ちゃぷたーⅣ オオカミ男、絶句 R-15注意
注意
このちゃぷたーでは、表現をぼかしてはいますが、分かる人には分かるR15な表現が含まれています。
そういったものが苦手だという方、15歳未満の方はバックをお願いいたします。
大丈夫な方はスクロールどうぞ。
や、やっと今日一日が終わった…。もうこれ以上は勘弁だ…。
オレは夕食後、あの優男からしつこいぐらいの、加えて何か苛立ちが込められたブラッシングを受けた後、飼い主サマの部屋によろよろと戻っていた。飼い主サマの居ない部屋はどこかガランとして、いつも騒がしい部屋の主が居ないとこうも雰囲気が変わるのかと思わずにいられなかった。断じて飼い主サマを恋しく思っているとかそういうものではない。決してそうじゃない。
人間の姿に戻り、わしゃわしゃと獣の耳をかくと、念入りにブラッシングされたせいかやたらサラサラと毛並みが整っていて何だか気分が悪くなった。
「くッそ…。帰ッてくるまであと何時間あンだよ…」
とにかくこのままじっとしていても仕方がないので、とっとと寝てしまおうと飼い主サマのベッドに寝転がって目を閉じていると、またこの部屋に近づいてくるヤツの足音が聞こえてきた。アイツしッつけえな!!! 今度はなンだよ!! もう寝ろよ!!
ともかくこの姿を見られる訳にはいかないので再び狼犬の姿になると、その後すぐに、当然だがノックも無しに寝衣の優男が部屋に入ってきた。優男はすぐにベッドから下りて距離を取ったオレをゆっくりと見て、ひとつため息をついた。
「お前、ここで寝るの?」
「…」
「別に構わないんだけどさ、今日はオレもここで寝るから」
「!!?」
な、なンだと!!? オメー自分の部屋があンだろ! ンで飼い主サマの部屋で寝る必要があンだよ!!!
ここで庭の檻に向かうのはオレが負けた気分になるので絶対に出てやらない。そう誓ったオレはフンと鼻を鳴らしてそのまま飼い主サマの部屋に腰を下ろした。絶対動かねえぞオレは。そもそもコイツもオレがいつも飼い主サマの部屋で寝てるのは知ってるだろ。
頑として動きを見せないオレを見て、優男はいつも通り涼しげな顔で飼い主サマのベッドに近付いた。しかし、ベッドに入る前にヤツは一瞬動きを止めて、飼い主サマのベッドをゆっくりと撫でたあと、オレの方を向いてこう言った。
「オレは気にならないからいいんだけどさ」
「…」
「同じオスだし、部屋出といた方がお前の為に良いと思うよ」
? 何言ッてンだコイツ。オレはコイツの言いたいことがわからなかったが、こちらが動く義理は無かったので、プイと男の居るベッドに背を向けてその場に蹲って眠る体制を取った。正直、この男と一夜を共にするなんて吐き気しかしないが、言うとおりに動くのはもっと癪だ。オレは飼い主サマの言うことしか聞かねえ。
そしてオレはこの時部屋から出て行けばよかったと、すぐ後に後悔することになる。
人の気配がする暗い部屋で、カチコチという時計の音を聞きながら眠れない時間をなんとかやり過ごそうと目を閉じていたオレだったが、先ほどから何か違和感を感じていた。
飼い主サマの匂いがする部屋にイケ好かない匂いが加わったことでただでさえ苛立ちを感じていたのだが、徐々にその匂いが妙に入り混じった色濃いものになっていったのだ。そして先ほどから男が眠る飼い主サマのベッドからくぐもった声もする。そして、オレはその正体を昔からよく知っている。
オレは嫌な汗と悪寒が止まらなかった。後ろを振り向きたくない。だが、いや、まさか、そんな。男が先ほど発した意味深な発言が今頃になって頭の中をリフレインする。
『同じオスだし、部屋出といた方がお前の為に良いと思うよ』
……冗談じゃねーぞ!!!
突然飼い主サマの馬鹿みたいな笑顔が脳裏をよぎった。世の中の汚えモンや悪いことを何一つ知らない、純粋で綺麗な存在。オレとは対極の、本来交わることの無かった人間。それが今、ひとりの男によって…―――
オレは後ろを振り返ったことを、これ程までに後悔したことはない。
「たっだいまー!」
「おかえり、真綾ちゃん」
えんそくから帰ってきたわたしを玄関で出迎えてくれたのはニコニコとほほ笑むセシルさんと、そして…―――
「は、はう? ワンくん? 珍しいね。ワンくんがお出迎えしてくれるなんて」
セシルさんの横で何やらげっそりと佇むワンくんだった。何だか左右にゆらゆら揺れていて、すごく疲れているみたいだった。…すいみんぶそく? ワンくんは弱々しくわん、と鳴いて鼻先でわたしの体をつんつんとつついた。寂しかったのかなあ、何だか甘えたさんだ。しゃがみこんで、頭を撫でてあげると珍しく大人しく黙ってされるがままだった。疑問に思いながらも、セシルさんにお家に上がるように言われたので、靴を脱いで、ぴったりとくっついたまんまのワンくんを引きずりながらリビングに向かった。
「はいっ。京都土産です! セシルさん、ワンくんのお世話ありがとう!」
「どういたしまして。…入浴剤と、わー、八ツ橋だ。美味しそうだね」
「入浴剤は露天風呂で有名な旅館で買ったものなの! あとあと、お店で食べたパフェにこの八ツ橋が乗っててすっごく美味しかったんだぁ」
「へえ、オレも行ってみたいな。真綾ちゃん、オレとも今度一緒に京都行こう。その時に案内してくれる?」
「もちろんだよ!!」
そんな風に、ソファに座って京都えんそくの感想をわたしが話してセシルさんが聞いてくれるというやりとりをしていると、ずっとわたしの足元にくっついていたワンくんがソファに上ってきて、その大きな体を安定させながら、良い位置を見つけたのか、大きな体を落ちつけて、わたしの膝に頭を乗せた。わたしはワンくんのあまりにも未だかつて見たことがないほどの甘えたさんっぷりに驚きを隠せずに、会話を中断して膝にあるワンくんの顔をまじまじと眺めてしまった。ワンくんはこちらをチラリとも見ずに、ただ目を閉じて身を落ち着かせている。
「……」
「…真綾ちゃん」
「…は、はい! ご、ごめんね。どこまでお話したっけ」
「今日一緒にお風呂入ろうか。この入浴剤、一緒に試そうよ」
「はう? い、一緒に? …っは、はううう!? ワンくん!? 突然立ち上がらないでよう! お、重いいいい」
セシルさんからお風呂のお誘いをされた途端、ワンくんがかっと鋭い目を見開いて突然わたしの上に乗っかかって、視界をふさいだ。はううう何も見えないいいい重いいいいい。
「重いからどいてえええ」と訴えけれど、ワンくんは聞き耳持たずで解放してくれない。それどころか、更にくっついてきて悪化したぐらいだ。な、何なのおお。何とか目の前にいるワンくんと目を合わせると、わたしを射抜くんじゃないかと思うぐらいまっすぐに見つめてきた。お、おなかすいてるのかな。
「ご、ごめんセシルさん。ちょっと荷物置きに行くついでにワンくんにもお土産渡してくるー。ペット用のおやつも買ってきたんだー」
「そっか。…じゃあまた後でね」
「う、うん!」
そうわたしがセシルさんに伝えると、ワンくんはすぐにソファから飛び降り、先に部屋へと向かう階段の前に止まってわたしを待っていた。ワンくんがわたしを待つだなんて普段ならあり得ないことなので、思わず「本当にこれワンくん…?」と疑ってしまった。ごめんね。




