表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
2/5

第1話:嵐の予感と、小さな賭け

天正十年、五月。

春の陽気が過ぎ去り、初夏の気配が忍び寄る安土城下。


私は広大な屋敷の縁側に腰を下ろし、ぼんやりと庭園の鯉を眺めていた。


織田信澄としてこの身体で生き始めてから、早二十年。

信長様の命により、近江大津を治める身となっていた。


「……五月、か」


思わず口から漏れた言葉に、傍らに控えていた家臣が不思議そうな顔をした。


私の歴史の知識が正しければ、あと数ヶ月で「本能寺」の火の手が上がる。


私の人生は、いわゆる「詰み」から始まっている。



義父である明智光秀殿は、信長様から度重なる叱責を受けている。


一方、私は信長様の甥であり、光秀殿の娘婿だ。 


信長様がたおれれば、私は真っ先に「光秀の一味」として粛清される運命にある。


「殿、大津の米蔵の視察はいかがいたしますか?」


家臣の問いかけに、私はゆっくりと立ち上がった。


戦国という時代は、残酷なまでに合理的だ。


力なき者は消え、利用される者は捨てられる。


「……ああ、行く。だが、その前に一つ、大津に仕掛けておきたいことがある」


私は立ち上がり、ふと空を見上げた。


澄み切った青空に、一筋の灰色の雲が流れていく。


私は現代の知識を持ち込んでいるが、それを無闇に振りかざすことはしていない。


火縄銃の改良や兵站の効率化など、地味だが確実な成果を上げ、信長様からは「信澄は堅実な男だ」と一定の評価を得ている。


しかし、今はその程度では足りない。


(光秀殿が動き出す前に、織田家内部の権力バランスを変える必要がある)


私は心の中でそう呟く。


もし、光秀殿が謀反を企てているのなら、彼を止めるか、あるいは「明智と織田を分断」し、私自身がその隙間に陣取るしかない。


その日の午後、私は密かに信頼する配下を呼び出した。


「これより、京へ使いを出せ。私の名ではなく、ある商人の名を使って極秘の書状を届けろ」


「……殿、それはどなたに?」


私はニヤリと笑った。歴史の勝者となるべき男、羽柴秀吉ではない。


この戦国という巨大なパズルを解くための、最も重要かつ危険な駒。


「……安国寺恵瓊だ」


毛利家との外交を担う僧侶。


彼を通じて、西国の情勢を動かし、京の明智軍の動向を先読みする。


運命を切り開くには、まだ誰も気づいていない場所からくさびを打ち込む必要がある。


信長様を救うため、そして私自身の生存を確定させるために。


織田信澄の「歴史改変」という名のゲームが、ようやく盤上に駒を並べ始めた。


私は屋敷を後にし、午後の陽射しの中を歩き出した。


安土城へ向かう道すがら、見知らぬ武士が慌ただしく京の方角へ駆け抜けていくのが見えた。


嵐は、もうすぐそこまで来ている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ