第11話 再会
人は一日に何人とすれ違うのだろう。
数十人か。
数百人か。
都会ならもっと多いかもしれない。
その中で記憶に残る人間は少ない。
さらに人生を変える人間となると、ほんの数人だ。
だが面白いことに。
そういう相手と出会う瞬間、人はたいてい気づかない。
後になって振り返り。
あの日だったのかと思うだけだ。
◇
春だった。
大学の入学式。
桜は少し散り始めている。
風が吹くたび花びらが舞う。
新入生たちは緊張した顔で歩いていた。
期待。
不安。
希望。
色々なものを抱えている。
森本明もその一人だった。
国立大学経済学部。
成績で入った。
夢で入ったわけではない。
昔なら音楽大学だったはずだ。
そんな考えが頭をよぎる。
だがすぐ消した。
考えても仕方がない。
そう思うようになっていた。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
◇
講堂へ向かう途中。
後ろから声が聞こえた。
「すみません」
明が振り向く。
知らない男だった。
背は高い。
少し眠そうな顔。
どこにでもいそうな青年。
「経済学部ってどこですか?」
明は一瞬黙った。
「僕も探してます」
「まじか」
男は笑った。
「終わったな」
「まだ始まってもないです」
「確かに」
男は笑う。
屈託がなかった。
「山畑裕英」
手を差し出してくる。
「森本明です」
握手する。
それが最初だった。
◇
二人は結局、迷った。
十五分ほど。
大学初日から迷子だった。
ようやく講堂に着いた頃には、案内係に呆れられていた。
「何やってたんですか」
「探検です」
裕英が答える。
案内係が溜息をつく。
明は少し笑った。
久しぶりだった。
自然に笑ったのは。
◇
入学式後。
新入生向けのオリエンテーションがあった。
席は自由。
明は端の方へ座った。
裕英はなぜか隣へ来た。
「ここ空いてる?」
「空いてます」
「よかった」
座る。
数秒後。
「森本」
「はい」
「真面目そうだな」
「そうですか」
「うん」
「山畑さんは適当そうです」
「ひどいな」
裕英は笑った。
否定しなかった。
たぶん事実だからだ。
◇
その頃。
前田典子も同じ大学にいた。
法学部だった。
入学式が終わり。
教授の説明を聞いている。
退屈だった。
内容ではない。
雰囲気が。
皆が緊張している。
皆が良い子を演じている。
典子にはそれが分かった。
(疲れそう)
正直な感想だった。
◇
オリエンテーション終了後。
学食へ向かう。
混んでいた。
席がない。
空席を探す。
その時だった。
「ここ空いてるよ」
女子学生が声をかける。
知らない相手だった。
「ありがとう」
典子は座った。
数分後。
さらに学生が増える。
また一人。
また一人。
気づけば六人になっていた。
自然だった。
誰も違和感を覚えない。
典子自身も。
(まただ)
そう思っただけだった。
◇
夕方。
新歓サークル説明会。
様々な団体が勧誘している。
テニス。
軽音。
フットサル。
ボランティア。
映画研究。
演劇。
人が多い。
騒がしい。
明は苦手だった。
裕英は楽しそうだった。
「見てるだけで面白いな」
「そうですか」
「うん」
その時。
遠くで歓声が上がった。
人だかりができている。
「何だろ」
裕英が言う。
二人が近づく。
そこにいたのは。
前田典子だった。
◇
正確には。
何か特別なことをしていたわけではない。
勧誘を受けていただけだった。
ただ。
人が集まっていた。
自然に。
磁石みたいに。
男子学生が話しかける。
女子学生も集まる。
先輩まで笑顔になる。
典子は困っていた。
少しだけ。
本当に少しだけ。
「すごいな」
裕英が呟く。
「何がですか」
「人」
明も見ていた。
確かに目立つ。
美人だった。
だがそれだけではない。
空気が違う。
周囲の人間が彼女を中心に回っている。
そんな感覚があった。
「知り合い?」
「まさか」
「だよな」
裕英は笑う。
そして。
その瞬間。
典子がこちらを見た。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
目が合う。
それだけだった。
ただそれだけなのに。
なぜか記憶に残った。
◇
その夜。
明はアパートの部屋で考えていた。
大学生活。
新しい環境。
新しい人間関係。
少しだけ気持ちが軽かった。
高校までとは違う。
過去を知らない人間ばかりだ。
神童も。
麻痺も。
ピアノも。
誰も知らない。
それが少し楽だった。
◇
一方。
裕英はコンビニ弁当を食べていた。
安かった。
なぜか割引シールが貼られていた。
最後の一個だった。
「ラッキー」
呟く。
いつも通りだった。
◇
典子は窓際に立っていた。
一人暮らしの部屋。
夜景が見える。
静かだった。
そして。
昼間に見た二人を思い出していた。
迷子になっていた男。
真面目そうな男。
名前も知らない。
ただ。
少しだけ気になった。
理由は分からない。
◇
人生には選択がある。
右へ行くか。
左へ行くか。
進むか。
止まるか。
だが。
本当に重要な選択は。
案外、自分で選んでいない。
たまたま座った席。
たまたま話しかけた相手。
たまたま目が合った人間。
そんな些細な偶然が。
後から人生を大きく変える。
三人はまだ知らない。
今日という日が。
自分たちの人生に残り続けることを。
そして。
ここから運命が本格的に動き始めることを。
【第12話 才能 へ続く】




