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懐かしのクラスメイトたち(1)「ピアニスト、茉莉」  作者: 石原裕


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第14話 茉莉、謙一に献呈する曲を作る 

 茉莉が実家に帰って一年半が経った。

茉莉は更に作・編曲に邁進していたが、曲作りに行詰ってもいた。

どうしても思うように上手く作れない。考えても、考えても上手く行かず、何とかして作ろうと思えば思うほど泥沼に入って行った。徒に時間だけが行過ぎて曲作りの方は一向に進まなかった。私にはやっぱり才能は無いのだろうか・・・茉莉はそう思って自棄になりかけていた。

そんな時、謙一がまた茉莉を外へ連れ出した。

 外は既に夏が往って秋の気配が漂っていた。

二人は植物公園の自由広場に出掛けて、レジャーシートでのんびりしたり、市営体育館の上の丘に登って周辺を一望したりした。そして、洋風や和風の庭園が造営されているグリーンギャラリーの芝生の上で二人だけの時間を過ごしゆっくり語らい合った。

「なあ茉莉。お前の作曲にしても俺の印章彫刻にしても、ずうっとそればかりを考えていても良いものは出て来ないように思うんだが・・・人間はその日その時で感じたり思ったりすることは違う筈だろう。その折々に感じた気持をメロディーに乗せるのが曲作りだとすれば、心も身体もリラックスさせるのも偶には必要なことだと思うよ」

「そうよね。謙ちゃんの言う通りなのよね。解ってはいるんだけど、つい焦っちゃって」

「気持が澱んでいる時に浮かぶアイディアなんてのは楽しいものではないし、素直な良いものが生まれる基になんか成る得るものじゃない。だから、俺はその日その時に感じたことをノートにメモしておいて、それを判子彫りの何かの拍子に活用するようにしているんだ」

「へえ、努力しているんだ、やっぱり」

「努力なんてもんじゃないが・・・そりゃプロの作曲家を目指すお前に言わせれば、そんなの甘い、ということになるかも知れないが、プロにしろアマにしろ、リラックスして愉しんで創らないと真実に納得の出来る良いものは生まれないんじゃないか?要は一番大事なのはフィーリングなんだろうと俺は思うよ」

「そうね。感じて心が共鳴して、それをメロディーに変換出来る楽しさ、そういう気持を持って曲を作るのが一番良いのよね」

「女性の作曲家は圧倒的に少ないそうじゃないか、しっかり続けてやっていればチャンスも有るだろう、な、茉莉」

そう言えば確かに女性の作曲家は少ないかも知れないな、と茉莉は思った。シンガー・ソング・ライターは多数活躍しているがクラシックやジャズの作曲家は余り知られていない。

「女は作曲家には向いていないという観念が半ば公然と社会に流布していたし、女性の側もやはりそうかも知れないというような敗北的な姿勢も嘗ては見えていたけど、今は、仕事の場つまり映画や演劇やテレビドラマ等の仕事にも女性の進出は目覚しいものがあると思うから、お前も頑張れば道は拓けるよ、きっと」

「謙ちゃん、有難う。とても励みになったわ」

 

 それから茉莉は謙一に献呈する曲を作り始めた。

子供の頃から二十数年間、考えてみれば、何時も謙一が傍に居て自分を守り、支え、励ましてくれた、茉莉の心に今更ながらに謙一への感謝の思いが沸々と在った。言葉には表し得ないこの思いを純粋に素直に楽曲に乗せて彼に贈ろう、彼もきっとハート・トゥ・ハートで解ってくれるだろう、茉莉はそう考えて謙一へ献贈する曲を作り始めた。

しゃちこばらずに片肘張らずに、フランクに率直に、心の赴くままに書き上げた曲は、たおやかでしなやかで、伸びやかな大らかな楽曲として仕上がった。

 謙一はこれまでに無い笑顔を見せて心から喜んだ。思わず我を忘れて茉莉を全身で抱き締めた。茉莉も力いっぱい謙一の背中に腕を廻した。二人の心が、隣同士の幼友達からひと時少し越えた瞬間だった。

やがて、ゆっくりと腕を放した謙一が言った。

「いやぁ、茉莉、真実に有難う。俺はただ、元気だった昔の茉莉に一日も早く立ち戻って貰いたいと思っただけなのに、こんな凄い曲をプレゼントして貰うなんて望外の果報ってもんだよ」

そして、茉莉の背中を押し出すように、決め付けるような言い方で付け加えた。

「もう既に書き溜めた曲もかなりの数に上っているだろう、そろそろ作曲家の新人コンクールに応募してみたらどうだ?」

「そうね、それもひとつの手かも、ね」

「そうだよ、プロになるのに一番手っ取り早いのは新人コンクールで優勝することだろう。仮令優勝するところまで行かなくても何処でどんな機会が待っているか解らないからな」

 

 早速に茉莉は作曲家の新人コンクールに応募するための楽曲を創り始めた。

日本音楽コンクール作曲部門、武満徹作曲賞、武生作曲賞等々の公募新人賞が有った。これらは皆、入選作としてノミネートされた後、公開演奏会及び審査を経て、入賞作、受賞作が決定されたし、入賞者と受賞者には規定の賞金が与えられ、賞によっては副賞として楽譜やCDの出版、再演、放送、新作委嘱、海外の音楽祭への招待などが約されていた。

茉莉は今までに在るような通り一遍の有り触れたものでなく、自分にしか作れないこの世にたった一つの独創性溢れるものを創りたいと、心と頭を研ぎ澄ませて来る日も来る日も曲作りに没頭した。書いては消し、消しては書き、幾度も修正を繰り返して完成を目指した。

 だが、書いても、書いても、何処へ応募しても、賞を取るどころかノミネートにさえ掠りもしなかった。茉莉は、自分には才能が全く無いんじゃないか、音大の時に賞を貰ったのは偶々まぐれだったのではないか、次第に自信を無くして、その内に半ば諦め、半ばやけくそで、コンクールに応募することを止めてしまった。だが、茉莉は不思議と書くことだけは続けた。もう良いや、自分だけの作品として残せば良いや、そう思って五線紙に書き続けた。そうして書き続けている内にかなりの分量の楽曲が貯まって行った。

 

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