第7話 勝者
努力が報われるとは限らない。
だが、努力しなかった人間が成功すると、人は妙に腹を立てる。
それは不公平だからだ。
少なくとも、そう見えるからだ。
山畑裕英は、その不公平の中心にいた。
本人はまったく自覚していなかったが。
◇
高校生活が始まった。
桜が咲いていた。
新しい制服。
新しい教室。
新しい人間関係。
世の中には高校デビューという言葉がある。
裕英は何も変わらなかった。
勉強は普通以下。
運動も普通以下。
顔も普通。
身長も普通。
特技なし。
夢なし。
志なし。
本人曰く。
「俺って薄味だよな」
友人は笑った。
「お前、それ自分で言うなよ」
「でも事実だろ」
「まあな」
「ひどくね?」
「いや、お前だから許される」
裕英も笑った。
怒らない。
気にしない。
深刻にならない。
それが彼の強みだった。
◇
入学から一か月。
クラス委員を決めることになった。
誰も手を挙げない。
教師が困っている。
「誰かいないかー」
静かだった。
皆、目を逸らす。
人は責任を嫌う。
昔からそうだ。
ピラミッドを作る時も。
城を建てる時も。
会議の司会を決める時も。
基本的には同じである。
すると。
「山畑でいいんじゃね?」
誰かが言った。
「確かに」
「山畑なら文句言わなそう」
「それな」
話がまとまった。
裕英は驚いた。
「え、俺?」
「頑張れ」
「いや待て」
「決定」
拍手が起きた。
教師も頷く。
裕英は諦めた。
「まあ、いいけど」
こういうことがよくあった。
目立つわけではない。
だが嫌われない。
だから押し付けられる。
不思議な立ち位置だった。
◇
そして。
事件はその年の夏に起きた。
正確には事件というほどでもない。
だが裕英の人生を大きく変える出来事だった。
◇
その日。
野球部の補欠が足りなくなった。
練習試合だった。
部員の一人が熱を出した。
「誰かいないか?」
顧問が探している。
そしてなぜか。
「山畑、暇だろ?」
友人が言った。
「暇だけど」
「行け」
「なんで」
「人数足りないらしい」
結果。
裕英は助っ人として参加することになった。
ちなみに野球経験はほぼない。
小学生の時に少し遊んだ程度だ。
「俺で大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない」
顧問は即答した。
「でも人数が足りない」
「ですよね」
裕英は納得した。
◇
試合が始まる。
当然ながら活躍しない。
三振。
フライ。
エラー。
散々だった。
ベンチも期待していない。
本人もしていない。
問題は最終回だった。
二死満塁。
同点。
裕英の打順。
「なんでだよ」
本人が一番困った。
相手投手は速球派だった。
怖い。
当たる気がしない。
応援も少し静かだった。
皆、諦めている。
裕英も諦めていた。
そして。
打った。
いや。
正確には当たった。
目を閉じて振ったバットに。
ボールが。
偶然。
当たった。
しかも。
高く上がった。
風が吹いた。
強かった。
外野手が見失う。
落ちる。
誰もいない場所へ。
走者が帰る。
逆転。
試合終了。
◇
グラウンドが騒然となった。
「なんだ今の!」
「持ってる!」
「すげえ!」
裕英は首を傾げた。
「そうか?」
本人は分かっている。
まぐれだった。
百パーセント。
だが周囲は違う。
人は結果を見る。
過程ではなく。
努力ではなく。
結果を。
だから英雄になった。
一日だけ。
◇
翌週。
学校中で噂になった。
奇跡の一打。
逆転打。
勝利の男。
色々言われた。
裕英は困惑していた。
「違うんだけどな」
本当にそう思っていた。
だが誰も信じない。
成功した人間が謙遜しているように見えるからだ。
「いやいや」
「またまた」
「持ってる奴は言うこと違うな」
違う。
本当に違う。
だが説明できない。
人生には説明できないことがある。
裕英自身が一番知っていた。
◇
その頃。
森本明は高校受験に向けて勉強していた。
机に向かう。
問題集を解く。
成績は良かった。
元々頭は良い。
だが。
満たされない。
目標がないからだ。
かつてはあった。
明確に。
ピアニスト。
その言葉だけで十分だった。
今は違う。
進学。
就職。
社会人。
全部ぼんやりしている。
地図のない旅だった。
◇
一方。
前田典子は文化祭実行委員長になっていた。
本人の意思ではない。
また推薦だった。
「前田しかいない」
皆そう言う。
典子は思う。
(本当にそうかな)
だが。
実際にやると上手くいく。
人が動く。
協力する。
問題が解決する。
だから余計に断れなくなる。
期待とは不思議なものだ。
応援にもなる。
重荷にもなる。
森本明が失ったもの。
前田典子が背負っているもの。
実は似ていた。
まだ誰も気づいていないだけで。
◇
秋になる。
裕英は校庭で空を見上げていた。
雲が流れている。
のんびりしていた。
「お前さ」
友人が言う。
「将来どうすんの?」
「知らん」
「知らんって」
「何とかなるだろ」
友人は笑った。
「お前らしいな」
裕英も笑った。
何とかなる。
根拠はない。
だがこれまで何とかなってきた。
だからそう思う。
楽観ではない。
経験則だった。
◇
ただ。
人生は残酷だ。
幸運な人間ほど知らない。
運が永遠ではないことを。
勝者であり続けることが、どれほど難しいかを。
そのことを。
山畑裕英はまだ知らない。
知る日が来る。
遠くない未来に。
嫌でも。
思い知ることになる。
【第8話 嘘 へ続く】




