ちゃぷたーⅢ 幼女、そのままを請われる
葵さんは隣町の高校に通っていて、お家を出て一人暮らししているんだって。高校では弓道部に所属しているらしい。だからそんなにがっちりした腕してるんだぁ。細身に見えるけど、結構着痩せするタイプなのかな。腕を見る限り、脱いだら意外とすごそう。
葵さんと他愛のないお話しをしていると、ワンくんの元にちいさなマルチーズがとことこやってきて、ワンくんをくんくんと嗅いでいた。ワンくんもそれを抵抗せずに受け入れている。やっぱり動物に懐かれやすいんだなぁ。
すると向こうの方からおそらくこのマルチーズの飼い主さんがこの子の名前を呼んで、謝りながらこっちに向かってきた。葵さんはワンくんにじゃれつくマルチーズを抱き上げて軽く撫でたあと、駆け寄ってきた飼い主さんに優しく渡した。飼い主さんがお礼を言って、元の場所に戻って行ったのを見送ってから、そういえばと気づいたことを葵さんに質問した。
「葵さんはどうしてドッグランに?」
「ここってドッグランの他に、犬の為の色んな施設あるやろ。そこで犬のトリミング頼んでんねん。その間ヒマやからこっち来てたんや」
「へー! 葵さんもワンちゃん飼ってるんですか!」
「うん」
そっかそっかぁ! 葵さんもワンちゃん飼ってるんだ。そうだよね、一人暮らしってちょっと寂しくなる時もあるんだろうなぁ。それにしても犬種は何だろう? トリミングしてもらうってぐらいだから、ええとメジャーどころだと、トイプードル、ヨークシャーテリアとかかな。一人暮らしだったらその辺りが飼いやすいって本にも書いてあったし…。わーわー楽しみだなぁ!
「あ」
「はう?」
「終わったみたいや」
「えっ!! どこですか!?」
「あれ。ポニーテールがこっち連れて来てんの」
ポニーテール? なんだか親近感のわくワードが出てきたので、そのポニーテールのお姉さんを探して…さがし、…。
「ああもうこんの、大人しくしなさいよ!! 引っ張らないでよ! 暴れるとまた汚れんでしょ!」
「わふっわふっ」
「でかい身体で絡みつかないの! こける!! あー、明石屋さーん!! 明石屋葵さーん!! どちらですかー!!」
あの特徴的なポニーテールは、ち、千夏さん!!? ここでもバイトしてるの!? す、すごい。すごいガッツのあるひとだ…!! いやそれよりも、千夏さんが連れているあのおっきいワンちゃんは…。わたしの足元に座っていたワンくんもその姿に驚いたのか、びっくりして思わず腰を上げていた。そ、そうだよね。ワンくんも十分おっきいと思ってたけど、あれは…。
先ほど可愛らしい小型犬を想像していたわたしの目に映ったのは、大型犬の中でも大型の闘犬、土佐犬だった。
わたしは葵さんを見て確認の眼差しを送ると、視線の意図がわかったのか葵さんは黙って頷いた。は、はう。だから、あんなにワンくんにも普通に接してたんだ。そうだよね、あの子と一緒に暮らしてるんだったらワンくんはまだまだ可愛いサイズだよね…。
「ああッ! こんなとこに居た!! はい、バスターくんのトリミング終わりましたよ。いやほんと大変でした。ほ、ん、と、に」
「いつもどーも。またお願いします」
「あ!? …ああ、はい。任せてくださいよ、あっはははは…はぁ。…ん?」
千夏さんはじゃれついて離れようとしない葵さんのワンちゃんを引き離そうと必死になっていたけど、葵さんはわふわふと興奮している土佐犬のワンちゃんの頭をがっしりと掴んで簡単に引き離した。解放されたことでおでこの汗をぬぐっていた千夏さんがふとわたし達の存在に気付いてぶんぶんと嬉しそうに手を振って駆け寄ってくれた。
「まーやちゃん! とワンじゃーん!! 早速ドッグランデビューしにきたんだね!」
「こんにちは千夏さん! ここでもバイトしてたんですね」
「んっふふー。どう? ドッグラン楽しんでる? あ、そうそう紹介するよ。この子ねぇ」
葵さんの服の襟をつかんでこっちに引き寄せた千夏さんは、葵さんの紹介をわたしにしてくれようとした。しかし葵さんの顔が「すごく面倒くさい」とわかりやすく物語っていたので、慌てて手を振って千夏さんに今までの出来事を説明した。すると千夏さんはきょとんとした表情をして、未だに襟元を掴んだままの葵さんを意外そうに見つめた。
「何すか」
「あんた、子ども嫌いって言ってたけど、よく仲良くなれたわね。アタシの介入がないとまーやちゃんと話すこともしないと思ってたわ」
「えっ」
あ、葵さん子ども嫌いなの? えええじゃ、じゃあわたしが話してる間も内心はうっとうしいとか思ってたのかな? はうう、気をつかわせちゃったかも…。な、仲良くなれそうだと、思ったんだけど…。でも次に葵さんが言ってくれた一言のおかげでわたしの気分が沈み込むことはなかった。
「大型犬怖がらんで世話してる奴は、別や」
千夏さんはその言葉に納得したように大きく頷いた
「…あー、そういうこと。いやでも、普通子どもからしたら土佐犬は怖いって。特にバスターなんか規格外のサイズなんだから」
「わふっ」
「見た目で判断するこすいのは、大人でも子供でも相手にせん」
「は―…、じゃあ子どもが嫌いっていうより、大型犬を怖がる人間が嫌い、だと」
コクリと小さく頷いた葵さんに、千夏さんはにんまりと笑顔を見せてバシバシと葵さんの背中を叩いた。されるがままの葵さんだったけど、だんだんその顔が不機嫌になっていくのがわかって正直ちょっと慌てた。だ、だって、見た目がちょっと怖いから迫力あるんだもんんん。
「そう! それだ! そういうあんただからこそ、まーやちゃんを任せられる!!」
「は?」
「はう?」
「いやあ、まーやちゃんを任せっきりにするには不安すぎる奴がいてね、これがちょっと、その、アレなのよ」
「アレ?」
「ちょっと耳貸して」
そう言ってわたしに聞こえないように千夏さんは葵さんの耳元でコソコソと何かをお話ししていた。そしてそれを聞いている葵さんはだんだんと表情が歪んでいった。千夏さんは話し終えたのか、ぽんと葵さんの肩を叩いた。
わたしを任せておくには不安なひとって誰のことだろう。千夏さんに聞いてみたけど、千夏さんはわたしの両肩を優しく掴んで首を振り「まーやちゃんはずっとそのままでいいの。いいのよ」と真剣な顔で言われた。は、はう? ワンくんはわんっと同意するかのように一吠えしていた。
え? わかってないのわたしだけ?




