↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神のサイコロ Another  作者: Kiyo
第一幕

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/19

第9話 神への反抗

 人間は理不尽が嫌いだ。


 理由が欲しい。


 原因が欲しい。


 納得したい。


 だから事故には過失を探す。


 病気には病名を探す。


 失敗には理由を探す。


 理由があれば受け入れられるからだ。


 だが。


 世の中には理由のない出来事がある。


 少なくとも人間には理解できない出来事が。


 森本明は、それを許せなかった。


     ◇


 高校一年の冬。


 明はまだリハビリを続けていた。


 朝五時。


 目覚ましが鳴る。


 起きる。


 洗顔する。


 机に向かう。


 右手を動かす。


 毎日同じだった。


 指を曲げる。


 伸ばす。


 握る。


 開く。


 百回。


 二百回。


 三百回。


 終わる頃には額に汗が浮いている。


 だが。


 変化はない。


 ほとんど。


 何も。


 それでも続ける。


 やめる理由がなかった。


 いや。


 やめたくなかった。


     ◇


 学校では優等生だった。


 成績は上位。


 教師からの評価も高い。


 友人関係も悪くない。


 客観的に見れば順調だった。


 だが本人は違った。


 全部が代用品だった。


 本当に欲しかったものではない。


 誰かに別の人生を渡された気分だった。


 放課後。


 教室で問題集を解いていると、友人の佐伯が言った。


「お前さ」


「ん?」


「なんでそんな勉強してるの?」


「なんでって」


「東大でも行くの?」


「行かない」


「じゃあ何」


 明はペンを止めた。


 考える。


 答えは簡単だった。


「分からない」


「なんだそれ」


「本当に分からない」


 佐伯は笑った。


 明も笑った。


 だが。


 本当に分からなかった。


 勉強している理由も。


 頑張る理由も。


 未来も。


 全部。


     ◇


 夜。


 自室。


 机の引き出しを開ける。


 古い新聞記事が出てくる。


 十歳のコンクール優勝。


 写真付き。


 笑っている自分。


 見慣れた顔。


 知らない顔。


 両方だった。


 明は記事を読み返す。


 何度目か分からない。


「未来の巨匠」


 その文字を見て笑った。


 自嘲だった。


 未来の巨匠。


 未来の。


 未来。


(未来ね)


 呟く。


 未来は来なかった。


 少なくとも。


 あの記事が約束していた未来は。


     ◇


 その時だった。


 スマートフォンが鳴った。


 高柳だった。


『久しぶりね』


「お久しぶりです」


『元気?』


「まあ」


 嘘だった。


 高柳も気づいている。


 だが追及しない。


 優しさだった。


『最近どう?』


「変わらないです」


『手も?』


「変わらないです」


 少し沈黙。


 高柳が言った。


『明くん』


「はい」


『怒らないで聞いてね』


「またそれですか」


『大事だから』


 笑う声。


 少しだけ昔に戻った気がした。


『もし』


「はい」


『もし本当に治らなかったらどうする?』


 またその質問だった。


 明は窓の外を見る。


 街灯が光っている。


 静かな夜だった。


「分かりません」


『そう』


「でも」


『うん』


「治します」


 即答だった。


『根拠は?』


「ないです」


『医者は?』


「分からないって言ってます」


『現状は?』


「最悪です」


『それでも?』


「それでも」


 高柳は少し笑った。


 優しい笑いだった。


『どうして?』


 明は考える。


 初めてだった。


 なぜ諦めないのか。


 言葉にしたことがなかった。


 そして。


 ようやく気づいた。


「腹が立つんです」


『何に?』


「全部です」


 声が低くなる。


「病気にも」


「運命にも」


「神様にも」


 高柳は黙って聞いていた。


「なんで俺なのか分からない」


「理由もない」


「説明もない」


「納得できない」


 呼吸が少し荒くなる。


「だから」


『だから?』


「認めたくないんです」


 沈黙。


 長い沈黙だった。


 やがて高柳が小さく言った。


『そう』


「はい」


『それでいいと思う』


 意外な答えだった。


「いいんですか?」


『ええ』


「でも諦めろって言う人もいます」


『いるでしょうね』


「現実を見ろって」


『それも正しい』


「じゃあ」


『でもね』


 高柳が言葉を重ねる。


『人間って、理屈だけで生きてないのよ』


 明は黙った。


『諦められないなら、それも立派な理由』


 電話が終わる頃。


 明は少しだけ楽になっていた。


     ◇


 同じ頃。


 山畑裕英はゲームセンターにいた。


「終わった」


 クレーンゲームを見て言う。


「絶対無理」


 友人も頷く。


「無理だな」


 景品は奥にある。


 誰が見ても取れない。


 だが。


 一回目。


 偶然引っかかった。


 二回目。


 偶然ずれた。


 三回目。


 落ちた。


 友人が叫ぶ。


「なんでだよ!」


「知らん」


 本当に知らない。


 裕英も驚いている。


 だが。


 これが彼の人生だった。


 理由のない幸運。


 何度も。


 何度も。


 何度も。


     ◇


 一方。


 前田典子は生徒会室にいた。


 後輩が相談している。


 恋愛相談だった。


「どう思いますか?」


 典子は少し考える。


 本音なら簡単だった。


 やめた方がいい。


 相手は脈がない。


 傷つくだけ。


 だが。


 そう言わない。


「一回話してみたら?」


 後輩の顔が明るくなる。


「そうですよね!」


 典子は微笑んだ。


 また嘘だった。


 優しい嘘。


 残酷な嘘。


 境界は曖昧だった。


     ◇


 三人の人生は進んでいた。


 それぞれ違う方向へ。


 明は運命に反抗している。


 裕英は運命に守られている。


 典子は運命を利用している。


 まだ出会わない。


 だが。


 少しずつ近づいていた。


 見えない糸に引かれるように。


 あるいは。


 誰かが盤上の駒を並べるように。


 静かに。


 確実に。


【第10話 神への服従 へ続く】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。