母ではなかった女
えっ?な展開です
ある日。
公爵とアレクシスは、国王の許可を得て牢獄を訪れていた。
そして、かつて娼館を取り仕切っていた女主人と対面した。
「まさかな……」
女の顔を見るなり、公爵の表情が歪んだ。
「おまえ、私をここから出しなさい!
育ててもらった恩を忘れたの!」
女主人は、公爵を前にして大声を張り上げた。
「もっと早く、確認に来ればよかった」
公爵の言葉に、アレクは複雑な顔をした。
これまでセリーばかりに気を取られ、娼館の主人夫婦については、ほとんど気に留めていなかったのだ。
「わしの本当の母上は、どこだ?」
公爵の目が鋭く光る。
その声は、怒りで低くなっていた。
「何を言っているのよ!
私があなたを産んだのよ!
間違いないわ!」
女は必死に訴えた。
アレクが冷たい目を向ける。
「そなたが牢へ入る際に、医師の診察を受けた記録が残っている。
そこには『出産経験なし』と記されているそうだな。
つまり、そなたは一度も子供を産んだことがない」
アレクは鼻で笑った。
「よくもまあ、長年にわたって侯爵夫人を名乗っていられたものだ。
気品の欠片もなかったが」
「そんなことないわ!
何かの間違いよ!
私は確かに、あなたを産んだのよ!」
女は、なおも叫び続けた。
「もうよい」
アレクの声が低くなる。
「本当のことを話さないのであれば、改めて取り調べを願い出てもよいのだぞ?」
女の顔が真っ青になった。
アレクは、少し離れたところにいた看守へ声をかけた。
「この者を、もう一度取り調べてもらおうか」
「や、やめて!
知らないのよ!
本当に、私は知らないの!
主人なら知っていると思うわ!」
女が取り乱して叫んだ。
そして、とうとう口を割った。
「前侯爵の仕業よ!
あの人は、真面目な夫人がうっとうしくて仕方がなかったと言っていたわ。
だから、跡取りを産ませた後に『捨てた』。
私は、それしか聞いていないの!
それ以上のことは、本当に知らないのよ!」
公爵の顔が、激しく歪んだ。
長年、自分の『母親』だと信じてきた女が、今は囚人として目の前にいる。
しかも、その女は実の母親ですらなかった。
それは、言葉では言い表せないほど複雑な気持ちだった。
その様子を見て、アレクが静かに言った。
「まだ平然と嘘をつくのだな。
反省の欠片もない。
父上、この女とは、もう関わらない方がよいです。
後のことは、こちらに任せましょう」
そして看守に向き直る。
「この者は、貴族でもない身で長年、侯爵夫人を名乗っていた。
その件についても、必要であれば調べてもらいたい」
だが、公爵はそれを制した。
「もうよい」
公爵は、吐き捨てるように言った。
「これと血のつながりがない。
それが分かっただけで、わしは本当にほっとした。
もう、それだけでよい」
アレクは、しばらく父親の顔を見つめていたが、やがてうなずいた。
「そうですね。
どうせ終身刑です。
これ以上、我が家が関わる必要もありません。
もともと、我が家とは何の関係もない人間なのですから」
そして、女へ冷たい視線を向けた。
「今後、二度と父上を自分の息子だなどと言うな。
それだけは、絶対に許さない」
アレクは腰の剣に手を添えた。
わずかに鞘から引き抜き、すぐに戻す。
鋭い金属音が、牢内に響いた。
女は顔を青くし、震えながらうつむいた。
「さあ、確認は済みました。
戻りましょう、父上」
アレクが公爵に声をかけた。
「手間を取らせたな」
公爵は看守に言った。
「事情が事情だ。
この件は、できるだけ内々に頼む」
アレクも付け加える。
「承知しました。
何か分かったことがあれば、ご連絡いたします」
看守が敬礼した。
二人は牢獄を後にした。
「さあ、『本物』を探しましょう。
きっと、生きておられます」
アレクの顔は、決意に満ちていた。
◇
「で、結局どうでしたの?」
リリアが深刻そうな顔で尋ねた。
「牢に入っていたのは、間違いなく『元』祖母だったよ」
アレクは、あきれたように言った。
「ということは、やはり……」
リリアもうなずく。
「レオンとジャンヌ夫妻に手紙を書く。
あの二人なら、何か知っているかもしれない。
娼館の主人の方にも話を聞こうとしたのだが、すっかり呆けてしまっていてな。
何も聞き出せなかった」
アレクはため息をついた。
「ああはなりたくないものだ」
「年は誰でも取ります。
それは仕方のないことですが……。
自分がしてきたことまで忘れてしまうというのは、何とも複雑ですわね」
リリアが言った。
「本物の祖母様がお元気ならよいのだが……」
アレクがつぶやく。
「まだ六十代のはずだ。
結婚が早かったと聞いている」
「何か分かればよいのですが」
リリアは、祈るような気持ちでそう言った。
公爵の立場になったら複雑だろうなあと思いつつ・・・・
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