8話 タイラーの秘密
「どういう、ことだ……?」
イコルネは訝しげに問いかける。
隣に座るタイラーとマリアテールも、困惑の表情を浮かべながらトーカを見つめていた。
「もう、上限に達してるとでも言うのかな。呪印を刻まれた経緯は省くけど、その時に散々見られていてね。もう、これでもかってくらい結び付きは強まってるんだ。今更見られたところで何も変わらないから、安心して」
トーカは微笑んだまま、こともなげに言う。
だが、喉に焼き付いていた真っ赤な印は、陣を幾つも重ね合わせたかのように執拗に複雑で、今なお彼の身体を蝕み続けているとしか思えなかった。
「この印には、体内魔力が満ちたことを認識できなくする魔法が仕込まれてるんだけど」
「認識……? 魔力操作の妨害みたいなもんか?」
「いや、ちょっと違う。体内で作られる魔力って、基本的に百パーセントは超えないでしょ? 身体が魔力量を把握して、勝手に調節してくれるから。でも、僕の場合はそこを狂わされてるせいで、身体がいつまででも作り続ける。まぁ問題は、作り過ぎることより吸われる量の方でさ」
トーカは自分の喉をツンツンと指でつつく。
「これ、かなり魔力を食うんだよね。何もしてなくても減っていくし、僕の魔力量だと一時間もすれば空になる。魔法を使ったら、下手すれば三十分も持たないかな」
おもむろに立ち上がったトーカが、壁付けの棚から四角いガラス瓶を手に取る。
「で、魔力枯渇で動けなくならないよう、いつも持ち歩いてるのがこの中身。さっきつまみ食いしたのもこれね」
コトリとテーブルの上に置かれた瓶には、飴玉を思わせる赤や青、黄色の粒が沢山入っている。
銀の蓋を回し、そっと開けた途端――イコルネは反射的に腰の刀へ手を伸ばした。
素早く染めた右目が、雑多に混ざり合う魔力を捉える。
タイラーたちも腰を浮かし、警戒の眼差しで瓶を凝視していた。
そんな三人をよそに、トーカがクスリと笑う。
「大丈夫。ただの魔核だよ」
「?!」
瓶の口から立ち上る魔力は、間違いなく魔物のもの。
色とりどりの粒は形こそ丸く整えられているが、珠鼬や飛鼠など、見覚えのある色の魔力を内から溢れさせていた。
幾度となく倒し、回収したことのある魔物の魔核――それが、まるでお菓子かのように、瓶へ収まっている。
そして、トーカは今、これを『つまみ食いした』と言った。
人の十倍近い魔力を含む魔核を食べているのだと。
「兄さん、なんで……」
掠れ声で呟いたマリアテールが、戸惑いの眼差しを向ける。
「僕が特殊なだけだから、みんなは真似したらダメだよ」
トーカは視線を返すことなく言うと、手早く蓋を締めて瓶を棚へ戻した。
彼が再び席に着くのを待ってから、イコルネは口を開く。
「魔力を補給するなら、魔瓶でもいいんじゃないの……? あんなの食ったら、身体がただじゃ済まないだろ……」
「魔瓶程度の量じゃ追いつかないんだよ。それに魔核なら、一粒で半日分の魔力くらいにはなってくれるんだ。噛み砕いたりしなければ、一気に吸収することもないし、飲み込んでお腹に入れとくだけだから手間も少ないでしょ」
「で、でも兄さん……魔物の魔力なんて、人間には毒だって……」
「マリちゃんは勤勉で偉いね」
声を震わせるマリアテールへ、トーカは愛おしげに笑いかける。
「けど、魔物の魔力自体に毒があるわけじゃないよ。人の身体は本能的に自分以外の魔力を拒むから、異種族、特に魔物みたいな強い魔力を持つ相手には強く反応しちゃうんだ。症状が重ければ、最悪死ぬこともあるくらいにね。それで、魔核の誤飲とか安易な扱いを防ぐために、分かりやすく『毒』って言い方で周知されてるの」
「それじゃあ、兄さんだって……」
「僕には、その魔力抵抗がそもそもないからさ。生まれつきの体質なんだ。どんな魔力でも、この身体は一切拒まずに受け入れる。強すぎるのに充てられて、多少皮膚が爛れることはあるけどね。……これで、マリちゃんの疑問には答えられたかな」
そう言って、トーカは押し黙ってしまったマリアテールの頭を優しく撫でた。
「まぁそういうわけだから、僕は魔力枯渇になると自力で回復ができない。常に魔核を持ち歩いてはいるんだけど、さっきは全部駄目にされちゃって、流石に焦ったよ」
トーカがため息混じりに首を振る。
彼の魔力量を考えれば、枯渇の症状はかなり重かったはずだ。
そんな状態でも毅然と振る舞い、ナインたちを手玉に取って、金と魔瓶まで出させたのだから、本当に恐れ入る。
一通り話し終えたトーカが、椅子の背にもたれ掛かる。
グラスを傾けながらこちらへ向けた瞳は、次はどちらが語るのかと静かに問いかけていた。
イコルネは視線を逸らし、深く息を吐く。
普段、弱みを見せないトーカがここまで真摯に語ってくれた。
それなら、自分も腹を括らなければならない。
今回、一番役立たずだったのは間違いなく自分だ。
――せめて、誠意を示さなければ。
覚悟を決めて顔を上げた時、隣に座るタイラーと目が合った。
気まずげに見つめ返すと、濃灰色の瞳がふっと細められる。
「多分みんな、イコの話を一番聞きてぇんだろうけど……トリを任されるにしちゃ俺じゃ弱ぇから、先に話させてもらうわ」
そう言うなり、タイラーはグラスに半分ほど残っていた果実水を一気に飲み干した。
「さっきトーカに言われたが、俺の魔力量は昔に比べて結構増えてんだよ。お前らみたいにちゃんと把握できてるわけじゃねぇけど、多分、学院を卒業した頃からなら倍くらいにはなってると思う」
「倍か……すごいね。なにかきっかけがあったの?」
感心した声を上げたトーカが、興味深げに尋ねる。
「正直わかんねぇんだよな。普段使ってる魔法も《増強》と《加速》くらいで、特別魔力の消費が激しいってわけでもねぇし……。ただまぁ、増えてんなって自覚したのは二年くらい前だな」
「みんなソロで動いてた時期だね。タイラーは依頼受ける頻度が高いから、単純に魔法を使う機会が多かったのかも」
「だな。そんで、魔力量が増えた分、昔は頭痛くらいだった魔力枯渇の症状がかなり重くなった。滅多に枯渇なんかしねぇから、あんま意識してなかったけど、今回ので真面目に対策しねぇとヤバいって気付かされたわ」
タイラーはガシガシと頭を掻くと、背筋を伸ばしてマリアテールへ向き直る。
「あん時、お前が動いてくれて正直助かった。ナインみてぇな脳筋は、本来俺が抑えるべきなのに、なんもできなくて情けねぇ。……負担かけて、悪かった」
頭を下げたタイラーに、マリアテールが目を瞬かせる。
「べ、べつに! あの時はあれが良いと思ったから動いただけ! 今回のはタイラーのせいってわけじゃないんだから、私に謝らないでよ!」
慌ててそっぽを向いた彼女の横顔には、謝られ慣れていなさが滲んでいた。
「ま、俺のはこんなもんだな。魔力枯渇の対策は、早めに考えるわ」
顔を上げたタイラーが椅子に座り直す。
普段、口喧嘩ばかりのマリアテール相手でも、自分の非を認めて、しっかりと謝ることのできる彼は、どこまでも男らしかった。
「次はお前な」と促され、イコルネはゆっくり目を閉じる。
友人たちに話していないこと。
話さなくてはいけないこと。
話したくないこと――。
頭に浮かんでくるそれらを、一つ一つ慎重に選ぶ。
やがて、深く息を吐いて顔を上げると、三人の顔を見回してから静かに口を開いた。
「俺、右腕しかまともに動かないんだよね」




