ちゃぷたーⅤ オオカミ男、幼女の色を好む
「っは、はうううう!!? な、なに!? このにおい! 消臭ほうこうざい!?」
部屋に入った途端にわたしの鼻をこれ以上ないほど刺激したのは、フローラルなほうこうざいの匂いだった。しかし、香水を撒き散らしたのかという程匂いがきつく、鼻を押さえなければ一瞬でマヒしてしまうのではないかと思った。隣にいるワンくんも、流石に鼻の良いウルフドッグさんの姿のままでは耐えきれなかったのか、いつの間にか人の姿になってわたしと同じように眉を寄せて鼻を押さえている。
…と、いうか部屋の隅に落ちているのはこの消臭ほうこうざいの容器じゃない? まさかと思って横に立つワンくんを見てみると、わたしと目があった瞬間すぐに目をそらしてしまった。
「こ、これワンくんがやったの!? もー!! お部屋すごい匂いするじゃなーい!!!」
「う、うッせーな!!! こッちだッてそれなりの事情があッたンだよ!!」
「事情? 事情ってなによう!」
「……」
「なによう」
「……言えるかバカ!!! アホ!!! ボケ!!!」
「な、なんだとうううう」
鼻をつまみながらワンくんに抗議するけど、いつもの様にバカバカと罵られるだけではっきりとしたお返事をもらうことはできなかった。このまま言い争っていても仕方がないのでとりあえず換気の為に部屋の窓を全開にした。
まだ残るきつい芳香剤の匂いを気にしつつも、遠足の荷物を片づけて休憩しようとベッドに座ろうとすると、さっきまでずーっと黙っていたワンくんが突然大声を上げた。びっくりしたわたしは動きを止めてしまってベッドに座るどころか触ることもかなわなかった。
「び、びっくりしたぁ…。ど、どうしたの?」
「シーツ!!!」
「はう?」
「ベッドのシーツ!! さッさと洗濯機に突ッ込んでこい!!」
「え、ええ? …あ、わたしが居ない間ワンくんがここで寝てたんでしょ? 別にいいよ。気にしないよ?」
「ち、ちげーよ! オレじゃねーよ!!」
「はう?」
「…ッいいから、ぜッてー素手でそれ触ンな! ビニール手袋して持ッてけ!! わかッたな!」
そう慌てた様子で、ワンくんは戸棚からビニール手袋を取り出して、わざわざ丁寧にわたしの手にはめてくれた。そしてわたしから離れて、ベッドシーツを勢いよく剥ぎ、わたしに爆発物を渡すかのようにゆっくりとそれを手渡した。な、なんだかすごく怪しいぞ…。これはまさか…。いや、でもこれなら部屋がほうこうざいの匂いでいっぱいだったのも頷ける…。
「ワンくん…」
「な、なンだよ…」
「もしかして、わたしのベッドでおもら」
「するかバカ!!!」
えんそくに着て行ったお洋服と一緒にシーツを洗濯に出した後、わたしはやっとお部屋のベッドに座ってゆっくりすることが出来た。匂いもすこし和らいできたかなあ。
帰ってすぐにドタバタしていたせいでワンくんへお土産を渡すのをすっかり忘れていたわたしは、ごそごそとリュックサックから先ほどセシルさんに渡した同じ八ツ橋と、あるものを取り出した。そしてわたしが座るベッドの足元で、こっちに背を向けて座るワンくんの肩をつんつんと突つくと、何だか少し疲れた顔をしたワンくんが振り向いた。わたしはずるずるとベットから滑り下りてワンくんの隣に座って、わたしよりも大きいワンくんを見上げてお土産を差し出した。
「はいワンくん。これ、おみやげ」
「…お、おう」
「これはねー、八ツ橋って言ってね、京都では有名なおいしい和菓子なんだよ。京都の綺麗な写真もいっぱい撮ってきたからいっしょに見ようよ。あ、あとね! わたし、この八ツ橋のお店で『パフェ30分で6杯食べたらタダ!』っていう挑戦で新記録出したんだよ!」
「ぱふぇ?」
「これぐらいのグラスにねー、いーっぱいアイスとかクリームとかフルーツをのっけたねー……えーっと、写真見たほうがわかるかな…。ほら!」
「…は!!? おめーこンなモン6つも食ッたのかよ! どうりで重いワケだな」
「は、はうっ! ちゃ、ちゃんと運動もしてきたもん! …あとねー露天風呂っていうおっきなお風呂にも入ってねー…は、はう」
「? 顔あけーぞ」
「な、なんでもにゃい…」
露天風呂で皆とした会話を思い出すと顔が熱くなって、ちょっとだけワンくんを見ることが出来なかった。不思議そうな表情をしたワンくんがわたしを見ているけど、今だけは見ないでほしい。すごくはずかしい。
「えええっと他にもねー…」
「…楽しかッたか?」
「…! うん、うん! すっごく楽しかったよ!! だからね、ワンくんも今度一緒に京都行こうね!」
「は?」
「行こうよ! ね!! やくそくだよ。ゆーびきーりげーんまーん…―――」
ぽかんとした表情のままのワンくんの手をとって指きりげんまんをした。指きりげんまんを知らないので不思議そうにしているワンくんに指きりとは何かを教えてあげると、「千本も針飲めるかよ!!」と突っ込まれてしまった。
そしてもうひとつ、ワンくんの為に買ってきたお土産をワンくんの前にかざしてみると、何だこれと言いたげな顔をしていた。
「八坂神社で買った縁結びのおまもり! 赤と黒のふたつセットになってるの! ……は! あ、あのね、別に恋の成就とかそういう意味で買ったんじゃなくてね! そ、そのぉ…」
「なンだよ」
「あ、あう…。……えっと、ワンくんが、これからたくさんたくさん優しいひとたちに出会って、仲良くなって、美味しいものもいっぱい食べて、今までの分も取り戻せるくらい、それ以上にしあわせになれるご縁が集まりますようにって……わたしとも、もっともっと仲良くなれたらと思って……はう」
上手く説明出来なくて、もごもごと言葉が詰まってしまい俯いていたけど、ワンくんから何の反応も無くて、変だと思って隣をちらっと見上げてみた。…わ、わあ……。
ワンくんは耳まで真っ赤にして、赤くなった顔を見られないように、そっぽを向いていた。て、照れてる…。かわいい…。顔がにやけるのをわたしは止められなかった。
「ぶぁ、ぶぁッかじゃねーの!!! おまッ、オレはなあ!!」
「うんうん、なになに? ワンくんお顔まっかだよ?」
「バ、こッち見んな!!」
「えへへっ」
「…~~オレへの土産なんだろ!! はやく赤い方寄こせよ!」
「はう? ワンくん赤が好きなの? わたし、ワンくんは黒が好きなんだと思ってた」
「…悪ィかよ」
「ううん! じゃあ、わたしが黒いの貰うね」
そうなんだ。ワンくんっていっつも黒い服着てるからてっきり黒が好きなのかと思ってたんだけど、そっかあ、赤が好きなんだぁ…。ワンくんに赤色のお守りを渡してあげると、じっとお守りを眺めていた。どうやら喜んでくれた様で安心したわたしは、未だに赤い顔をしているワンくんに思い切り抱きついた。
「だッ!!? な、なンだよ!!」
「ねーねーワンくん! ウルフドッグさんになってよ! 久しぶりにもふもふしたいなーしたいなー」
「あ!? 1日半しか経ッてねーだろ!」
「えー! おねがい!! ちょっとだけ!」
「……ッたく……その代わり、あの優男と風呂入ンのは断ッとけよ」
「は、はう」
そういえばワンくんにまだ言ってもらってなかったなあとふと思い出したわたしは、ワンくんの首元に抱きついたままの状態で、定番のことばを言った。
「ワンくん」
「あ?」
「お留守番、ありがと。ただいま」
「………」
ワンくんは少し黙った後、わたしをきゅっと抱きしめて、真っ赤なお顔で「おかえり」と言ってくれた。




