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神のサイコロ Another  作者: Kiyo
第一幕 運否天賦

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20/22

最終話 盤上の神々

 死は終わりではなかった。


 少なくとも。


 森本明が目を開いた時、そう理解した。


     ◇


 最初に見えたのは白だった。


 天国のような雲ではない。


 神秘的な光でもない。


 ただ白い空間。


 果てが見えない。


 上も下も分からない。


 壁もない。


 時間もない。


 奇妙な場所だった。


     ◇


(ここは)


 声に出したつもりだった。


 だが声は聞こえない。


 代わりに。


 考えたことがそのまま広がる。


 言葉より速く。


 意味だけが伝わる。


 不思議な感覚だった。


     ◇


 そして。


 前方に人影が現れた。


 老人だった。


 白髪。


 穏やかな顔。


 どこにでもいそうな老人。


 だが。


 目だけが違った。


 途方もなく長い時間を見てきた目だった。


     ◇


『ようこそ』


 言葉ではなかった。


 意味だった。


 直接頭へ流れ込んでくる。


『森本明』


 老人は微笑む。


『人生はどうだった』


 明は考える。


 長い人生だった。


 苦しかった。


 楽しかった。


 理不尽だった。


 幸せでもあった。


 答えは簡単だった。


(分からない)


 老人は笑った。


 まるで予想していたように。


     ◇


『皆そう言う』


 老人は振り返った。


 その先に。


 巨大な盤面があった。


 人生ゲームだった。


 ただし。


 子供向けの玩具ではない。


 果てが見えない。


 無数のマス。


 無数の道。


 無数の分岐。


 そして。


 無数の駒。


     ◇


 明は息を呑んだ。


 その駒は人だった。


 いや。


 人の人生だった。


 生まれる。


 進む。


 転ぶ。


 笑う。


 泣く。


 死ぬ。


 全てが盤上で動いている。


 数え切れないほど。


     ◇


(何だこれは)


『人生だ』


 老人が答える。


『君たちが生きていた世界』


(誰が動かしている)


 老人は少しだけ困った顔をした。


 そして。


 言った。


『君たちだ』


     ◇


 意味が分からなかった。


(俺たち?)


『そう』


 老人は頷く。


『寿命を迎えた者は次の盤面へ移る』


『そして次に生まれる人間たちを見守る』


(神……)


『人間はそう呼ぶ』


 明は言葉を失った。


     ◇


 その時だった。


 別の気配が現れる。


 振り向く。


 山畑裕英だった。


「……は?」


 死んだはずだった。


 だがいる。


 いつもの顔で。


 いつもの間抜けな顔で。


「森本?」


 互いに固まる。


 数秒。


「死んだよな?」


「死にましたね」


「だよな」


「だと思います」


 そして。


 二人同時に。


「何これ?」


 と言った。


     ◇


 さらに。


 前田典子も現れた。


 周囲を見回す。


 状況を理解しようとする。


 数十秒後。


「最悪」


 第一声がそれだった。


 裕英が笑う。


「らしいな」


「死んでも働かされるの?」


「かもしれない」


「最低」


 典子は本気で嫌そうだった。


     ◇


 老人は楽しそうだった。


『君たちは次の担当になる』


(担当?)


『新しい人生たちの』


 盤面が光る。


 無数の光点。


 新たな命。


 これから生まれる人間たち。


 まだ何も知らない。


 まだ何者でもない。


 ただ存在だけがある。


     ◇


『才能を与える者』


 老人が明を見る。


『運を与える者』


 裕英を見る。


『選択を与える者』


 典子を見る。


 それぞれが担当する。


 それぞれの人生を。


     ◇


「待ってくれ」


 明が言う。


 初めて。


 強い口調だった。


(じゃあ)


 盤面を見る。


(俺の人生も誰かが決めたのか)


 老人は答えない。


 沈黙だけがある。


 それが答えだった。


     ◇


 明は拳を握る。


 怒りだった。


 若い頃の。


 失った頃の。


 あの怒り。


(ふざけるな)


 才能を奪われた。


 未来を奪われた。


 苦しんだ。


 絶望した。


 十年以上。


 いや。


 何十年も。


     ◇


『本当に奪われたのか?』


 老人が静かに問う。


 明は言葉を失う。


『君は最後にピアノを弾いた』


『友人もいた』


『家族もいた』


『笑った』


『泣いた』


『生きた』


 静かな声だった。


 だが。


 否定できなかった。


     ◇


『人生は結果だけではない』


 老人は言う。


『道そのものだ』


 明は黙った。


 裕英も。


 典子も。


 誰も話さない。


     ◇


 長い沈黙の後。


 裕英が言った。


「なあ」


 全員が見る。


「つまり」


 少し考えて。


「俺たち神様?」


 老人は笑った。


『そうとも言う』


「マジか」


 裕英は頭を掻いた。


「責任重大だな」


 本当にそうだった。


     ◇


 その時。


 盤面の奥で光が生まれた。


 新しい命だった。


 一人。


 また一人。


 また一人。


 無数に。


 世界へ降りていく。


 新しい人生。


 新しい物語。


 新しい苦しみ。


 新しい幸福。


     ◇


 そして。


 森本明は気づく。


 盤面のさらに向こう。


 もっと高い場所に。


 誰かがいる。


     ◇


 見えない。


 顔も分からない。


 姿もない。


 ただ。


 確かに感じる。


 視線だけが。


 こちらを見ている。


     ◇


(まさか)


 老人は何も言わない。


 だが。


 微笑んでいた。


     ◇


 その瞬間。


 明は理解した。


 終わっていない。


 ここもまた盤上だ。


 神だと思っていた自分たちも。


 駒なのだ。


 さらに大きな盤面の。


 さらに大きな人生ゲームの。


     ◇


 誰もゴールを知らない。


 神ですら。


 神を見下ろす何かがいる。


 その上にも。


 さらに上にも。


 どこまでも。


 無限に。


     ◇


 人生は続く。


 死んでも。


 終わらない。


 駒は進む。


 盤面は広がる。


 サイコロは振られる。


 誰の意思かも分からないまま。


     ◇


 そして今日もまた。


 一人の赤子が生まれる。


 泣き声を上げる。


 何も知らずに。


 自分が駒であることも。


 神がいることも。


 その神ですら駒であることも。


 知らないまま。


     ◇


 だが。


 それでいいのかもしれない。


 知らないから歩ける。


 分からないから生きられる。


 未来が見えないから。


 人はサイコロを振る。


     ◇


 そして盤上のどこかで。


 新しい物語が始まる。


 また。


 何度でも。


 永遠に。


 終わりなく。


⸻


『神のサイコロ 第1幕』 完


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