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神のサイコロ Another  作者: Kiyo
第一幕

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12/19

第12話 才能

 才能とは何だろう。


 努力を続けた結果だろうか。


 生まれ持った資質だろうか。


 環境だろうか。


 運だろうか。


 たぶん、その全部だ。


 そして厄介なことに。


 才能を持つ人間ほど、その正体を知らない。


 呼吸と同じだからだ。


 失うまでは。


     ◇


 大学生活が始まって二か月。


 森本明は少しずつ周囲に馴染んでいた。


 友人もできた。


 講義にも慣れた。


 アルバイトも始めた。


 表面的には順調だった。


 誰が見ても。


 本人以外は。


     ◇


 ある日の講義後。


 裕英が声を掛けてきた。


「飯行かない?」


「いいですよ」


「奢らないけど」


「期待してません」


「ひどいな」


 二人は学食へ向かった。


 窓際の席。


 昼時は過ぎている。


 人は少ない。


「森本ってさ」


 裕英が言う。


「頭いいよな」


「普通です」


「それ優等生が言うやつ」


「本当に普通です」


「俺からしたら異常」


 裕英は笑った。


 明も少し笑う。


 だが。


 その言葉に違和感が残った。


 頭がいい。


 そう言われても嬉しくない。


 昔なら嬉しかったかもしれない。


 だが今は違う。


 頭が良いのは代用品だった。


 失ったものの代わり。


 それだけだった。


     ◇


「森本」


「はい」


「昔なんかやってた?」


 明の箸が止まった。


 嫌な勘だった。


「なんでですか」


「いや」


 裕英は首を傾げる。


「時々さ」


「うん」


「終わった人みたいな顔するから」


 明は思わず笑った。


「ひどいですね」


「だろ?」


「自覚あるんですね」


「ある」


 二人は笑った。


 だが。


 裕英の言葉は当たっていた。


 終わった人。


 まさにその通りだった。


 夢が終わった人。


 未来が終わった人。


 明はそれを隠して生きている。


     ◇


 その夜。


 部屋に帰る。


 参考書を開く。


 だが集中できない。


 裕英の言葉が頭に残っていた。


(終わった人か)


 否定できない。


 むしろ正確だった。


 明は立ち上がる。


 クローゼットを開く。


 奥から箱を取り出す。


 古い楽譜。


 コンクールの賞状。


 新聞記事。


 全部しまってある。


 見ないようにしていた。


 見ると苦しくなるからだ。


 だが。


 今日は見た。


 久しぶりに。


 写真の中の自分が笑っている。


 自信に満ちている。


 未来を信じている。


 まるで別人だった。


     ◇


(何で俺だったんだろう)


 久しぶりに思った。


 高校時代ほどではない。


 昔ほど苦しくもない。


 だが消えてはいない。


 傷跡みたいに残っている。


 もし。


 本当にもし。


 あの日、指が動かなくならなかったら。


 今頃どうしていただろう。


 音大か。


 海外か。


 コンクールか。


 考えても意味はない。


 だが人間は考える。


 失った未来ほど美しく見えるからだ。


     ◇


 翌週。


 経済学部合同ゼミ説明会があった。


 学生たちが集まる。


 教授が話す。


 皆、真面目に聞いている。


 その中に。


 前田典子もいた。


 法学部だが合同イベントだった。


 そして。


 なぜか。


 また目が合った。


     ◇


 一瞬だった。


 だが典子は覚えていた。


 入学式の日の男。


 真面目そうな方。


(またいる)


 ただそれだけだった。


 話したこともない。


 名前も知らない。


 だが記憶に残る人間というのはいる。


 理由はない。


 たまたま。


 本当にそれだけだ。


     ◇


 説明会後。


 典子は先輩たちに囲まれていた。


「前田さん、生徒会入らない?」


「入りません」


「なんで」


「面倒だからです」


「即答だな」


 笑いが起きる。


 典子も笑う。


 こういうやり取りは慣れていた。


 人と話すのは苦じゃない。


 むしろ得意だ。


 だが。


 最近少し疲れていた。


 理由は分からない。


 期待されることに。


 応えることに。


 少しだけ。


     ◇


 一方。


 裕英はサークル勧誘のくじ引きで海外旅行券を当てていた。


「お前またか!」


 周囲が叫ぶ。


 本人が一番驚いている。


「え?」


「え?じゃねえ!」


「俺の人生と交換しろ!」


「嫌だ」


「なんでだ!」


 笑いが起きる。


 裕英も笑う。


 だが。


 その夜。


 少し考えた。


 また運だ。


 また偶然。


 また自分だけ。


(これって本当に良いことなのかな)


 初めてだった。


 そんなことを考えたのは。


     ◇


 大学の中庭。


 昼休み。


 明はベンチに座っていた。


 本を読んでいる。


 そこへ。


「隣いい?」


 声がした。


 顔を上げる。


 前田典子だった。


 明は一瞬固まった。


 理由は分からない。


 ただ驚いた。


「あ、どうぞ」


「ありがとう」


 典子は自然に座る。


 沈黙。


 少し気まずい。


「経済学部だよね?」


「そうです」


「やっぱり」


「法学部でしたっけ」


「覚えてたんだ」


「二回くらい見ましたから」


 典子は笑った。


 綺麗だった。


 だが明はそんなことより。


 不思議な感覚を覚えていた。


 この人は。


 周囲が思っているほど気楽に生きていない。


 なぜかそう思った。


 根拠はない。


 本当にない。


 ただ。


 音楽をやっていた人間特有の感覚だった。


 人の声の奥にあるもの。


 表情の裏にあるもの。


 それが少し見えた気がした。


     ◇


 人生は不思議だ。


 失った才能は戻らない。


 幸運は理由なく訪れる。


 人を動かす力もまた説明できない。


 それでも人は生きる。


 理由を探しながら。


 答えを探しながら。


 そして気づかない。


 その探している時間そのものが。


 人生だったりすることに。


     ◇


 この日。


 三人の距離は少し縮まった。


 まだ友人ではない。


 仲間でもない。


 ただ。


 同じ場所にいる。


 それだけ。


 だが。


 人生を変える出来事というのは。


 案外その程度のところから始まる。


【第13話 幸運 へ続く】

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