熊殺しを半殺しにした若夫人
タイトル回収の回です
チャッピーが長文の校正がんばってくれました
相変わらず、過激に書いた文章は柔らかくされています
(原文のままだとNGだったようです)
「何だか、変なにおいがするのだけど」
リリアは、キャロルを抱きながら居間にいた。
「確かに……廊下の方からですねえ……」
侍女も首を傾げる。
夫人も鼻をひくつかせた。
「本当ね……。何かしら?」
その時だった。
侍従が部屋へ飛び込んできた。
「大変でございます! 侵入者です! ただいま騎士たちが捜索を――」
そこまで言ったところで、侍従が突然倒れた。
背後から殴られたのだ。
「久しぶりだな……小娘」
倒れた侍従の後ろから、ダハントが姿を現した。
その目がぎらりと光る。
侍女が、
「ひぃっ!」
と声を上げた。
夫人は、ダハントを鋭く睨みつける。
一方、リリアは首を傾げた。
そして、ダハントの国の言葉で尋ねる。
「どなただったかしら?」
「このダハント様を忘れただと!?
ふざけたことを言うな!」
リリアは顔をしかめた。
「言葉が不明瞭で、よく聞き取れませんわ。
ダ……何ですか?」
「アレクシスはどこだ!!」
ダハントの目がぎらついていた。
その日、公爵とアレクシスは城へ出かけていた。
護衛の多くも同行していたため、屋敷内は普段より手薄になっていたのだ。
「ア……何ですか?
もっと、はっきりおっしゃってくださらないと分かりません」
リリアは困ったような顔をした。
そして、鼻を押さえる。
「それに、ものすごく汚いし、臭いです。
赤ん坊に悪いので、さっさとお帰りいただけませんか?」
その一言で、ダハントの怒りが爆発した。
「殺してやる!!」
そう叫び、リリアへ襲いかかろうとした。
だが――
リリアは、足元の横にあったサイドテーブルを蹴り倒した。
床を滑ったテーブルが、ダハントの足元へ入り込む。
「なっ――!」
ダハントは足を取られ、その場に尻もちをついた。
そして、彼がリリアに気を取られている間に、夫人はすでに背後へ回り込んでいた。
ダハントが倒れた瞬間――
夫人はテーブルの上にあった花瓶をつかみ、その底をダハントの頭へ振り下ろした。
ガシャン!!
花瓶が音を立てて砕ける。
ダハントが、そのまま後ろへ倒れた。
同時にリリアは立ち上がると、低いヒールのかかとで、ダハントの「急所」を思い切り踏みつけた。
「――――ッ!!」
ダハントは、声にならない声を上げた。
「若奥様、離れてください!」
執事が飛び込んできた。
リリアが、さっと横へ身を引く。
執事はダハントの足に絡みついたサイドテーブルを外した。
そして――
片足でダハントの動きを封じながら、テーブルの脚をつかむ。
起き上がろうともがくダハントの顎めがけて、その角を思い切り振り下ろした。
鈍い音がした。
治りかけていたダハントの顎は、再び大きな損傷を受けた。
それ以上、ダハントは動けなくなった。
侍女は、あっけに取られて立ち尽くしていた。
そこへ騎士たちがなだれ込んでくる。
そして全員、顔をしかめた。
「今どけますね……。
何なのだ? こいつは?」
「ダハント……だと思います。
よく聞き取れませんでしたけれど」
リリアが答えた。
「早く頼む。
後で新しい手袋を支給するからな」
執事が言う。
「ぜひ、そうしてください。
こいつを運んだら、洗っても臭いが取れそうにありません」
数人の騎士が持ち上げようとしたが、
「重い!」
「背も高いですし……!」
すぐに断念した。
「引きずっていきたいが、それでは臭いが床につく。
誰か、担架を持ってこい!」
「はっ!」
騎士の一人が走っていった。
「担架も新しいものを」
執事が、手帳に何かを書き込む。
「誰か城へ早馬を飛ばせ!
『ダハントらしき男』を捕らえたと知らせろ!」
駆けつけた騎士団長が叫んだ。
騎士の一人が敬礼し、走り去っていく。
やがて担架が運ばれてきた。
だが――
「触りたくない」
騎士団長は顔をしかめ、うずくまったままのダハントを、ブーツの先で担架の上へ転がした。
うつ伏せになった瞬間、
「――――ッ!!」
ダハントが再び悲鳴を上げる。
しかも、その尻のあたりには茶色い染みが広がっていた。
「騎士団長のブーツ、新品支給」
執事が、さらに書き込む。
「この部屋のカーペットも交換しないと……」
侍女の顔が引きつった。
「カーテンもですわ。
臭いが染みついております。
あ、そのサイドテーブルも、もう使い物になりません。
脚が折れてしまっています」
「カーペット、カーテン、サイドテーブル……と。
これらは、あちらの国へ請求させていただきましょう。
高級品ですからね」
執事が大真面目な顔で言った。
「若奥様のお履物もです!
あれの一番汚いところが付いてしまいました。
若奥様、ただいま新しい靴をお持ちいたします!」
侍女が走る。
「女性用の靴。特注品」
執事が書き足す。
「花瓶もですわ。
奥様が大切になさっていたのに」
侍女が残念そうに言う。
実際には、ごく普通の花瓶だった。
しかし――
「花瓶。国宝級」
執事は真顔で書いた。
◇
ダハントは、そのまま担架で外へ運ばれ、井戸のそばへ下ろされた。
「まず、汚れを落としてくれ」
担架を運んだ騎士の一人が、下働きの者たちに頼んだ。
「かしこまりました。
しかし……ひどい臭いですね」
皆、顔をしかめる。
「作業に当たった者への特別手当」
後からやってきた執事が、また手帳へ書き込んだ。
井戸水が、じゃばじゃばとダハントへかけられる。
「水だけでは落ちませんね。
石鹸を使いましょう」
「石鹸代」
執事が書き込む。
汚れのひどい服は取り除かれ、ダハントは全身を洗われることになった。
「これも、もう使いたくありませんね」
清掃に使われたブラシを見て、侍女がため息をつく。
「デッキブラシ三本」
執事の手帳には、着々と請求品の一覧が出来上がっていった。
そしてダハントは、城から到着した囚人用馬車へ乗せられ、そのまま連行されていった。
◇
「まだ臭う……」
帰宅したアレクが顔をしかめた。
「だいぶましになりましたのよ」
リリアが言う。
「鼻が慣れただけではないのか?
しかし……無事で、本当によかった」
アレクは、心からほっとしたようだった。
「まさかなあ。
本当に、ここまで現れるとは」
公爵もあきれている。
「リリア。
怖かっただろう」
アレクは、リリアを抱きしめた。
「いいえ。
キャロルを守らなければ、ということで頭がいっぱいでしたわ」
リリアは冷静だった。
「両手がふさがっておりましたので、以前のあなたの真似をさせていただきました。
お母様も、とても鮮やかな動きでした」
「まさか……蹴り上げたのか?」
アレクが驚く。
「いいえ。
踏みつけました。
靴のかかとで。
その靴は処分いたしました」
リリアが、けろりと言った。
「踏みつけた?
どこを……?」
アレクがおそるおそる尋ねる。
「もちろん、男性の大切なところですわ。
それくらいしなければ、反撃されてしまったら困ります」
「てっきり、顎を踏みつけたのかと……。
顎が、また大変なことになっていたらしいのだが」
アレクは目を見開いた。
「あら。
そんなところを踏んだら、スカートの中があれから見えてしまうではありませんか。
そんな『はしたない』ことはいたしませんわ」
リリアが厳しい顔で言った。
「顎は、執事さんがサイドテーブルの角をぶつけていました」
リリアが執事の方を見る。
公爵とアレクは、顔を見合わせた。
「……やりすぎではないか?」
アレクが小声で言う。
「若だんな様から言われたくはありません」
執事は笑顔だった。
だが、目はまったく笑っていない。
「あれは、もう国賓ではございません。
武器を持って屋敷へ侵入し、若奥様に『殺してやる』とまで言った犯罪者です。
それを私が黙って見ているとでも?
騎士たちが来なければ、もう一度くらい叩きつけてやりたいところでした」
「頭は踏みつけませんでしたよ」
リリアも、けろりと言った。
「あら。
私は花瓶の底で頭を……。
花瓶の方が割れてしまいましたけれど」
夫人も涼しい顔で言う。
公爵とアレクは、同時に思った。
(この三人は、絶対に怒らせまい)
◇
ダハントは、再び顎を傷め、急所も腫れ上がり、頭には大きな打撲を負っていた。
そのまま牢へ収容される。
「まずは身元確認をしてからでよろしいのでは?」
王太子妃が、涼しい顔で言った。
「今のところ、公爵嫡男の夫人を殺害しようとして屋敷へ押し入った、身元不詳の侵入者ですもの」
国王と王太子が顔を見合わせる。
「リリアに何もなくて、本当によかったわ」
王太子妃は、胸をなで下ろした。
その後、取り調べ官は、ダハントが公爵邸へ入り込むきっかけとなった『熊』について、猟師から事情を聞いた。
「熊を剣で倒すような男が、まさか若奥様に返り討ちに遭うとは……」
その話は、瞬く間に国中へ広がった。
『熊殺しを半殺しにした公爵家若夫人』
こうしてリリアーナは、令嬢たちの英雄から、とうとう国民の英雄へと昇格したのである。
◇
「困りましたねえ……。
ダハントの国には、こちらで『使えなくなった物』を請求するつもりだったのですが」
執事が、公爵へ一枚の紙を差し出した。
「騎士用手袋、担架、騎士団長のブーツ……。
石鹸、デッキブラシ三本……?」
公爵は口をあんぐりと開けた。
「消耗品であろうと、こちらの被害はきっちり清算していただきます。
それから、殴られた者への見舞金。
汚れた体の清掃に当たった者たちへの特別手当。
ダハントを逃亡させた挙げ句、公爵邸にまで侵入されたのです。
若奥様だからこそ無事でしたが、普通の貴婦人であれば、何をされていたことか……」
執事の顔は真剣だった。
怖い。
公爵は、思わずたじろいだ。
「わ、分かった……。
国王陛下に相談してみよう」
公爵は、しぶしぶ国王へ事情を説明した。
「ただの『強盗』として処理してしまえば、責任の所在が曖昧になってしまいます」
正直、公爵自身は、王太子妃の、
『身元不詳の侵入者として、そのまま牢に入れておけばよい』
という案も悪くないと思っていたのだが――
執事は怖い。
「確かに、そうだわ」
王太子妃は、あっさり意見を変えた。
「事の重大さを、あちらの国王陛下にもきちんと分かっていただくべきです」
そして、小さな声でつぶやいた。
「牢の中で、もっと困ればいいと思っていたけれど……。
確かに、あちらの国王にも責任を取っていただいた方がいいわね」
公爵は、その一言を聞き逃さなかった。
(王太子妃殿下も怖い……)
国王夫妻と王太子も、公爵に同意するように、こくこくとうなずいた。
◇
身元確認が済み、ダハントはようやく医師の診察を受けた。
「よく生きていますねえ……。
本当に丈夫な方です」
医師は淡々と診察していく。
「頭部に打撲。
顎は再び大きく損傷。
それから……下腹部にもかなり強い打撲と腫れがありますね。
全身に細かな擦り傷も多数……」
医師はため息をついた。
「とりあえず、頭部と顎、それから腫れている部分を冷やしましょう。
傷はきれいに洗浄して、感染しないよう処置します」
こうしてダハントは、ようやく治療を受けることになった。
だが――
全身、どこもかしこも痛い。
もはや本人にも、どこが一番痛むのか分からないほどだった。
ダハントは、声にならないうめき声を上げた。
チャッピーの感想
肉体的に怖いのがリリアたち、社会的に怖いのが執事さん、政治的に怖いのが王太子妃。
ダハント、相手にしてはいけない家と国を敵に回しましたね(笑)
前作で「王太子妃が黒い」という感想を書いていただきましたが、本当に黒いです(笑)
ただ、後から事情がでてきますので、今は黒さだけを堪能してください
実は、一番怖いのは執事さんかも?w
>片足でダハントの動きを封じながら
私が書いた原文
「ダハントの急所を片足で踏みつけながら」
が上の文章に校正されました。
えー、ダメ?と思いつつ、チャッピーには素直に従う私w
他にもいろいろ校正されました「陰茎と精巣の酷い炎症」→「下腹部にもかなり強い打撲と腫れ・・・」
下腹部って、便利な言葉ですね(違)
「デッキブラシ」は、
「物語の雰囲気に合わない」と思ったのですが、「清掃用ブラシ」だと、イメージが浮かばないため、あえて「デッキブラシ」としました。ご了承ください。




