ちゃぷたーⅥ オオカミ男、初めての食事
凛さんとわたしは、吐き疲れてぐっすりと眠るワンくんのお部屋のドアを少しだけ開いて様子をうかがった。まだこの家に慣れたとはいえないワンくんに知らないひとを会わせるのはストレスをかけさせてしまう、という凛さんのアドバイスあってこその行動である。凛さんは少し開いたドアの隙間からワン君の姿を確認した。
「随分と大きな犬ね。ハイブリッド・ウルフの中でも大きい方だわ。年はいくつかわかってるの?」
「ええと…。達也さんはたぶん3歳ぐらいじゃないかって言ってました」
「ということは、人間でいうと25から26ぐらいね」
「えっ!? そんなに大人なんですか!?」
「犬と人間の年を取るスピードは違うから。犬の寿命は長くて16年なのよ」
「じゅう、ろく」
3歳という数字に惑わされていたけど、ワンくんはわたしよりもずっとずっと大人なんだ。年下の子に接するのと同じような態度取っちゃった…。ん? でもわんちゃん相手にかしこまるのもおかしい話だよね。何考えてるんだろわたし…。かと言って、今までの接し方を変えるのも違和感が。
わたしが妙な感覚にむずむずしている間も、凛さんは真剣な瞳でワンくんを観察して、そして軽く眉を寄せた。
「確かにアレは痩せすぎね。早急に対処してあげないと、衰弱していく一方だわ。何を食べても吐きだしてしまうんだったわね」
「そ、そうなんです。栄養ゼリーも受け付けないみたいで」
「離乳食は?」
「だめ、みたいで」
「…ビタミン剤の投与は?」
「……注射を見たとたんに、お医者さんの手がつけられないほど暴れだしちゃって…」
凛さんは考える素振りをしてから、ポケットから携帯を取り出した。そしてワンくんに話し声が聞こえないようになのか、少し離れた場所に行って誰かに電話をかけていた。わたしは凛さんのお電話が終わるまで、眠るワンくんの様子を覗き見ていると、ワンくんが以前みたいにうなされることなく、窓から差し込むお日様の光にあたって気持ち良さそうに眠っていることに気がついた。少しはリラックスできるようになってきたのかな…。そのことに少しほっとしていると、お電話が終わったのか凛さんがわたしの肩をちょんちょんと突いて、下に降りようというジェスチャーをした。わたしはそれに頷いて、音を立てない様にお部屋のドアをそっと閉めた。
わたしたちはお父さんとセシルさんの居るリビングに戻って、再びテーブルに座り、凛さんが話し始めた。
「千夏に電話して聞いてみたの」
「ちなつ…さん?」
聞いたことのないお名前にわたしが首をかしげていると、お隣に座っているお父さんが「早瀬くんの妹さんの名前だよ」と耳打ちしてくれた。凛さんの妹さん…って確か…。わたしが思ったことを、セシルさんが代弁してくれた。
「千夏って、アメリカに居るんでしょ。あっちは今真夜中なんじゃないの」
「大丈夫。動物の話題になると飛び起きるから」
「相変わらずの動物バカなんだ」
セシルさんは少しひきつった顔をしていた。わたしが途中まで読んでいたお料理本を凛さんは手にとってぱらぱらとページをめくり、そしてこう言った。
「食べ物に工夫してみろって」
「工夫、ですか?」
「そう。それと、食べようとする意志があの子にあるんなら大丈夫だとも言ってた。ほんとうに大変なのは、意地でも食べたがらない子だって」
凛さんは椅子から立ち上がり、お父さんにキッチンを使ってもいいか尋ねて、お父さんがもちろんと返事をすると、わたしを呼んだ。わたしも勢いよく立ち上がり、ぱたぱたと凛さんの傍まで近寄ると、わたしがいつも使っているエプロンを着せてくれた。凛さんも長い髪を綺麗にまとあげていた。
「私も手伝うから、一緒にいろいろ作ってみよう」
「…! は、はいっ! よろしくお願いします!!」
お父さんは午後からお仕事があるのでお見送りしてから、わたしと凛さんはキッチンに立って、午前中のお買いもので買っておいたワンくんのための食材をどのように調理するのか考えていた。セシルさんはそんなわたし達を近くで頬杖をつきながら見守っていた。凛さんは豚の生肉を手にして、それを眺めながらわたしに尋ねた。
「今まで出していたものはほとんどナマ?」
「はい。お肉を焼いてしまうと栄養価が失われてしまうからナマであげるのが一番いいって本に書いてあったので…」
「少しだけ焼いてみようか」
「いいんですか?」
「ほんの少しだけ。もしかしたら生臭さが嫌なのかもしれないし、何より胃に入らなければ栄養も何もないからね。今は食べられることを優先しよう」
「な、なるほど…」
「あと、使うのは鶏肉と豚肉。鶏肉はヘルシーで比較的食べやすいし、豚は消化しやすいから」
「お、おお…」
ぽんぽんと案を出していく凛さんに圧倒されたわたしは、さすが大学の会長さんを任されているだけあるなぁと凛さんを見て思った。確か、学生投票で断トツの1位になって会長さんに選ばれたって聞いたし、ミスキャンパスっていう、大学で一番の美人さんとして認められたとも…。
やっぱり凛さんってすごい! と凛さんをじーっと見つめていると、鶏肉の骨を取り除くよう指示をもらった。そういえば今わたし、凛さんとキッチンに立って一緒に料理してるんだ…!! は、はうううう!! こんな日がやってくるなんてええ! 何となく恥ずかしくなってきちゃって、わたしは取り除いた鶏の骨がゴリゴリバキバキという音が自分の手から鳴っていることに気付くことなく、ぎゅうっと手を握りしめて喜びをかみしめた。はうっ! いけないいけない。ワンくんのために集中しなきゃ!
「セシル。貴方も手伝って」
「はいはい。何すればいい?」
「豚の脂身をとって頂戴。そのあと、細かくミンチ状にして」
「仰せのままに、会長様」
「…その呼び方はやめて」
出来上がったご飯を見てわたしは思わずほああっと声を上げた。
ほんの少し、気づくか気づかないぐらいの焼き目がついた鶏の周りにキラキラと水滴が輝く新鮮な野菜が添えられている。そしてミンチ状にした豚肉は一口サイズのお団子になっており、こちらも少し焼き色がついていた。全体的にかかっているのは何のソースだろう。凛さんが担当してくれていたものだったけど…。凛さんに尋ねてみると、これは野菜をすり潰してエキスだけを取り出し甘みととろみをつけたものなんだそう。はう―…。わたし、ソースなんていっつもスーパーで買ったものを使ってるから作ったことなんてないよ。凛さんは何でも自分で作り上げちゃうんだなあ。
「これで完成ね。ちょっとでも食べてくれるといいんだけど。お疲れ様、真綾ちゃん」
「い、いいえ! わたしなんて…。ほとんど凛さんがやってくれて、わたしの方がお礼を言わないといけないっていうか…」
「そんなことないわよ。セシルも有難う」
お肉をミンチ状にして、お団子を練ってくれていたセシルさんは手がべたつくのかタオルで手を念入りに拭いていた。わたしも慌ててお礼を言ってセシルさんに軽く頭を下げると、お礼を聞いたセシルさんはニッコリと笑って、わたしに顔を向けて言った。
「いーよ。お返しなら真綾ちゃんに貰うから」
「は、はう。……な、何でもします」
「ほんと? じゃあ考えとくよ」
凛さんはワンくんのご飯を入れた器を持ち、お昼ご飯に丁度いい時間だから2階へ持って行こうと言った。
凛さんとセシルさんには申し訳なかったけれど、ワンくんが興奮しないようにドアを少し開けて、その隙間から見守っていてもらうことにした。ワンくんはもう目覚めていて、わたしがお部屋に入ると、くんくんと鼻を嗅ぐ素振りをして何かを確認していた。
「ワンくん。お昼ご飯だよー。今日はね、すごい人に協力してもらってご飯作ったから、いつもよりきっとおいしいし、食べやすいんじゃないかな」
「…」
コトリと音を立てて、出来立てほやほやのご飯をワンくんの前に置くと、ワンくんはご飯の匂いを嗅いで、怪訝そうな顔をした。やっぱりいつもと違う匂いなのかなと思っていると、ワンくんはご飯を嗅いだ後、わたしの匂いも嗅ぐといった動作を2、3度繰り返し首を傾げていた。不思議な行動だった。
そしておそるおそるワンくんはご飯に口をつけた。
口に入れてから少し沈黙があったけれど、今のところ吐き出す様子はない。あ、これもしかしてイケる…!? わたしが期待に胸を膨らませていると、ワンくんはゆっくりと一噛みして、もぐもぐと口を動かしているのが見えて、あとは飲み込むだけだ!! と喜びの声を上げようとした瞬間、
「は、はうううワンくんんん!!」
「…!! …!」
「の、飲み込んじゃダメ!! 吐いて! 吐き出してえええ!」
ワンくんは盛大に吐いた。
でもその後、ワンくんが食べる行為をやめることなく、食べ物を口に運んで噛むといった流れを繰り返した。今までは口に入れただけで吐くということがパターン化されていたから、それだけでも大きな進歩だと思う。美味しくないということはないんだろう。むしろ、今までよりもがっついた様子を見せているからワンくんにとって美味しいご飯になっていると思いたい。飲み込むことは出来ないまでも、そしゃく出来るようになったのは嬉しい。あとは飲み込むことさえ出来れば…。
すっかり夕方になり、凛さんは習い事があるということでお家に帰る時間帯になった。玄関までお見送りに来たわたしはこれ以上ないんじゃないかっていうほどお礼を言った。凛さんは何度も頭を上げるように言ってくれたけど、しばらくわたしが頭を上げることは出来なかった。凛さんに肩をつかまれて半ば強制的に頭を上げさせられたわたしが、目の前にある凛さんの綺麗な顔に顔が熱くなるのを感じながら見つめていると、凛さんはそのままの体制で話し始めた。
「真綾ちゃん、昼間のレシピはちゃんと覚えているわね」
「は、はい」
「あれと同じものを今度は真綾ちゃん、あなたがひとりで作ってみて。わからないことがあったら連絡してもらっていいから」
「…? わ、わかりました」
「そしたらあの子、全部とは言えないかもしれないけど晩御飯は吐かずに食べられるんじゃないかしら」
「ほんとうですか!?」
「ええ。真綾ちゃんが作るんだもの」
断言する凛さんの瞳は、何かを確信したかのように輝いていた。わたしがその瞳に見とれていると、「はいはいそこまでね」と凛さんとわたしの間に何故か拗ねた様子のセシルさんが手を差し込んでわたし達に距離をとらせた。その時わたしはセシルさんがボストンバッグを持っていることに気づいた。
「セシルさん、今からどこかお泊りしにいくの?」
「…うん。昼間オレに課題を手伝わせた奴が、時間間違えて提出遅らせちゃったんだって。それで明日までの追加レポートを夜なべして手伝ってほしいって連絡来たんだ。…ったく」
「は、はう…大変だね」
「本当だよ。今すぐ来てほしいって言われてるから、凛と一緒に出るね。…真綾ちゃんが寂しいっていうなら行かないけど」
「行ってらっしゃい!」
「あ。何でもするって言ったのおじゃんになるかも! って思ってるでしょ。オレ忘れてないからね」
ば、バレている…。はううう、なんでわたし何でもするって口走っちゃったんだろううう。お当番交代するとかにしておけば良かった…。セシルさんの何でもってちょっとこわいんだもんんん。
凛さんは玄関の扉に手をかけて、わたしに「それじゃあ」と挨拶をしてわたしもそれに返していると、わたしの目の前に少し屈んだセシルさんがわたしの前髪をあげておでこに音を立ててちゅーをした。今まで何度かされたことはあったけど、まさか人前でもされるとは思わなかったので、わたしはちゅーされたおでこに手を当てて顔を真っ赤にさせた。
「行ってきます、真綾ちゃん」
「…! せ、セシルさんのばか!」
いたずらっ子の様に笑いながら玄関の扉を閉めるセシルさんを顔を真っ赤にしてむーっと睨みつけていると、ふとセシルさんの向こうにいる凛さんが辛そうな顔をしているのが見えた。
……凛さん?
声をかけようとした瞬間、無情にも扉はパタンと音を立てて閉じられてしまった。
「今日はニコニコしちゃって、えらくご機嫌だったね。凛」
「…そんなこと」
「そんなに真綾ちゃんの興味をあの犬に引き込みたかった?」
「……何が言いたいのよ」
「オレ、打算的な女は嫌いだよ」
その夜は、珍しくお父さんとわたしのふたりきりの晩御飯だった。人が一人いないとなんだか寂しいねーとお話ししながら、お父さんとの食事を楽しんだ後、わたしは早速凛さんに習ったばかりのワンくんのご飯を作った。凛さんはわたしが作ったものならワンくんは吐かずに食べてくれるって言ってたけど、本当にだいじょうぶかな…。
もうひとつ何か一工夫したいなぁと凛さんと一緒に作ったときよりも少し見劣りするご飯を見て考えていると、お肉をこねくり回していたために手に粘つきがまだ少し残っていることに気づいた。お肉特有のぺたぺたとした感触にちょっと気持ち悪さを感じつつ、お湯で手を洗っていると、何となくわたしは手の匂いをくんくんと嗅いでみた。う、生臭い。
手を洗ったあと、結局何の工夫も思いつかなかったと地味にしょぼくれながらワンくんのご飯を持って2階に上がろうとすると、さっきまでご飯を食べていたテーブルにあの薔薇の蕾が入ったグラスが置いてあった。あれ? わたしここに置いた覚えないんだけど…。お父さんが眺めてたのかなぁ。
一度テーブルに器を置いて、グラスを手に取ってみるとグラスの底に沈んだビー玉がキラキラ輝いて、赤い薔薇の蕾も鮮やかだった。…そういえば、もうしおれてもおかしくないのに、綺麗な赤色をしてしっかりとした形を保ってるなぁ。不思議だ…。
しばらくじっと蕾を見ていたわたしは、グラスから仄かに香る薔薇の匂いに何かがむくむくと頭に浮かんでくるのを感じた。そして洗ったばかりの手を見つめてから薔薇を見て、わたしは器を2階に持って行く前に、あることをするためにお庭に出た。
わたしは少し冷めてしまったワンくんのご飯を持って、いつもより遅くなった晩ごはんの時間に慌ててお部屋に入ると、ワンくんはもう既に毛布に包まって眠りにつこうとした。
「わー!! ワンくん! 待って待ってまだ寝ないで! というか寝るには早いよ! まだ7時だよ!? おじいちゃんじゃないんだから!」
「…」
「は、はい! ちょっと遅くなっちゃったけど、晩ごはんだよ!」
ワンくんはのっそりと起き上がって、少し疲れたような顔で晩ごはんを見て、クンクンとご飯の匂いを嗅いだ。しかし、お昼に食べたものとは色味も増していて少し違うとわかったのか、不思議そうな顔をしてわたしを見た。
「え、えへへ。お野菜と一緒に、お庭で育ててるエディブルフラワーっていうのも混ぜてみたの。紫色のこの子はウスベニアオイ、赤いのはキンレンカ。こっちの青いのはパンジー」
「…」
「きれいでしょー。このお花全部食べられるんだよ」
しげしげと色鮮やかなお花に彩られたご飯を眺めるワンくんの目は心なしかすこし輝いているように見えた。見た目は気に入ってくれたかな…。
「もしかしたら、ワンくん。お肉の生臭さとか、べちょべちょした感触が嫌なのかなぁって」
「……」
「お野菜は比較的積極的に口に入れてくれようとするし…。凛さん…ってわたしの憧れのひとなんだけど、アドバイスもらってお肉はお昼間と同じで少し焼いてみて、生臭さはお花の匂いで少しは紛れるかなぁと思ってお庭から摘んでみたの」
「…」
「たっ食べてみてくれる?」
少しの沈黙のあと、ワンくんはゆっくりとご飯に大きなお口を近づけて、まずはお野菜とお花の匂いを嗅いで、一緒に口に含んだ。わたしはそれをどきどきしながら見守っていた。
お昼ごはんのときと同じようにワンくんはもぐもぐと口を動かしていた。とても時間が長く感じる。わたしは胸に手を当てて、どこか祈るような気持ちだった。そして…―――
ワンくんはぎゅっと目をつぶって、こっちまで音が聞こえるぐらいごくりと、飲み込んだ。
「………」
「……」
「…わ、ワンくん」
吐き出す様子は、見られない。思わず、バケツを手にしていつでもその時が来てもだいじょうぶな様に構えたけれど、えづいたりすることもなかった。それどころか、ワンくんはもういちどご飯に顔を近づけて、今度はお肉を食いちぎって近くにあったウスベニアオイと一緒に口に含み、そしゃくし始めた。お、お肉。それお肉だよワンくん…。わたしは呆然としたまま声を出すことも出来ず、バケツを抱えたまま目を見開いて、ワンくんがぎゅうっと目をつむってひたすらにもぐもぐと口を動かすのを見ていた。そして、ごくんとワンくんの喉が大きく動いたのを見た。
そのとき、どれだけわたしの胸が熱くなったか、説明してもしきれないと思う。
「…ワンくん…、…ワンくんが、ワンくんが食べたああああ!!」
「…」
「よ、よかった、良かったねワンくんん…!!」
あんまりに感激したわたしはぼろぼろと目から涙を流して、「うええええん」とだらしなく泣きじゃくった。それにワンくんは戸惑った表情を見せたあと、再びご飯に口をつけて、さっきよりも勢いよく、普通のわんちゃんと同じようにがつがつとご飯を食べ始めた。今まで本当にお腹が空いていたのだろう。
夢中になって食べ始めたワンくんを見て、またわたしはちっちゃい子どもみたいに大きな声を出して泣いていると、わたしの泣き声を聞いたお父さんが駆けつけてくれた。お部屋に飛び込んできたお父さんは何事かと尋ねたけど、ワンくんがご飯を食べている姿を見て、現状がつかめたのか、泣きじゃくるわたしの隣に座って、慰めるように頭を撫でてくれた。
「良かったね。まーや」
「ふ、ふええっうえええん」
「もちろんワンくんも。たくさん食べなさい。よく噛むんだよ」
あの後大泣きして体力が無くなったわたしは、お父さんにもたれて眠ってしまったらしく、目が覚めたらリビングのソファに横になっていた。慌てて起き上がると、お父さんがキッチンでワンくんの器のお片付けをしていて、急いでわたしがやるよと言ってもお父さんは笑って「休んでいなさい」と譲らず、ニコニコと笑うお父さんにソファまで肩を押されて座らされた。
久しぶりに泣いたところをお父さんに見られてちょっと恥ずかしくなってもじもじとしていると、お片付けを終えたお父さんが二人分のレモネードを持って、ひとつをわたしに渡してくれた。お礼を言って温かい甘みのあるレモネードを口にすると、じんわりと体が温まった。
「ワンくん。全部残さず食べてたよ」
「! 残さずって、一度も戻さずに?」
「一度も。美味しそうに食べてたよ。涙を浮かべてね」
「なみだ、って。…ワンくん泣いてたの? も、もしかして無理して」
「そうじゃないと思うよ」
お父さんはわたしの頭を撫でて、レモネードを飲むように言った。わたしは言われた通り、レモネードを飲んで気分を落ち着かせてお父さんのお話を聞いた。
「まーやが疲れて眠ってしまった後すぐに、ワンくんもご飯を食べ終えてね。僕の腕の中で眠るまーやに、「ありがとう、ありがとう」って言うようにワンくんから何度も体を寄せてきたんだ」
「…ワンくんが?」
「うん。本当にイヤだったのなら、そんなことはしないさ」
「…」
はう。また泣きそう。手で顔を覆って涙があふれ出ないように耐えたけれど、お父さんはわたしの目の前にキンレンカをひとつ、差し出した。
「ワンくんがひとつだけ残して、まーやの上に置いたんだ。お礼のつもりじゃないかな」
「…」
ワンくんずるい。そんなことされたら、涙なんて抑えられるわけないじゃない。




