7話 友の行方
時は少し遡る。
昨夜遅く、拘束時間の長い依頼からようやく王都へ戻ったタイラーは、自室のベッドで泥のように眠っていた。
丸三日ろくに寝ていなかったせいで疲労はピークを超え、宿屋へ帰ってくるなり愛剣の手入れもせずにベッドへ倒れ込んだのだ。
だがその眠りは、窓を蹴破りながら入ってきた人影によって、日も昇らないうちに妨げられた。
突然の騒音に目を覚ましたタイラーは、ベッド脇に立てかけてあった大剣を反射的に掴む。
頭は覚醒しきっていないが、無意識に武器を構えたのは、長く冒険者をしているが故の自衛本能だった。
歪んだ蝶番がキィキィと音を立て、開け放たれた窓ガラスが揺れる。
薄暗い部屋の中、窓の前にしゃがみこむのは小柄な人影。
キョロキョロと首を動かしている侵入者目掛け、タイラーは大剣を横に薙いだ。
革のベルトが付いたままの剣では、殴打くらいにしかならないだろうが、怯ませられれば体格ではこちらが有利だ。
力を込めて振るった剣が相手の横っ面へ当たる寸前、雲の切れ間から差した月明かりが、部屋の中を照らす。
淡い光に映し出されたのは、白金の長髪と透き通るような白い肌、暗がりでも鮮明に映る瞳は美しい紅茶色だった。
その姿に思い当たる人物が浮かび、タイラーはピタリと動きを止める。
窓からの侵入者は他でもない、元パーティメンバーのマリアテールだった。
タイラーは大剣を握る腕を下ろし、深いため息をつく。
「お前かよ……」
いまだ覚醒しきらない意識の中、勢いよく振った剣を寸前で止められたことを褒めて欲しいくらいだ。
こちらの態度など気にもとめず、満面の笑みで立ち上がったマリアテールは、早朝とは思えない声量とテンションで旧友の帰還を報告してくる。
ひと通り話し終えて満足した彼女は、「店に集合!」と叫ぶや否や入ってきた窓から飛び降りていった。
俺が泊まっている部屋は3階だとか、窓は出入口じゃないだとかはさておき、屋根の上を走る既に小さくなった彼女の背中へ、タイラーは思い切り怒鳴った。
「朝からうるっせぇ!!!」
* * *
少々寝すぎの二度寝から起きて、行き慣れた店の前に着いたのは昼前だった。
まだそれほど混んでいない店内へ足を進めると、見知った顔に声をかけられる。
「よう、タイラー。奥でお嬢がご立腹だぜ」
太い両手にジュウジュウと音のたつ熱いステーキの鉄板を持った男は、この《モグラの横穴亭》を切り盛りしている店主のフォルディオ・ソルバー。
短い鳶色の髪を耳の上で刈り上げ、からかうような笑みをこちらに向ける彼は、トーカの友人だ。
だが、事ある毎にパーティで店へ入り浸っていたこともあり、顔を覚えられてからは、自分にも軽口を叩いてくる気さくな友人だった。
フォルディオの実家は漁師らしいが、長男である彼は二つ下の弟に家業を任せ、港の近いこの場所で飯屋を営んでいる。
大柄な体型の彼が考案するメニューはどれも豪快で、分厚いステーキや大盛りの丼物、酒に合う濃い味の串焼きに、手掴みで食べる蒸し蟹など、男受けのする品が多く市場や漁港で働く者にはなかなか評判だ。
その上、彼はザルのトーカと徹夜で呑みあかせる程の酒豪でもある。
店でも多種多様な酒を扱っていることから、酒好き御用達の店としても、そこそこ有名なのだった。
タイラーはフォルディオへ面倒くさそうな視線を返し、そのまま店の奥へ進んでいく。
細い廊下の先、馴染みの個室をノックせずに開ければ、部屋の左奥には不貞腐れたように頬杖をつく長い白金髪がこちらを見ていた。
「……遅い」
不機嫌を前面に押し出したマリアテールがこちらを睨む。
「みんないつまで待たせるのよ! せっかく朝一で呼びに行ってあげたのに!!」
「あれはメシの誘いに来たやつの行動じゃねぇ! 不法侵入の不審者だ!! いい加減テメェはドアから部屋に入るってことを覚えやがれッ!」
「なによッ!!」
甲高い声で怒鳴り散らす彼女に真っ向から怒鳴り返す。
短気で猪突猛進な彼女とは、昔からこんな感じだ。
何かにつけて怒鳴りあいをしているせいで、いつの間にか友人たちに仲裁すらされなくなった。
「窓からの方が早いじゃない! それに、男の部屋にバカ正直に訪ねてみなさいよ、どこでどんな噂をされるか分かったもんじゃないわ! ただでさえ女の肩身が狭い仕事なんだから、アンタとの噂でやりづらくなるなんて真っ平御免よ!!」
「なっ……! お、俺だってテメェとなんか死んでも御免だ!!!」
「失礼ねッ!」と自分を棚に上げて抗議する彼女も、自分と同じBランク冒険者だ。
良くも悪くも腕っぷしが物を言う圧倒的男社会で、ここまで上り詰める女は滅多にいない。
魔法士や弓士といった後衛として活動する者もいなくはないが、近接戦闘では基本的に男に敵わないからだ。
多くがDランク止まり、良くてもCランク、余程の強みがない限り昇級試験を通過できない女冒険者の中で、熟練と呼ばれるランクまで上り詰め、さらに上のランクへ片足を掛けている彼女は、誰がどう見ても普通の女ではなかった。
そもそも、魔物を見るなりすっ飛んでいって嬉々として仕留めてくる奴が、肩身の狭さなど感じているわけがない。
しばらく怒鳴り合いをしていたが、同時に鳴った腹の音でお互いに黙る。
昨晩も今朝も睡眠を優先したせいで、半日何も食べていない。
彼女の方も朝から走り回っていたようで、開店と同時に店へ入ってからまだ何も口にしていないらしかった。
ため息をつき、テーブル横に立ててあるメニュー表と注文用紙に手を伸ばす。
「とりあえずなんか頼まねぇか?」
「そうね……」
脱力して答えたマリアテールは、テーブルへ広げたメニューに視線を落とす。
「串焼きと舟盛りはみんな食べるでしょ? あと私は鋏海老のフリッター、兄さんは泣き鯨の角煮かな」
細く白い指でメニューを指さし、すらすらと注文を言い寄越す。
タイラーは聞きながら自分の注文も加えて用紙に書き連ね、その下に「ラム酒、蒸留酒と氷、果実酒と炭酸水、エール」とお決まりの酒を付け加えた。
最後に書いたエールの文字に懐かしさを覚えつつ、部屋の外へ出て扉横の状差しに紙を差す。
フォルディオ曰く、密談や暴露話中に注文伺いで水を差さないための工夫らしい。
席に戻ると深く腰を下ろし、目の前で項垂れているマリアテールへ視線を向ける。
今朝、彼女から告げられた友人の帰還――。
その懐かしい名に喜びはしたものの、素直に信じるには気がかりな点が多かった。
「なぁ、イコが帰ってきたってのはマジなのか? しかも冒険者に復帰って……」
「間違いないわよ、ギルドで会ったんだもの。再登録するって本人から聞いたしね。ただ、すぐにパーティへ戻る気はなかったみたい。武器も持ってなかったし、Fランクからだと私たちに迷惑がかかるとでも思ったんじゃないかしら」
「……そうか」
短く返事をしたものの、正直まったく腑に落ちてはいなかった。
――四年前。
成長著しいパーティとして猛進を続けていた真っ只中、イコルネは突然冒険者を辞めると言い出した。
理由を聞けば、故郷に残してきた母親が寝込んだからだと言われたが、どう考えても違和感しかない。
そもそもイコルネが王都へ来たのは、元冒険者だという彼の母に、半ば無理やり村を追い出されたからだ。
幼い頃から戦い方を叩き込まれ、十二歳になるなり王立学院へ入学させられた挙句、自分より強くなるまで帰ってくるなと一方的に告げられたらしい。
不仲なわけではないらしいが、お互いに頑固で、「どうせ帰っても叩き出されるだけだし、Aランクになるまでは帰ってやらない」と度々口にしていた。
そんな彼が、母親が寝込んだ程度で冒険者を引退するなど、到底思えなかった。
だが、ほかに何かあるのかと尋ねても「もう決めたことだ」の一点張り。
結局は説得の余地もなく、イコルネは呆気ないほど簡単に王都を出ていった。
――それから二年後。
郊外の村が一つ、魔物により壊滅したと噂で聞いた。
正確な村の名などは覚えていなかったが、北東にあったというその村は、間違いなくイコルネの故郷だった。
至る所で魔力が湧き出すこの国で、村が魔物に襲われるのはそう珍しいことではない。
その村も運悪く群れに襲われたせいで、騎士団が五日後に到着した頃には、生き残りはおろか遺体を食い荒らす魔物しか残っていなかったらしい。女子供の多い村だったのか、抵抗の跡もほとんどなかったという話だ。
しかしそれを聞いた当時、自分は友の安否を心配するよりも、強い違和感を覚えていた。
いくら大量の魔物が押し寄せたとしても、Bランク冒険者であるイコルネがいて、村人が全滅なんてことが有り得るのか?
あの村には、彼へ戦う術を教えた母親だっていたはずだ。
それなのに、逃げおおせた者もなく壊滅するなんて、不自然でしかなかった。
疑念を払拭するため、村の後処理として出されていた依頼に参加したりもした。
村の入口にずらりと並ぶ、布をかけられた遺体の中、身元特定作業を手伝いつつ、居ないことを祈りながら友を探した。
落ち着いた赤土色の髪、模擬戦中につけてしまった脛の傷跡、双刀を握る時の癖でついた両手のタコ。
だが、損傷の激しい数多の遺体の中からは、そのどれも見つけることは出来なかった。
依頼を終え、タイラーが自分の中に出した答えは――友の生存。
しかし、生きているのなら一体何処へ行ってしまったのか。
その疑問を確かめる術を、かつての自分は何一つ持ち合わせていなかった。




