第13話 幸運
幸運とは何だろう。
努力の結果だろうか。
正しい選択の報酬だろうか。
それとも神様の気まぐれだろうか。
山畑裕英は、その答えを知らなかった。
ただ一つだけ知っている。
自分の人生には、説明のつかない偶然が多い。
それだけだった。
◇
大学一年の夏。
裕英は海外にいた。
もちろん自力ではない。
旅行券が当たったからだ。
抽選。
完全な偶然。
本人も周囲もそう思っている。
だが。
裕英の人生で「偶然」は少し多すぎた。
「すげえな」
空港で友人が言った。
「何が」
「海外だぞ」
「確かに」
「普通テンション上がるだろ」
「上がってるぞ」
「全然見えない」
裕英は笑った。
実際、嬉しかった。
ただ。
少し不思議だった。
いつもそうだ。
何か良いことが起きても。
どこか現実感がない。
まるで自分の人生じゃないみたいに。
◇
旅行先は台湾だった。
初めての海外。
街並みも。
匂いも。
言葉も。
全部違う。
それが面白かった。
裕英は一人で歩く。
地図も適当。
計画もない。
行き当たりばったり。
いつものことだった。
すると。
細い路地で迷った。
「終わった」
呟く。
言葉は分からない。
土地勘もない。
スマホの充電は残り三パーセント。
普通なら焦る。
だが。
その時。
「日本人?」
日本語が聞こえた。
振り向く。
日本人観光客だった。
しかも。
同じホテルに泊まっている人だった。
道を教えてもらう。
無事帰還。
裕英は礼を言った。
「助かりました」
「いやいや」
相手は笑う。
「偶然だね」
「本当に」
偶然だった。
たぶん。
◇
帰国後。
大学では後期授業が始まった。
裕英は相変わらずだった。
講義を受ける。
昼飯を食べる。
友人と話す。
特別な目標はない。
だが不思議と毎日は楽しかった。
その頃には。
明とも典子とも顔見知りになっていた。
三人で話すことも増えている。
もっとも。
友人グループというほどではない。
まだ微妙な距離感だった。
◇
ある日の昼休み。
学食。
三人が同じテーブルに座っていた。
「前田」
裕英が言う。
「ん?」
「モテるだろ」
典子は溜息をついた。
「その質問嫌い」
「図星か」
「そういう話じゃなくて」
明が苦笑する。
このやり取りも増えていた。
典子は続ける。
「モテるって便利じゃないんだよ」
「便利だろ」
「便利じゃない」
「便利だろ」
「だから違うって」
裕英は笑った。
典子も笑う。
明だけが少し考えていた。
(便利じゃない)
その言葉が妙に引っかかった。
◇
人は他人の持っているものを羨む。
才能。
容姿。
お金。
運。
だが。
本人にしか見えない苦労もある。
森本明は才能を失った。
だから知っている。
持っていることと幸せは別だ。
前田典子もまた知っている。
人から好かれることと、自分が満たされることは別だ。
そして。
山畑裕英だけがまだ知らない。
運の裏側を。
◇
秋。
大学近くの交差点。
雨だった。
かなり強い。
傘を持っていても濡れる。
裕英はコンビニから出てきた。
その時だった。
急ブレーキの音。
悲鳴。
振り向く。
自転車が転倒している。
車も止まっている。
危ない。
誰もがそう思った。
だが。
怪我人はいなかった。
ほんの数十センチ。
本当にそれだけ。
それで全てが変わっていた。
裕英は立ち尽くした。
妙な感覚だった。
(またか)
と思った。
自分じゃない。
だが似ていた。
人生が少しズレるだけで。
結果は大きく変わる。
◇
その夜。
珍しく眠れなかった。
天井を見上げる。
静かな部屋。
雨音だけが聞こえる。
(俺が事故に遭わないのも)
考える。
(たまたまなのかな)
答えは出ない。
だが。
初めて怖くなった。
今までは良かった。
運が良い。
それで済んだ。
しかし。
もし逆だったら。
もし運が悪かったら。
自分は何が残るんだろう。
◇
翌日。
大学。
明が本を読んでいた。
典子はスマホを見ている。
裕英は唐突に言った。
「なあ」
「何?」
典子が顔を上げる。
「人生って運だと思う?」
沈黙。
典子が笑った。
「急だね」
「ちょっと気になって」
明は本を閉じた。
「半分は運だと思います」
「半分?」
「残り半分は選択です」
裕英は考える。
「前田は?」
「私は三割くらい」
「少ないな」
「運だけじゃ人は動かないから」
裕英は納得したような、していないような顔をした。
そして。
「俺は八割かな」
そう言った。
二人は少し驚いた。
「そんなに?」
典子が聞く。
裕英は笑った。
「だって俺、才能ないし」
軽く言った。
本当に軽く。
だが。
明はその言葉を聞いていた。
静かに。
じっと。
◇
才能がある人間。
運がある人間。
どちらが幸せなのだろう。
答えはまだない。
三人とも持っていない。
ただ。
少しずつ。
それぞれの価値観が形になり始めていた。
そして。
価値観は時として。
人生そのものより残酷な衝突を生む。
【第14話 操縦者 へ続く】




