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神のサイコロ Another  作者: Kiyo
第一幕 運否天賦

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15/23

第15話 賭け

 人は誰でも賭けをしている。


 株や競馬の話ではない。


 もっと日常的なものだ。


 勉強を頑張れば報われる。


 この会社に入れば幸せになれる。


 この人と結婚すれば大丈夫。


 そう信じて選ぶ。


 未来に賭けている。


 結果が分かっているなら、それは賭けではない。


 分からないから賭けなのだ。


     ◇


 大学二年の冬。


 三人は以前より頻繁に顔を合わせるようになっていた。


 理由は単純だった。


 居心地が良かった。


 明は無理に明るく振る舞わなくて済む。


 裕英は気を遣わなくて済む。


 典子は期待されなくて済む。


 珍しい関係だった。


 友人。


 と言えば友人。


 だが少し違う。


 どこか距離がある。


 その距離が心地良かった。


     ◇


 その日も大学近くの喫茶店にいた。


 チェーン店ではない。


 個人経営。


 古い木のテーブル。


 静かなジャズ。


 客も少ない。


 典子のお気に入りだった。


「ここ落ち着くな」


 裕英が言う。


「うるさい人来ないから」


 典子が答える。


「俺のこと?」


「少し」


「ひどい」


 笑いが起きる。


 いつもの流れだった。


     ◇


 しばらく雑談が続く。


 講義。


 アルバイト。


 サークル。


 他愛もない話。


 だが。


 話題は自然と将来へ移った。


「就活どうする?」


 裕英が聞く。


 典子は即答した。


「法科大学院」


「やっぱり」


「たぶん」


「またたぶんだ」


 典子は笑う。


「絶対って言葉好きじゃないから」


 明はコーヒーを飲んでいた。


「森本は?」


 裕英が聞く。


 明は少し考える。


「まだ分からない」


 本音だった。


 経済学は嫌いじゃない。


 成績も悪くない。


 だが。


 情熱はない。


 人生の本命ではないからだ。


「お前、本当に分からないな」


 裕英が苦笑する。


「そうかも」


「俺より分からない」


「それはない」


「ある」


 また笑いが起きる。


     ◇


 だが。


 ふと。


 典子が真面目な顔になった。


「ねえ」


「ん?」


「二人は人生って何で決まると思う?」


 裕英が笑う。


「急だな」


「急じゃないよ」


 典子はストローを回しながら言う。


「最近考えるの」


 沈黙。


 先に答えたのは明だった。


「才能」


 即答だった。


 自分でも驚くほど。


 迷いがなかった。


「やっぱり」


 典子が言う。


 予想していたらしい。


 明は続けた。


「才能がある人間は有利です」


「うん」


「努力も大事です」


「うん」


「でも才能がなければ届かない場所もあります」


 静かな声だった。


 だが。


 重かった。


 経験が乗っていた。


 失った人間だけが持つ重さが。


     ◇


 裕英は少し考えた。


 そして言う。


「俺は運かな」


 典子が笑う。


「それも予想通り」


「だろ?」


「だろじゃない」


 裕英は肩をすくめた。


「だってそうじゃん」


「そう?」


「俺、才能ないし」


 明は黙っている。


「でも何とかなってきた」


「確かに」


「結局、運じゃない?」


 それも一理あった。


 少なくとも裕英の人生を見ていると。


 説得力がある。


     ◇


「前田は?」


 明が聞く。


 典子は少しだけ考えた。


 そして。


「選択かな」


 そう答えた。


 裕英が首を傾げる。


「選択?」


「うん」


「運でも才能でもなく?」


「うん」


 典子は窓の外を見る。


 冬の夕暮れだった。


「才能があっても失敗する人いる」


「いるな」


「運が良くても不幸な人いる」


「いる」


「でも」


 そこで言葉を切る。


「選んだのは本人だから」


 静かだった。


 明はその言葉を聞いていた。


 裕英も。


     ◇


「じゃあさ」


 裕英が言う。


「森本は才能を失ったけど」


 空気が止まる。


 言ってから気づいたらしい。


「あ」


「別にいいですよ」


 明は笑った。


 本当に怒ってはいなかった。


 昔なら違ったかもしれない。


 だが今は。


 少し違う。


「もし失ってなかったら」


 裕英が続ける。


「人生変わってた?」


 明は考える。


 長く。


 とても長く。


 そして。


「分からない」


 そう答えた。


 本心だった。


 昔なら即答していた。


 絶対変わっていた、と。


 だが今は違う。


「変わってたと思う」


 明は言う。


「でも」


「でも?」


「幸せだったかは分からない」


 典子が目を細める。


 裕英も黙る。


 それは以前の森本明なら言わなかった言葉だった。


     ◇


「山畑は?」


 今度は明が聞いた。


「運がなかったら?」


 裕英は笑った。


「終わってたな」


「即答」


「だって事実だろ」


 笑いが起きる。


 だが。


 半分は本音だった。


 裕英自身も気づいている。


 今の自分は運に支えられている。


 だから怖い。


 もしそれがなくなったら。


 何が残るのだろう。


     ◇


「前田は?」


 裕英が聞く。


「もし今の顔じゃなかったら」


「最低な質問だな」


 典子が笑う。


 だが怒らない。


「たぶん」


 少し考える。


「もっと苦労してた」


 正直だった。


 自分の容姿が人生に影響している。


 それくらい理解している。


「でも」


 典子は続けた。


「それでも何とかしたと思う」


「自信あるな」


「あるよ」


 その瞬間だけ。


 典子の目は強かった。


 初めて見る表情だった。


     ◇


 外は暗くなっていた。


 店内にはジャズが流れている。


 他の客はいない。


 三人だけ。


 不思議な時間だった。


「結局さ」


 裕英が言う。


「人生って賭けなんじゃない?」


 明が見る。


 典子も見る。


「賭け?」


「うん」


「どういう意味?」


「才能に賭ける人もいる」


 指を一本立てる。


「運に賭ける人もいる」


 二本目。


「選択に賭ける人もいる」


 三本目。


「でも結果は最後まで分からない」


 沈黙。


 誰も否定しなかった。


     ◇


 人生は賭け。


 その言葉は妙にしっくりきた。


 森本明は才能に賭けた。


 山畑裕英は運に守られた。


 前田典子は選択を信じた。


 そして。


 三人ともまだ答えを知らない。


 人生の途中だからだ。


 答えは最後にしか分からない。


 賭けの結果は。


 ゲームが終わるまで見えない。


     ◇


 その夜。


 三人はそれぞれ帰路についた。


 知らない。


 本当に知らない。


 ここから先。


 人生が大きく動き始めることを。


 大学という穏やかな時間が終わり。


 社会という巨大な盤面へ出ることを。


 そして。


 今夜交わした会話が。


 いつか自分たち自身を救う言葉になることを。


【第四章 死 第16話 崩壊 へ続く】

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