第4話 琥珀色の夜と、迷い人のステップ
カラン、と乾いた音が響く。
ある夜、重い扉を押し開けて入ってきたのは、アルと、その手に引かれた盲目の令嬢だった。
「こんばんは……おや、旅の方ですか。見慣れない服装をしている」
アルの鋭い視線が、カウンターでかぼちゃのスープを啜る旅人の背中に突き刺さった。トカゲ特有の、外敵を察知した時の喉の震えが、一瞬だけ彼の喉元を走る。
旅人の男は、ゆっくりとスプーンを置いた。そして、吸い寄せられるように、令嬢の藍色の瞳をじっと見つめる。
「……信じられない。この街の噂は、本当だったのか」
男の声は震えていた。
令嬢は、見えない瞳を音のする方へと向け、小首を傾げた。
「……あら。アル、この方はどなた? なんだか、とても遠い場所の……風の匂いがするわ」
「ただの旅人ですよ、お嬢様。……さあ、いつもの席へ」
アルは彼女の肩を抱き、旅人から遠ざけようとした。
だが、男は立ち上がり、一歩踏み出した。その足取りは、やはり軽やかなステップを踏んでいるかのように独特だった。
「お嬢様……。失礼ですが、その藍色の瞳。……そして、そのお声。……かつて、私の城で開かれた舞踏会で、一度だけ目にした『華』に、ひどく似ている」
酒場が、しんと静まり返った。
カウンターの奥で、オーラムがグラスを拭く手を止める。ねずみは、カウンターの下で拳を握りしめた。
「舞踏会……? いえ、私はそんな場所には行ったことがありませんわ。私はずっと、この街の古い屋敷で、アルと一緒に暮らしているのですもの」
令嬢は、不思議そうに微笑んだ。
「……そうですか。……ええ、そうでしょうね。あの子は、あのお城で、王子と幸せになったはずですから」
男は自嘲気味に笑い、再び椅子に深く腰掛けた。
「私は、ただの道化ですよ。あの晩の舞踏会に居合わせただけの」
アルの顔が、蒼白になった。彼は令嬢を庇うように一歩前に出ると、冷ややかな声で旅人に告げた。
「……旅人さん、ここまでです」
「……分かっていますよ、銀の従者さん。……ただ、このスープがあまりに旨かったから、つい口が滑っただけだ」
男は残りの酒を一気に飲み干すと、カウンターに一枚の銀貨を置いた。
「……ごちそうさま。……いい街だ。……私は、いろんな街に行くのでね。いろんな街のいろんな時間を知っているだけさ」
男は帽子を被り直し、再び軽やかなステップで扉へと向かった。
去り際、彼はねずみと目が合った。
男は片目を瞑り、悪戯っぽく囁いた。
「……いい腕の御者だったんだろうな、あんた。……今の生活も、悪くないだろう?」
扉が閉まり、鐘の音が余韻を残して消えた。酒場には再び、煮込み料理の穏やかな湯気が立ち上る。
「……アル、あの人は?」
「……ただの、迷子ですよ。お嬢様」
アルは震える手で、令嬢の椅子を引いた。オーラムは黙って、彼女のために、いつもより少しだけたっぷりとはちみつをかけた特製ケーキを差し出した。




