プロローグ:死の予兆に抱かれて
織田信澄としてこの世に生を受けた瞬間、私は産声ではなく、遠くで響く雷鳴のような音を聞いた気がした。
父は織田信行。あの魔王・織田信長の弟であり、かつて兄に叛旗を翻して粛清された男だ。
だが、私は父の末路をなぞるつもりはない。私の意識は、この時代の人間のものではないのだから。
幼少期の記憶はひどく淡い。
しかし、鮮烈に覚えているのは、叔父・信長に謁見した時のことだ。
「ほう、勘十郎の息子か。……目つきだけは弟に似ていおる」
氷のように冷たい、だが吸い込まれそうな眼差し。
天下を掌中に収めようとする男の覇気が、私の身体を震わせた。
その時、直感した。
この叔父の支配する世界で生き残ることこそが、私の最初の、そして最大の試練なのだと。
父が叔父に殺されたあと叔父の庇護下で育てられた。
織田家の血を引く者としての誇り。
そして、叔父から与えられた「信澄」という名。
しかし、成長するにつれ、私は確信するようになる。私の周囲に張り巡らされた、見えない糸の存在に。
戦場では誰よりも激しく槍を振るった。
内政では誰よりも合理的な算術を披露した。
叔父の信頼を勝ち取り、周囲の羨望を集めれば集めるほど、私の背後に迫る「運命」の足音が大きくなる。
義父は明智光秀。
叔父は織田信長。
そして私は、その両者の間に挟まれた、歴史という名の巨大な歯車に呑み込まれようとしている若き駒。
ある嵐の夜、私は鏡の中に映る自分を見つめた。
そこにいたのは、戦国の世に翻弄される若武者ではない。来るべき「本能寺」という破滅の火災を、この手で塗り替えようとする一人の転生者だった。
「待っていろ、信長。そして光秀」
私は深く息を吸い込み、静かに剣を抜く。
かつては惨殺されるはずだった織田信澄の物語は、ここから書き換える。
神か運命か、あるいは歴史そのものか。
誰が相手であろうと、私はこの戦国という名の地獄で、必ず生き残ってみせる。
それが、私の織田信澄としての「生」の始まりだった。




