8話 パーティ
「なぁイコ、冒険者復帰ってほんとか?」
ひと通り運ばれてきた料理を食べ終わり、各々が食後酒を味わっていると、グラスを傾けながらタイラーが尋ねてくる。
「あぁ、今朝登録してきた。まぁ登録歴もなくなってたし、Fからのやり直しだけどな」
イコルネがきまり悪そうに笑うと、タイラーは「そうかっ」と嬉しそうな声色で呟き、グラスを空けた。
「そしたら、もう明日から依頼受けてくんだよな? お前なら、十日もありゃDくらいまで上がれんじゃねぇか?」
タイラーの言葉に思わず微妙な反応をしてしまう。
冒険者の昇級条件はランクにより異なる。
各ランクに達成ノルマのようなものがあり、その数をこなして初めて、ギルドへ昇級試験の願書を出せるのだ。
Fランクの昇級条件は、魔物を十体以上討伐し、最低三件の依頼を完遂させていること。
Eランクの昇級条件は、Eランク対象の依頼を十件以上完遂させていることだ。
Fランクの依頼であれば、大抵が飛鼠や角兎など、それほど強くもない小型の魔物数体の討伐が主だが、ランクが上がるにつれ、徐々に討伐難易度は上がっていく。
そのため、高ランクになればなるほど、試験を受けることすら難しくなる。
駆け出し冒険者なら、一ヶ月でEランクに昇格できれば大したものだと言われるのに、それを十日でDランクとは――信頼されているのか無茶ぶりなのか。
冒険者になったばかりの頃は競うように依頼をこなし、多少の無茶もして半年という驚異的な早さでBランクまで駆け上がった。
しかし、今はそこまで無茶をする理由もない。
「どうだろうな……」
「イコなら七日で十分でしょ! Eランク以下なんて、初心者用の雑魚依頼ばっかりなんだから。いくつか持って行ってサクッと終わらせればすぐじゃない!」
「マリちゃん、一応その雑魚依頼にも、冒険者としての追跡とか戦闘のノウハウを覚えるっていう名目があるんだよ。まぁ、索敵はイコ君の十八番だし、いまさら追跡訓練なんて必要ないだろうけど」
イコルネの曖昧な返事は兄妹にあっさり遮られ、挙句、日程を短縮されてしまった。
「Dに上がればパーティを組めるんだから、私たちとCランクの依頼をこなしていけば追いつくのもあっという間よ!」
「いやぁ、そんなに急ぐつもりはなかったんだけど……ほら、試験の日程調整とかもあるし」
「そんなのランティスさんに言えばすぐやってくれるでしょ!」
「私が言いに行ってあげるわ!」と、何故かイコルネよりもやる気満々なマリアテールは、声高らかに宣言する。
ランティスとは、王都の冒険者ギルドを取りまとめるギルド長ランティス・マクレーンのことなのだが、たかがFランクの昇格試験にギルド長を呼び出すとは、なんとも無茶苦茶だ。
今朝、似たような台詞をギルドでも聞いた気がするし、どうしてみんなそう人のランクを上げたがるのか。
ギルド職員の赤毛の彼女と違い、マリアテールなら本当に言質を取ってきてしまいそうなので、余計にタチが悪い。
「てかよ、一応確認なんだけど」
マリアテールの勢いを止めるように割って入ったタイラーが、こちらに視線を合わせながら言う。
「イコは、また俺らとパーティ組むつもりあんのか? 勝手にその気になってる奴はいるけど、直接お前の口からは聞いてねぇ」
強気がちな濃灰色の瞳に真っ直ぐ捉えられ、答えに詰まる。
今の自分は、友人たちにとって足でまといでしかない。
いくら昔のように接してくれていても、ずっと実戦の中に身を置いていた彼らと復帰したばかりの自分では、実力にも経験にも大きな差があるのは明らかだ。
そもそも、身勝手に冒険者を辞めたくせに、何事もなかったかのようにパーティへ戻るなど、都合がいいにもほどがある。
わざわざ王都へ戻ってきておいて言えたことではないが、彼らにだけは不義理なことをしたくなかった。
だが、新しい相棒を手に入れ、友人たちとこうして酒を酌み交わしていると、ついあの頃のように共にいたいと思ってしまう。
競い合い、背中を預け、共に戦う――それがたまらなく楽しかった四年前のように。
イコルネは膝の上に組んだ手を握り、視線を落とす。
「その……嫌じゃないのか……?」
「俺は、お前の意見を聞いてんだよ」
どこまでも真っ直ぐな声は有無を言わせない。
「俺、は……」
「イコ! 俺らと組みてぇのか、組みたくねぇのか、どっちだ?」
「それは……でも……」
「でもとかだってとかはどうでもいいんだよ! お前自身がやりたいこと、自分の言葉でちゃんと言え」
これは甘えだ。
懐の広い友人たちに、甘えすぎだ。
そう思うのに、自分の心はどこまでも彼らと共にいたいと叫んでいた。
「…………もし……許してもらえるなら……俺は、みんなともう一度組みたい」
それを聞くなり、歯を見せて笑ったタイラーが肩を勢いよく小突く。
「初めっからそう言えっつの!! お前に振り回されんのなんか、今に始まったことじゃねーんだよ!」
心底嬉しそうなタイラーはそのままグラスを一気に飲み干すと、ドンッとテーブルに置いて、マリアテールたちの方を見た。
「お前らもいいよな?」
「当たり前じゃない! 私はずっとそう言ってるでしょ!」
「僕も、イコ君が戻ってきてくれるなら有難いよ」
口々に言われる温かな言葉に、イコルネは思わず緩みそうになる涙腺を必死に堪える。
向けられた好意を、信頼を、決して裏切らぬように。
これからの時間、できるだけ彼らへ返していけるように。
「っしゃあ、これでやーっと四人揃ったな!」
タイラーがそう声を上げた時、コンコンッとタイミングよくノックの音が響く。
入ってきた店員は手早く空の食器を片付けると、追加の酒を置いてそそくさと出ていった。
テーブルに並ぶのは、本日初めの乾杯と同じ――ラム酒、蒸留酒、果実酒、エール。
溢れんばかりのジョッキを手にイコルネが顔を上げれば、友人たちもこちらを見ていた。
再会を喜ぶマリアテール。
期待に胸を膨らませているタイラー。
微笑ましげに優しく笑うトーカ。
それぞれと視線を見合わせ頷くと、グラスを掲げたトーカがいつもより声を張った。
「《ただ前へ》の復活に、乾杯」
「「「乾杯!!」」」




