ちゃぷたーⅢ 幼女、オオカミ男を意識する
その夜、わたし達は京都でお泊りえんそくということで、お家に帰ることは無く、普段はめったに感じることのできない雰囲気の、ええと、まさに、わ、ワビサビ! が感じられるお宿にお世話になることになった。気持ちのいーい露天風呂があると有名な旅館らしく、やっぱり皆が全員いっきにお風呂お風呂と駆け込むのはよろしくないということで、順番制になり、グループで20分の露天風呂タイムが与えられた。
今か今かとその時をお部屋で待ち受けていたわたし達は、自分達の番がやっと回ってきて、るんるんと露天風呂に向かった。ちょっと遅めの順番だったからか、露天風呂に入っている他のお客さんは居なくて、いわゆる、ええと、かしきり状態だった。
「わ~、広くて綺麗なお風呂だね~!」
「まーやちゃん、お湯がちょっと熱めだから気をつけてね」
「うん! ありがと、かなんちゃん」
体を洗ったあと、露天風呂に向かうと、既にかなんちゃんがお風呂に浸かっていた。お湯加減を教えてくれたので、ゆっくりと足をつけて、徐々に体をお湯の中に沈ませていくと、ぽかぽかと暖かいお湯が一日歩き続けた体を癒してくれた。前を見ると、綺麗な夜の京都の町が全部見えて、ああこういうのが風情っていうんだなあっとしあわせな気持ちになった。お父さんとセシルさん、ワンくんにも見せてあげたいなあ・・・。
だんだん体の奥からほてってきたような感覚が広がって、もうわたしは露天風呂のとりこになっていた。
「はう~ごくらくごくらくぅ~」
「ふふっ、まーやちゃんおばあちゃんみたい」
「もうおばあちゃんになってもいい~」
あと10分かーと時間を確認していると、室内のお風呂に入っていたハルカちゃんと聖羅ちゃんがわたし達を探していたようで、「あたし達も一緒していーい?」とわたし達のいる露天風呂にやってきた。
「もちろんだよ! はいってはいって!」
「わーい。お邪魔します。・・・はー、気持ちいいねー」
ハルカちゃんと聖羅ちゃんが加わって、今日のことを楽しくお話していると、突然聖羅ちゃんがニマニマと笑って「ねえねえ」と新しい話題を切り出した。
「まあやちゃん、かなんちゃん。ずーっと聞きたかったんだけど、二人とも好きなひととか居るの?」
「・・・はう? す、すき?」
「?」
「あっ! ハルカもそれ聞きたーい!」
こ、これは恋バナというやつだろうか・・・! ハルカちゃんと聖羅ちゃんは目を輝かせてわたしとかなんちゃんをじーーっと期待の眼差しで見つめていた。は、はう。
「い、居ないよぉ。そういうの、まだよくわからないし・・・」
「えー!!? じゃあいつも一緒に登校してる王子様みたいにカッコイイ男のひとはー!?」
「はう? せ、セシルさんのこと?」
わたしはセシルさんの顔を思い浮かべた。怒るとちょっとこわいけど、いつも優しいセシルさん。確かにハルカちゃんが言ってたみたいに、絵本に出てくる王子様みたいに格好良くて・・・でも。
「セシルさんは、かぞく」
「・・・へ!? まあやちゃん気は確か!!?」
「は、はうっ!!?」
なぜか突然興奮した聖羅ちゃんが目を丸くしてわたしの肩をがっちりと掴んだと思うと、がくがくとわたしを前後に揺さぶった。は、はううううう!!?
「あんっなイケメンが近くに居るのにかぞくぅ!!? あ、あり得ない!! なんで!? 意識したことないの!?」
「あばばばばせせせ聖羅ちゃ、はうううはうううう」
「そうだよ! ハッ! もしかしてまあやちゃん年の差を気にしてる!? 今はそんなことを気にする時代じゃないよ!? ピチピチギャルがおじいちゃんと結婚する時代だよ!?」
「そそそそそうじゃなくてえええ、あああ目があああ」
「聖羅ちゃん、ハルカちゃん。そろそろまーやちゃんがリバースしちゃう」
今日たくさん食べたパフェがお口からコンニチハする前に、かなんちゃんが興奮した聖羅ちゃんとハルカちゃんに声をかけてくれたおかげで、なんとかそそうをせずに済んだ。あ、危なかった・・・。
聖羅ちゃんとハルカちゃんは気を取り戻したのか、わたしに「ご、ごめんね! だいじょうぶ?」と心配して声をかけてくれた。
「う、うん。ちょっとびっくりしただけだよ。気にしないで! かなんちゃんもありがとー」
「どういたしまして」
「本当にごめんね! でも、本当に信じられなくて・・・。てっきりあたし達、まあやちゃんとあの男の人、お付き合いしてるのかと思ってたの。ね、聖羅ちゃん」
「うん、いつも仲良さそうだし。恋人みたいだったよ」
「え、ええ?」
そういう風に思われていたなんてこっちの方がびっくりだ。セシルさんとわたしが恋人という想像がつくなくて、うーんうーんと考え込んでいると、セシルさんの隣に立っていて絵になる人物がひとり浮かんだ。
「セシルさんには、凛さんみたいなひとがぴったりなんじゃないかなあ」
「凛さん? ・・・ってもしかして、学校前でいつも合流してる綺麗な女のひとのこと?」
「そう! とーっても綺麗で賢くて優しくて・・・。絵本に出てくるお姫様みたいなひと。セシルさんと並ぶとすっごく絵になるんだぁ。たまに見惚れちゃうくらいだもん」
「た、確かに。あの二人が揃ってるのを見るとなんとなくしっくり来る様な・・・。というか型にはまりすぎて違和感がないというか・・・?」
「お似合いってことだよ! ぜったい!」
セシルさんと凛さん。絵本から出てきた王子さまとお姫さまの様だった。それをセシルさんに言ったことは無かったけれど、凛さんと二人だけでお話したとき、緊張してしまってそのことを凛さんにお話ししてしまったことがある。それを聞いた凛さんは、いつもクールな表情を少し驚きに変えて、ちょっと戸惑った様子を見せたあと、緩く微笑んで「ありがとう」と頭を優しく撫でてくれた。
そのときのことをにやにやと思いだしていると、ハルカちゃんがわたしに再び質問した。
「じゃあ、まあやちゃんが今気になってるひととか居ないの?」
「気になってるひと?」
「その人のことをいつも考えちゃう~とか、その人の為に何か特別なことをしてあげたいとか」
「? は、はう?」
「う~ん。これじゃ当てはまる人が多すぎるか・・・。ハルカちゃん、何か良い例えない?」
「この人に触りたいとか、触れてほしいとか? 簡単に言うと、ちゅーとかしたい相手!」
「はう!!? ちゅー!!?」
触りたい・触れてほしい・ちゅーしたい。この3つが当てはまる気になる人物? ええええ。そんなの考えたこともなかった・・・。かなんちゃんは黙ってわたしを見ているけれど、聖羅ちゃんとハルカちゃんは絶対に答えてねと目が言ってる。こわひ。
集中するために目を瞑ってその“気になる人物”が居るかどうか考えていると、出てきたのはグルグルと唸って吠える愛犬ウルフドッグ、ワンくんだった。いやいやいや、確かに色んな意味で気になる存在ではあるけれども! わしゃわしゃと手を振ってワンくんの映像を想像で打ち消して再び考えこむと、現れたのは悪態をつく、―――ヒト型のワンくんだった。
!!? いやいやいや! これもちがう! ぜったいちがう! だってヒトになったワンくんはお友達だもん! そういうのとはちがうもん! べ、別にそんな風に考えたことないもん。好きになる人のタイプとかまだよく分からないけど、いじわるなのはやだもん・・・。あ、でもワンくんていじわるだけど、それは照れ隠しで本当は優しいところもあるんだよね。それに意外と繊細で寂しがり屋さんだし、ちょっと甘えたさんだし・・・。
でも、「あの時」のワン君、カッコよかっ・・・・
「まあやちゃん、顔真っ赤っか」
「・・・なーんか追及しすぎちゃったかな。これぐらいにしといてやるかー。ねえ、かなんちゃんはどうなの? お嬢様だし、それなりの出会いが!!」
「まーやちゃんが好き」
「え」
ケロリと答えたかなんちゃんの発言内容に、聖羅ちゃん・ハルカちゃん・わたしの動きはピタリと止まった。え、え? わたしはただでさえ熱くなっていた頭がさらに沸騰していくのを感じた。
「あ、あの、かなんちゃん。それは」
「もちろん、聖羅ちゃんとハルカちゃんも好き」
「・・・はう!? そ、そうだよね! そういう意味だよね!!」
「? どうしたの? ゆでダコみたいになってるよまーやちゃん」
わたしはゆでダコと言われた顔をぱたぱたと手で仰いで熱と気を落ち着かせていると、かなんちゃんの発言に苦笑した聖羅ちゃんがボソっと意味深に呟いたのが聞こえた。
「かなんちゃんが一番わかってなかった・・・」
わたしもそうおもう。
いつの間にかお風呂の時間が過ぎていたのか、先生が呼びに来たのでわたし達は急いで体を上がって露天風呂を出た。それからも悪態をつくワンくんの顔が浮かんでは消えてを繰り返して、わたしの体の熱は大忙しだった。はうう、もうううなんなのようううう。
・・・いまごろ、ワンくん。何してるのかなぁ。




