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娘のためなら、熊殺しを半殺しにいたします  作者: 鶴見 日向子


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13/18

熊殺し

ダハント登場

長いです

ダハントは、かなり体力を取り戻していた。


顎は歪んだままで痛みもあったが、食事は取れるようになっていた。


ある日。


ダハントが食事をしていると、見張りの騎士の一人が突然、脂汗を流しながら腹を押さえた。


「厠へ行ってくる。すまぬが、少しの間頼む」


そう言い残し、もう一人の騎士を残して走り去っていった。


残った騎士が、ダハントの腰綱をつかもうとする。


ダハントは、その瞬間を見逃さなかった。


騎士に思い切り体当たりを食らわせる。


そして――


「急所」を蹴り上げた。


騎士は、その場に倒れ込んだ。


「あの小僧……。

いい方法を教えてくれた」


そう言いながら、ダハントは倒れた騎士の腰から剣を鞘ごと抜き取った。


そして看守を剣で脅し、鍵を開けさせる。


そのまま素早く外へ飛び出し、厩へ走った。


途中、騎士たちが止めようとしたが、体力を取り戻したダハントの勢いを止めることができなかった。


厩へたどり着くと、世話係たちを剣で脅し、自分の体格でも乗れそうな大きな馬に馬具をつけさせた。


さらに、たまたま通りかかった侍女を人質に取り、城門まで馬を走らせる。


城を出ると、侍女を馬上から突き落とし、そのまま走り去った。


「あの小僧と小娘……待っていろ。


小僧の頭を割り、娘は慰み者にしてやる!」


ダハントは、ひたすら国境を目指した。



その知らせは、すぐにアレクたちの国へ届けられた。


「おそらく、関所を避けて遠回りしているものと思われます。

くれぐれもご注意ください」


使者が、国王夫妻と王太子夫妻の前にひざまずいて報告した。


「よく知らせてくれた。


しかし、すでに入国している可能性もあるな」


国王が言う。


「いえ。

途中で落馬したようです。


馬だけが城へ戻ってまいりました。


世話係が、わざと傷んだ鐙を取りつけたそうでございます」


使者が苦笑した。


「国内では、ほかに馬が盗まれたという情報は入っておりません。


あの者の体格では、乗れる馬も限られております。


あれほどの長身です。

人目につけば、すぐ分かるかと思われます」


「油断は大敵です」


王太子妃が険しい顔で言った。


「陛下。

国内にも警告を出してください。


あれは、本当にとんでもない男です。


こちらの法律では処罰が軽くなってしまうからと、あちらへ帰したのが間違いでした」


王太子妃は唇をかんだ。


「逃がしたなんて……。


何のためにリリアに怖い思いをさせ、アレクを危険な目に遭わせたの?


これでは、何の意味もないじゃない!」


王太子妃は、思わず使者に怒りをぶつけた。


そして、自国の言葉で続ける。


「あなたたち男はいいわよね。


侍女たちが、どれほどひどい目に遭ったのか分かっていないから、そんな呑気な報告ができるのでしょう?」


「この者に言っても仕方があるまい。

もうやめなさい」


王太子がたしなめた。


「だって……悔しいのです……」


王太子妃の目から涙がこぼれた。


「分かった。


あれが狙うとすれば、アレクだ。

それとリリア。


公爵家へ、今すぐ早馬を飛ばせ」


王太子が指示を出した。


一人の騎士が敬礼し、部屋を出ていく。


「何事もなければよいのだが……」


皆の顔は険しかった。



「腹が減った……」


その頃、ダハントは森の中をさまよっていた。


しばらくは順調だった。


だが、一度休憩のために馬から降り、再び乗ろうとしたところで鐙が切れた。


体勢を崩したダハントは、馬から転げ落ちた。


驚いた馬は、起き上がろうとしたダハントを後ろ脚で蹴り、そのまま走り去ってしまった。


ダハントの体には蹄の跡がつき、頭からは土埃をかぶっている。


「いったい、どうして俺様がこんな目に……」


「おい。

そこのお前、何をしている?」


声をかけたのは、木こりらしい老人だった。


ダハントが振り向くと、老人の顔がみるみる引きつった。


「でかい男だな……。

それに何だ、その下顎は!」


ダハントは何も言い返さなかった。


老人は、しばらくその顔を眺める。


「もしかして、熊にやられたのか?」


(くま?


何だ、それは?)


ダハントは熊を知らなかったが、とりあえずうなずいた。


「そうか。

熊なら仕方あるまい。


命が助かっただけでもよかったと思うことだな。


あれにやられると、命は助かっても失明したり、顔をひどく傷つけられたりすることもある。


顎だけで済んだのなら、まだ運がよかった」


「道を教えてほしい。


隣国へ行きたい」


ダハントの発音は不明瞭だったが、何とか通じたらしい。


「村に、近いうち材木を届けに行く若い衆がいる。


それに乗せてもらえばいい。


しかし……でかいなあ。


荷車に乗れるか?」


老人が首を傾げた。


ダハントは金目の物を何も持っていなかった。


(この老人から奪ってやろう)


ダハントの目が光った。


その時だった。


「父さん、お弁当を持ってきたよ。


おや、誰だい?

その大きな男は……。


あちゃあ、顎が変だね。


まあ、顎がまともでも、あまりいい男ではなさそうだけど」


老人の娘らしい中年の女性がやってきた。


「熊にやられたらしいぞ」


木こりが言う。


すると、女は眉をひそめた。


「熊?


この森に熊なんていないよ。


どこの森で遭ったんだい?」


女は、ダハントを上から下まで眺めた。


そして――


「それ、囚人服じゃないのかい!」


女が叫んだ。


ダハントは、女の手から弁当をひったくると、そのまま森の奥へ走って逃げた。


「父さん!


何を呑気に話していたのよ!


あれは脱獄囚だよ!


すぐ城に知らせに行って!」


こうして、ダハントの目撃情報は、まだ国内だけにとどまることになった。



奪った弁当は質素なもので、老人向けのはずなのに、硬い干し魚や干し肉が入っていた。


ダハントの顎では、うまく噛み切ることができない。


牢では、顎の状態に合わせて柔らかい食事が出されていた。


仕方なく、しばらく口の中でしゃぶって柔らかくする。


「牢の飯の方がましだった……。


これも、あいつらのせいだ!


必ず国境を越えてみせる!」


ろくに腹は満たされなかった。


川の水を飲み、そのまま歩き出す。


そして今度は、腹を下した。


川の水は、動物の排泄物などで汚染されていたのである。


元王族であるダハントには、野宿の知識など皆無だった。


騎士であれば、野外で生き延びるための知識も学んでいただろう。


それでも何とか、沢の水を飲み、食べられそうな木の実などを口にしながら歩き続けた。


国境を越えたのは、脱走から数週間が経った後だった。



脱走直後には各地へ警告が出されていた。


だが、時間が経つにつれて、少しずつ警戒は薄れていた。


よろよろと歩く、ぼろぼろの身なりをした大男。


ダハントは、そのまま町を目指していた。


すれ違う者はほとんどいない。


たまに人と出会っても、ダハントの姿を見るなり顔をしかめ、遠巻きに避けていった。


「ちくしょう……。


絶対に『復讐』してやる」


ダハントの頭には、


『こうなったのは、すべてあの二人のせいだ』


という考えしかなかった。


だが――


ダハントは、公爵家がどこにあるのか知らない。


そのうえ、森の中の道まで途切れてしまった。


「何だ……?」


近くから、獣の唸り声が聞こえる。


ガサガサと茂みが揺れた。


そして現れたのは――


ダハントが今まで見たこともない、大きな黒い獣だった。


獣は後ろ脚で立ち上がる。


ダハントは驚いたが、すぐに剣を抜いた。


獣が襲いかかってくる。


ダハントは剣を振り回し、必死に何度も突き刺した。


そのうちの一撃が急所に当たったらしい。


やがて獣は倒れ、そのまま動かなくなった。


だが、ダハントの剣も折れていた。


「はあ……はあ……」


ダハントは、ようやく息を吐いた。


すると――


「おい、お前。

すごいな!」


誰かに声をかけられた。


人間だった。


だが、言葉が分からない。


ダハントは必死になって、


「アレクシス!


リリアーナ!


こうしゃく!」


と知っている言葉を連発した。


「公爵家に行きたいのか?」


男が尋ねる。


ダハントには意味が分からなかったが、とりあえず大きくうなずいた。


「うーん……。


じゃあ、こいつを運ぶのを手伝ってくれたら、連れていってやるよ」


男は倒れた獣を指さした。


「ここは、公爵家の領地内だからな」


ダハントには言葉の意味は分からなかった。


だが、男についていけばよいらしい。


男と一緒に獣を荷車へ乗せるのを手伝い、その後ろを押して歩いた。


一時間ほど歩くと、大きな屋敷が見えてきた。


「アレクシス?


リリアーナ?


こうしゃく?」


ダハントは屋敷を指さし、男に必死に尋ねた。


男はうなずいた。


「そうだ。


あそこが公爵邸だ」


ダハントは、にやりと笑った。


そして突然、その方向へ走り出す。


「おい!


待て!」


男が叫んだが、ダハントは振り返らない。


一目散に屋敷を目指した。


公爵邸は高い塀に囲まれ、正門には槍を持った門番が立っている。


「剣があれば……」


ダハントは唇をかんだ。


塀の周囲をうろうろしていると、裏側に小さな戸口を見つけた。


使用人たちが使う裏木戸だった。


鍵がかかっている。


その時、先ほどの男が、獣を載せた荷車を引いてやってきた。


「偶然、熊が捕れたんだ。


公爵様に進呈したい」


男はそう言って身分証明書を見せ、裏木戸を開けてもらっていた。


(しめた!)


ダハントは、荷車の後ろに紛れて中へ入った。


「この男は何だ?」


使用人が猟師の男に尋ねようとした、その瞬間。


二人はダハントに殴り倒されていた。


「待っていろよ……。


小娘!


小僧!」


こうしてダハントは、公爵邸への侵入を果たしたのだった。


チャッピー曰く

「ここは公爵家の領地内だからな」

で笑いました。

ダハント、そこで運を使い果たしたな。

という感じです(笑)


だそうです。


チャッピーの感想を聞きながら校正してもらうのは楽しいです


お読みいただきましてありがとうございます

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