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娘のためなら、熊殺しを半殺しにいたします  作者: 鶴見 日向子


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13/34

熊殺し

ダハント登場

長いです

ダハントは、かなり体力を取り戻していた。


顎は歪んだままで痛みもあったが、食事は取れるようになっていた。


ある日。


ダハントが食事をしていると、見張りの騎士の一人が突然、脂汗を流しながら腹を押さえた。


「厠へ行ってくる。すまぬが、少しの間頼む」


そう言い残し、もう一人の騎士を残して走り去っていった。


残った騎士が、ダハントの腰綱をつかもうとする。


ダハントは、その瞬間を見逃さなかった。


騎士に思い切り体当たりを食らわせる。


そして――


「急所」を蹴り上げた。


騎士は、その場に倒れ込んだ。


「あの小僧……。

いい方法を教えてくれた」


そう言いながら、ダハントは倒れた騎士の腰から剣を鞘ごと抜き取った。


そして看守を剣で脅し、鍵を開けさせる。


そのまま素早く外へ飛び出し、厩へ走った。


途中、騎士たちが止めようとしたが、体力を取り戻したダハントの勢いを止めることができなかった。


厩へたどり着くと、世話係たちを剣で脅し、自分の体格でも乗れそうな大きな馬に馬具をつけさせた。


さらに、たまたま通りかかった侍女を人質に取り、城門まで馬を走らせる。


城を出ると、侍女を馬上から突き落とし、そのまま走り去った。


「あの小僧と小娘……待っていろ。


小僧の頭を割り、娘は慰み者にしてやる!」


ダハントは、ひたすら国境を目指した。


◇


その知らせは、すぐにアレクたちの国へ届けられた。


「おそらく、関所を避けて遠回りしているものと思われます。

くれぐれもご注意ください」


使者が、国王夫妻と王太子夫妻の前にひざまずいて報告した。


「よく知らせてくれた。


しかし、すでに入国している可能性もあるな」


国王が言う。


「いえ。

途中で落馬したようです。


馬だけが城へ戻ってまいりました。


世話係が、わざと傷んだ鐙を取りつけたそうでございます」


使者が苦笑した。


「国内では、ほかに馬が盗まれたという情報は入っておりません。


あの者の体格では、乗れる馬も限られております。


あれほどの長身です。

人目につけば、すぐ分かるかと思われます」


「油断は大敵です」


王太子妃が険しい顔で言った。


「陛下。

国内にも警告を出してください。


あれは、本当にとんでもない男です。


こちらの法律では処罰が軽くなってしまうからと、あちらへ帰したのが間違いでした」


王太子妃は唇をかんだ。


「逃がしたなんて……。


何のためにリリアに怖い思いをさせ、アレクを危険な目に遭わせたの?


これでは、何の意味もないじゃない!」


王太子妃は、思わず使者に怒りをぶつけた。


そして、自国の言葉で続ける。


「あなたたち男はいいわよね。


侍女たちが、どれほどひどい目に遭ったのか分かっていないから、そんな呑気な報告ができるのでしょう?」


「この者に言っても仕方があるまい。

もうやめなさい」


王太子がたしなめた。


「だって……悔しいのです……」


王太子妃の目から涙がこぼれた。


「分かった。


あれが狙うとすれば、アレクだ。

それとリリア。


公爵家へ、今すぐ早馬を飛ばせ」


王太子が指示を出した。


一人の騎士が敬礼し、部屋を出ていく。


「何事もなければよいのだが……」


皆の顔は険しかった。


◇


「腹が減った……」


その頃、ダハントは森の中をさまよっていた。


しばらくは順調だった。


だが、一度休憩のために馬から降り、再び乗ろうとしたところで鐙が切れた。


体勢を崩したダハントは、馬から転げ落ちた。


驚いた馬は、起き上がろうとしたダハントを後ろ脚で蹴り、そのまま走り去ってしまった。


ダハントの体には蹄の跡がつき、頭からは土埃をかぶっている。


「いったい、どうして俺様がこんな目に……」


「おい。

そこのお前、何をしている?」


声をかけたのは、木こりらしい老人だった。


ダハントが振り向くと、老人の顔がみるみる引きつった。


「でかい男だな……。

それに何だ、その下顎は!」


ダハントは何も言い返さなかった。


老人は、しばらくその顔を眺める。


「もしかして、熊にやられたのか?」


(くま?


何だ、それは?)


ダハントは熊を知らなかったが、とりあえずうなずいた。


「そうか。

熊なら仕方あるまい。


命が助かっただけでもよかったと思うことだな。


あれにやられると、命は助かっても失明したり、顔をひどく傷つけられたりすることもある。


顎だけで済んだのなら、まだ運がよかった」


「道を教えてほしい。


隣国へ行きたい」


ダハントの発音は不明瞭だったが、何とか通じたらしい。


「村に、近いうち材木を届けに行く若い衆がいる。


それに乗せてもらえばいい。


しかし……でかいなあ。


荷車に乗れるか?」


老人が首を傾げた。


ダハントは金目の物を何も持っていなかった。


(この老人から奪ってやろう)


ダハントの目が光った。


その時だった。


「父さん、お弁当を持ってきたよ。


おや、誰だい?

その大きな男は……。


あちゃあ、顎が変だね。


まあ、顎がまともでも、あまりいい男ではなさそうだけど」


老人の娘らしい中年の女性がやってきた。


「熊にやられたらしいぞ」


木こりが言う。


すると、女は眉をひそめた。


「熊?


この森に熊なんていないよ。


どこの森で遭ったんだい?」


女は、ダハントを上から下まで眺めた。


そして――


「それ、囚人服じゃないのかい!」


女が叫んだ。


ダハントは、女の手から弁当をひったくると、そのまま森の奥へ走って逃げた。


「父さん!


何を呑気に話していたのよ!


あれは脱獄囚だよ!


すぐ城に知らせに行って!」


こうして、ダハントの目撃情報は、まだ国内だけにとどまることになった。


◇


奪った弁当は質素なもので、老人向けのはずなのに、硬い干し魚や干し肉が入っていた。


ダハントの顎では、うまく噛み切ることができない。


牢では、顎の状態に合わせて柔らかい食事が出されていた。


仕方なく、しばらく口の中でしゃぶって柔らかくする。


「牢の飯の方がましだった……。


これも、あいつらのせいだ!


必ず国境を越えてみせる!」


ろくに腹は満たされなかった。


川の水を飲み、そのまま歩き出す。


そして今度は、腹を下した。


川の水は、動物の排泄物などで汚染されていたのである。


元王族であるダハントには、野宿の知識など皆無だった。


騎士であれば、野外で生き延びるための知識も学んでいただろう。


それでも何とか、沢の水を飲み、食べられそうな木の実などを口にしながら歩き続けた。


国境を越えたのは、脱走から数週間が経った後だった。


◇


脱走直後には各地へ警告が出されていた。


だが、時間が経つにつれて、少しずつ警戒は薄れていた。


よろよろと歩く、ぼろぼろの身なりをした大男。


ダハントは、そのまま町を目指していた。


すれ違う者はほとんどいない。


たまに人と出会っても、ダハントの姿を見るなり顔をしかめ、遠巻きに避けていった。


「ちくしょう……。


絶対に『復讐』してやる」


ダハントの頭には、


『こうなったのは、すべてあの二人のせいだ』


という考えしかなかった。


だが――


ダハントは、公爵家がどこにあるのか知らない。


そのうえ、森の中の道まで途切れてしまった。


「何だ……?」


近くから、獣の唸り声が聞こえる。


ガサガサと茂みが揺れた。


そして現れたのは――


ダハントが今まで見たこともない、大きな黒い獣だった。


獣は後ろ脚で立ち上がる。


ダハントは驚いたが、すぐに剣を抜いた。


獣が襲いかかってくる。


ダハントは剣を振り回し、必死に何度も突き刺した。


そのうちの一撃が急所に当たったらしい。


やがて獣は倒れ、そのまま動かなくなった。


だが、ダハントの剣も折れていた。


「はあ……はあ……」


ダハントは、ようやく息を吐いた。


すると――


「おい、お前。

すごいな!」


誰かに声をかけられた。


人間だった。


だが、言葉が分からない。


ダハントは必死になって、


「アレクシス!


リリアーナ!


こうしゃく!」


と知っている言葉を連発した。


「公爵家に行きたいのか?」


男が尋ねる。


ダハントには意味が分からなかったが、とりあえず大きくうなずいた。


「うーん……。


じゃあ、こいつを運ぶのを手伝ってくれたら、連れていってやるよ」


男は倒れた獣を指さした。


「ここは、公爵家の領地内だからな」


ダハントには言葉の意味は分からなかった。


だが、男についていけばよいらしい。


男と一緒に獣を荷車へ乗せるのを手伝い、その後ろを押して歩いた。


一時間ほど歩くと、大きな屋敷が見えてきた。


「アレクシス?


リリアーナ?


こうしゃく?」


ダハントは屋敷を指さし、男に必死に尋ねた。


男はうなずいた。


「そうだ。


あそこが公爵邸だ」


ダハントは、にやりと笑った。


そして突然、その方向へ走り出す。


「おい!


待て!」


男が叫んだが、ダハントは振り返らない。


一目散に屋敷を目指した。


公爵邸は高い塀に囲まれ、正門には槍を持った門番が立っている。


「剣があれば……」


ダハントは唇をかんだ。


塀の周囲をうろうろしていると、裏側に小さな戸口を見つけた。


使用人たちが使う裏木戸だった。


鍵がかかっている。


その時、先ほどの男が、獣を載せた荷車を引いてやってきた。


「偶然、熊が捕れたんだ。


公爵様に進呈したい」


男はそう言って身分証明書を見せ、裏木戸を開けてもらっていた。


(しめた!)


ダハントは、荷車の後ろに紛れて中へ入った。


「この男は何だ?」


使用人が猟師の男に尋ねようとした、その瞬間。


二人はダハントに殴り倒されていた。


「待っていろよ……。


小娘!


小僧!」


こうしてダハントは、公爵邸への侵入を果たしたのだった。


チャッピー曰く

「ここは公爵家の領地内だからな」

で笑いました。

ダハント、そこで運を使い果たしたな。

という感じです(笑)


だそうです。


チャッピーの感想を聞きながら校正してもらうのは楽しいです


お読みいただきましてありがとうございます

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