9話 イコルネの秘密
早鐘のように鳴る鼓動を感じながら、イコルネは冷静を取り繕う。
自分のことを語るのは、昔からあまり得意じゃない。
だが、友人たちが曝け出してくれたものに報いるためにも、できる限りを話そうと腹を括った。
「俺、右腕しかまともに動かないんだよね。……あー、いや、正確には左腕と両脚がダメになってるってことなんだけど」
そう言いつつ、イコルネは右耳にはめたピアスの裏側を弾く。
爪に当たった暗紅の石がキンッと高い音を鳴らし、ふわりと解ける魔力とともに、左腕が赤黒く色を変えた。
雑に袖を捲り上げれば、肩の少し下あたりに、赤褐色の小さな塊がくい込んでいる。
「これが前に言ってた魔種。寄生植物……っていうか、植物型の魔物らしい。腕になってくれてるのは、根っこの部分だって聞いた」
「……聞いたって、誰から?」
トーカが率直な疑問を投げかけてくる。
わずかに躊躇ったイコルネは、袖口を下ろしながら小さく息を吐いた。
「幼なじみ。植物の研究してて……これをやってくれたのも、ソイツ」
歯切れ悪く言うと、今度は椅子を引いてズボンの裾を捲る。
膝上まで上げたその下に出てきたのは、皮膚が引き攣れ、ところどころ色が抜け落ちた、痛々しい脚だった。
「腕をなくした時、火傷もしてさ……神経までやられたみたいで、両脚とも自力じゃ動かせないんだよ」
「ッ!」
顔を歪めたタイラーが、苦々しげに言葉を飲み込む。
そんな彼を横目に、イコルネはまだら模様の脚を見下ろした。
「脚の内側に魔種の根を張らせて、左腕と同じように魔力で動かしてる。それなりに自由が利くし、戦闘もこなせるくらいには慣らした。だから、まぁ普通の手脚と変わんないよ。腕は目立つから、見た目だけ変えてるけど」
ピアスを軽く弾いて腕の色を戻してみせる。
そのまま誤魔化すようにヘラヘラと笑えば、ゆっくりと顔を上げたマリアテールが震える声で呟いた。
「イコ……右目も、見えてないよね……」
「あー……はは、流石にバレてるか……。元々、視力は落ちててさ。引退した時には、もうほとんど見えてなかったんだよ」
「そんな、前から……」
「魔力だけならまだ視えるから、案外困らないよ。戦う時はどうせ同じ視界でやってたわけだしな」
「そういう問題じゃ……」
続く言葉が出ずに、彼女は俯いてしまった。
イコルネはきまり悪く頬を掻き、軽く咳払いして頭を下げる。
「その……今回は役立たずで、ごめん。ああいう罠みたいなのは、もっと警戒するようにする……」
「……うん」
小さく返された声におそるおそる顔を上げるが、彼女は俯いたまま目を合わせてくれない。
ひとまずズボンの裾を下ろして脚を隠すと、イコルネは重い空気を変えようと口調を軽くした。
「でもほら、魔力さえあれば普通に動けるから。言わなかったのは悪かったけど、わざわざ騒ぐほどのことでもないっていうか……こうなったのは俺の責任だし、本当に大丈夫だから」
「大丈夫ではねぇだろ」
唸るような低い声で、タイラーがこちらを睨む。
「お前、俺らのことなんだと思ってんだ。四年振りに帰ってきたと思ったら大怪我してて、しかも、聞かれなかったから言いませんでしたとか、舐めんのもいい加減にしろよ」
「別に舐めてなんか……」
「舐めてんだよ。散々迷惑かけるくせに、自分のことはなんも言わねぇ、心配すらすんなってその態度が!」
「……心配したところで、戦いにくくなるだけだろ。魔種さえ無事なら、俺の身体は替えがきくんだから……」
「……ッ!!」
我慢の限界とばかりに、タイラーが身を乗り出す。
「そういうことかよッ!! お前、わざと攻撃受けるみてぇな戦い方してやがったな! どうせ治せるから吹っ飛ばされてもいいとか思ってんのか!? ふざけんじゃねぇぞッ!!」
今にも掴みかかりそうなタイラーは、机へ打ち付けた拳を震えるほど握り締めている。
「昔のお前なら、攻撃全部避けて刀叩き込むくらいできただろうが! 心配すんなとか言うなら、捨て身なんかに逃げてんじゃねぇよッ!」
「俺だって、好きであんな戦い方してるわけじゃない……」
「じゃあ何がしてぇんだよ! 怪我しても言わねぇ、頼りもしねぇ。ひとりで勝手にボロボロんなって、俺らには心配すらすんなって言ってんだぞ、お前!」
「……」
「……少しは、周りの気持ちとか考えろよ」
真正面から向けられた言葉に、イコルネは思わず視線を逸らす。
彼らが優しいことも、頼れる仲間であることもわかっている。
だからこそ、人の痛みに寄り添える友人たちに、余計な不安や重荷を背負わせたくなかった。
こんな身体で王都へ帰ってきた、その理由にまで――巻き込みたくなかった。
言い返さないイコルネへ、タイラーは落胆するように深いため息をつく。
「黙りか……。別に、何もかも話せとは言ってねぇよ。けど、俺らはパーティだろ。仲間の心配くらい、させてくれてもいいんじゃねぇのか。……お前に気を遣われるほど、俺らは弱かねぇ……そばにいんだから、少しは寄りかかれよ」
「……ごめん」
小さく呟けば、目を伏せていたマリアテールがこちらを見る。
「イコ……お願いだから、自分を大切にして」
「うん……ごめん」
今できる精一杯の謝罪。
こんなことしか言えない自分を、それでも見放さずにいてくれる彼らは、本当にかけがえのない存在だった。
四人とも黙り込み、部屋に重い沈黙が落ちる。
しばらく続いたそれを、トーカが唐突に手を叩いて破った。
「さて、聞きたいことはひとまず聞けたかな。マリちゃんからは、僕らに伝えておきたいこととか、ある?」
「……んーん」
「なら、それぞれ思うところはあるだろうけど、それは各自の中で消化してもらうとして……今は今後のことについての反省会といこう」
いつもの笑顔を見せたトーカは、テーブルの上で指を組んで話し始める。
「うちのパーティを客観的に見るなら、圧倒的に魔力不足に弱いよね。魔力枯渇になんてなったら致命的なレベルだ。なにかと敵を作ることの多い僕らにとって、この弱点がかなり危ういこと、みんなにも分かるよね?」
「あぁ」
「今回の『魔力を一瞬で霧散させる魔法陣』みたいなのは滅多にないだろうけど、制御を奪う魔法とか、魔力の流れを妨げる魔法なんてのはいくらでもある。そういう罠を張られた時、対処できるようにはしておきたいかな」
一人ずつ視線を巡らせたトーカへ、イコルネは思いつくまま口にする。
「対処って、質の良い魔瓶を持ち歩くくらいしか、思い浮かばないんだけど……」
「それも必要だね。他にも、お互いの魔力量を常に把握しておくとか、僕やイコ君なんかは、不自然な魔力を見つけたらすぐ全員に共有するとかかな。罠があるって分かってれば、マリちゃんもタイラーも自力で回避できるでしょ?」
トーカの問いかけに二人は躊躇いなく頷く。
「それじゃあ、今後はそうしていくってことで。王都の中でも外でも、お互い気を緩めないようにしよう」
話をまとめた彼は「そうだ……」と呟き、おもむろに腰のポーチをまさぐり始める。
取り出したのは、ナインたちから巻き上げた硬貨の入った袋。
その中から大銀貨を三枚抜くと、自分、イコルネ、タイラーの前に一枚ずつ置き、残りの袋はマリアテールへ差し出した。
「今日の収穫は、マリちゃんが四、僕らは二でいいよね?」
「いや……俺は何もできなかったし、貰えないよ」
そう言って首を振るイコルネの前で、トーカが大銀貨をコツンと指で叩く。
「イコ君、このお金で可能な限り質の良い魔瓶を買っておくこと。いいね?」
有無を言わせない眼差しを向けられ、イコルネは渋々大銀貨を受け取った。
全員が硬貨をしまうと、不意にトーカが「あっ!」と声を上げる。
「一番大事なことを忘れてた。これは今日、弱みを晒した僕ら三人が、絶対にやらなくちゃいけないこと……」
いつになく神妙な面持ちの彼に、イコルネたちは固唾を飲んで次の言葉を待つ。
「次の依頼までに……負担をかけたマリちゃんへ、それぞれ何かしら貢ぐこと! 以上、解散!」
明るい声色で高らかに言い放ったトーカは、にっこりと微笑みながら再び手を叩いた。




