無人島へ送るからな」


もちろん、そんな予定はない。


だが、本当にセリーの声が耳障りだった看守は、大真面目な顔で言った。


ようやく牢に静けさが戻る。


看守は、ほっと息を吐いた。



その頃――


エピナスチン伯爵とアンドルは、牢で娼館の女主人と面会していた。


「そなた、前侯爵夫人になりすましていたそうだな」


女主人は何も答えず、下を向いた。


「返事をしないのであれば、その毛布を取り上げるぞ?」


アンドルが言う。


女は目を見開き、激しく首を振った。


「その件について、これ以上罪を問うつもりはない。


だが、事情は知りたい。


きちんと話しなさい」


エピナスチン伯爵が静かに問いただした。


女主人は、しばらく黙っていたが、やがて口を開いた。


「クリスティーネは、変わった女だったわ」


「クリスティーネ様と呼べ!


そなたとは身分が違う!」


アンドルが怒鳴った。


女は、ふん、と横を向く。


「バカな女。


あんな男、適当におだてて、うまく使えばよかったのに。


自分の夫に売られたというのに、むしろほっとした顔をしていたから、信じられなかったわ」


伯爵とアンドルの顔が歪んだ。


「それで?」


「今はどうだか知らないけれど、あの頃はとても美しい顔をしていたのよ。


だから私は、自分が侯爵夫人の身代わりをしていない間に、主人があの女を自分のものにするんじゃないかと疑った。


それで、主人や客と顔を合わせないように、娼館の近くの部屋へ住まわせて、下働きだけをさせていたの。


将来、『身請けしたい』なんていう客が現れても困るしね。


それだけよ」


女主人は肩をすくめた。


「でも、本当によく働いてくれたわ。


そうそう。


私の姉の娘を育ててくれたのも、クリスティーネよ。


貴族の娘にふさわしい礼儀作法を、全部教えてくれた。


おかげで、元侯爵家へ『実の娘』として引き取ることができた」


女の目が遠くなった。


「私の、たった一人の大事な姪。


血のつながった姪だったわ。


マーガレット。


本当に大切に育てた。


結局、伯爵家へ嫁いで、亡くなったと聞いたけれど……」


女主人の目から涙があふれた。


伯爵とアンドルが顔を見合わせる。


「王弟夫妻の仲が悪いと聞いて、元侯爵が、


『次の妻に』


と、マーガレットを王弟のもとへ連れていったの。


まんまと王弟妃殿下は、王子を残して国へ帰った。


だから、その後釜になれると思ったのに……。


数か月もしないうちに病死だなんて」


女主人は悔しそうに唇をかんだ。


「ついていなかったわ。


でも、プロムフェナク伯爵が娶ってくれたから、喜んでいたのよ。


セリーも手伝いに行ってくれて……。


それなのに、事故で亡くなるなんて……」


女主人は、さめざめと泣いた。


「そなたとセリーの関係は?」


アンドルが淡々と尋ねた。


「母方のいとこよ。


まあ、あまり好きではなかったけれど。


一応、身内だからね」


女は肩をすくめた。


「マーガレットは、かわいかった。


太陽みたいに明るくて、美人で。


亡くなった姉にそっくりだったわ。


だから、幸せになってほしかった。


せっかく侯爵令嬢になれたのに……。


王族になれるはずだったのに……」


女主人の目から、さらに涙がこぼれた。


「城から戻ってきたら、人が変わってしまっていたわ。


誰とも口をきかず、部屋に閉じこもるようになって……。


不憫でたまらなかった」


「原因が分からないのか?


そなたは」


アンドルの顔が激しく歪んだ。


女主人は、うつむいた。


「だって、王弟殿下よ?


王族になれたら、すごいじゃない!


運が悪かっただけよ。


私は、あの子に幸せになってほしかったの!」


「王弟の相手などさせず、好きな男のところへ嫁がせていれば、十分幸せになれただろう!」


エピナスチン伯爵の声が、怒りで震えた。


「悪かったのは運ではない。


亡くなった侯爵と、それを認めたそなたたちが欲をかいたからだ」


女主人は何も答えなかった。


アンドルが静かに言う。


「こんな人でなしでも、姪だけはかわいかったのですね。


意外でした。


クリスティーネ殿の事情も分かりました。


もう帰りましょう。


二度とここへ来ることはないでしょう」


そして、ふと思い出したように続けた。


「そういえば、セリーは言っていた。


『プロムフェナク伯爵夫人も、娘と一緒に娼館へ売るつもりだった』と」


女主人が顔を上げる。


「今の話を聞く限り、そなたのところへ売るつもりだったわけではなさそうだな。


そなたが、かわいがっている姪を娼婦にするとは思えない」


女主人の目が大きく見開かれた。


「そんなわけない!


セリーは、プロムフェナク伯爵のところへ手伝いに……」


アンドルが首を横に振った。


「元侯爵が床についた途端、セリーはプロムフェナク伯爵家へ入り込み、伯爵を騙して没落させた。


そして逃げる途中、夫妻は事故で亡くなった。


セリーが関わらなければ、そんなことにはならなかった」


女主人の顔から、さっと血の気が引いた。


「そんな……。


バカな……」


「行きましょう、父上」


アンドルが立ち上がった。


そして女主人を見下ろす。


「そなたは姪がかわいかったのだな。


だが、そなたたちが商売道具にした娘たちにも、同じように大切に思う家族がいた。


そのことを、少しは考えるといい」


エピナスチン伯爵もうなずき、立ち上がった。


二人が牢を出ようとした時、アンドルがふと振り返る。


「その毛布。


クリスティーネ様からだ。


感謝するのだな」


それだけ言い残し、二人は去っていった。


女主人は、自分の体を包んでいる毛布を見つめた。


そして、ゆっくりと天井を仰ぐ。


「マーガレットは……セリーに殺された……?」


女は激しく首を振った。


「嘘よ……。


絶対に嘘……!」


その声はあまりにも小さく、誰の耳にも届かなかった。


チャッピーの感想

”看守さん。

「またやったら、無人島に送る」

完全に私情ですw

でも、あれだけ「パン、パン」と牢に響いていたら、気持ちは分かります(笑)”


ですよねーw


お読みいただきましてありがとうございます

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