7話 トーカの秘密
「きっつ……」
倒れたままのイコルネの前で、タイラーが座り込む。
額に汗を浮かべている彼は、俯いて荒い息をしていた。
視線を回せば、項垂れるように壁に背を預けているトーカも、酷い顔色で目を閉じている。
「みんな……大丈夫……?」
心配そうなマリアテールがおろおろと立ち尽くす。
そんな彼女の姿に、薄く目を開けたトーカは、掠れた声で「大丈夫だよ」と笑った。
「魔力枯渇で動くとか、マジできついわ……」
タイラーが顔を上げ、乱暴に額の汗を拭う。
「無理させて悪かったよ。僕もマリちゃんも、手を離せなかったからさ」
「分かってる。あん時は俺しかいなかったろ……」
小さく微笑んだトーカが、石畳の上に並ぶ淡い赤色の小瓶に目を向ける。
「マリちゃんごめん。そこの魔瓶を二人に取ってあげてくれない……?」
「うん。兄さんは?」
「僕はいいよ。あんまり好きじゃないんだ」
やつれた顔で言うトーカへ心配そうな視線を向けつつ、マリアテールは魔瓶を取りにいった。
瓶を手に戻ってきた彼女は、タイラーへ二本手渡した後、困惑を滲ませた顔でイコルネのそばにしゃがみこむ。
「イコ、起きれそう……?」
「ちょっと厳しい。悪いけど、手伝って」
「うん」
ぎこちなく返事をしたマリアテールは、イコルネの脇に手を回し、器用に重心をずらしてくるりと身体をひっくり返す。
仰向けになったイコルネをズルズルと引きずっていき、近くの壁に寄りかからせてくれた。
「ありがとう。魔力がないと不便で仕方ないな……」
「……とりあえず、飲んで」
表情を曇らせた彼女は、小瓶の栓を抜いて手渡してくれる。
右手でそれを受け取ると、イコルネは呷るように口へ流し込んだ。
独特の甘ったるさに顔を顰めつつ、続けて二本飲み干すと、わずかに手足の感覚が戻ってくる。
のろのろと左腕を持ち上げて軽く拳を握れば、ほとんど力は入らないものの、とりあえず動かすことができた。
その様子をじっと見ていたマリアテールが、呟くように口を開く。
「ねぇイコ。その身体……」
「マリちゃん」
トーカの声が通りに響く。
膝に手をついて立ち上がった彼は、珍しく鋭い視線をマリアテールへ向けていた。
「誰が聞いてるか分からないから、場所を変えよう。四人で座れる場所ってなると……僕の宿がいいかな。二人はそれでいい?」
そう言ってこちらを見たトーカに、イコルネとタイラーは揃って頷く。
「じゃあ行こうか。イコ君は、歩けそう?」
「肩を借りれば、なんとか」
「じゃあ俺が貸す」
隣で立ち上がったタイラーが、イコルネの右腕を掴むなり勢いよく引く。
そのまま腕を肩に回し、脇腹をしっかりと支えた。
「悪い……」
「別にいい。後で洗いざらい話してもらうけどな」
安定感のある足取りで歩き出した友人へ、イコルネは「お手柔らかに」と苦笑をこぼした。
* * *
トーカの宿へ着くと、ダイニングの丸いテーブルに椅子を並べる。
先に座っているよう言い残して部屋を出ていったトーカは、程なくして水差しとグラスを持って戻ってきた。
「お酒は切らしてるから、果実水で勘弁してね」
そう言ってマリアテールの隣に腰を下ろすと、氷の浮かぶ水差しから爽やかな柑橘の香りがする果実水を、並べたグラスへなみなみと注いだ。
乾杯するような空気でもないため、それぞれが勝手に飲み始める。
ようやく手に力が入るようになってきたイコルネは、慎重に左手でグラスを持つと、口の中に残る魔瓶の甘味を洗い流すように、一気に飲み干した。
全員がグラスを置いたタイミングでトーカが口を開く。
「さて、みんなそれぞれ聞きたいことは沢山あるだろうけど……とりあえず部屋には《隠蔽》の魔法をかけてきたから、これからする話は外へ漏れる心配はないよ」
「《隠蔽》……? お前魔瓶も飲んでねぇのに、そんなの使えるほど魔力戻ったのか?」
不審げに尋ねるタイラーへ、トーカは苦笑しながら答える。
「ナインから少し拝借したのと、ちょっとつまみ食いしてきたから、なんとかね」
「つまみ食い?」
「まぁその辺も追々話すよ。まずはさっきのことについて、認識のすり合わせをしたいんだけど、いい?」
そう言った彼はイコルネたちへ視線を回す。
三人が静かに頷くと、トーカは腰のポーチから透明な小石を取り出した。
「これは僕の持ってた魔核なんだけど、見事に魔力が抜けちゃってるんだよね……。あの時、僕らが掛けられたのは『魔法陣の内側にある魔力を無差別に霧散させる』魔法だったんだと思う。この魔核と同じことが身体にも起きたから、強制的に魔力枯渇にさせられたんだ」
「……なんで、私だけ平気だったの?」
「マリちゃんには咄嗟に、魔力を遮断する《障壁》を張ったからね。流石に急すぎて、イコ君とタイラーには間に合わなかったけど……」
トーカが申し訳なさそうに言う。
自分を差し置いて真っ先に妹を守ろうとするあたり、どこまでも彼らしい。
眉を下げたマリアテールの頭を軽く撫で、トーカは切り替えるように「それと」と続ける。
「魔力枯渇は、元の魔力量で症状に差が出るのは知ってるよね。体内魔力が多い人ほど、その症状は重い。今回の様子からすると、タイラーもそれなりに多いでしょ?」
「……まぁな」
「別にそれがどうこうって話じゃないよ。魔力量なんて、日常的に魔法を使う人間なら自然と増えていくものだしね」
トーカはタイラーへ向けていた視線をイコルネへと移し、わずかに目を細める。
「でも、今回みたいに全員が動けなくなるのは、正直困る。マリちゃんは何があっても僕が守るけど、魔法陣一つで三人がまともに戦えなくなるって状況は、このパーティにとって致命的だ」
こちらを見つめる紅茶色の瞳は、その奥に覚悟と後悔が入り乱れている気がした。
わずかに俯いたトーカは、小さく息を吐いてから顔を上げる。
「僕らは、元から連携し合うような戦い方はしていないけれど、せめてお互いの弱みは共有しておきたいと思うんだ。……別に無理強いはしない。それぞれ触れられたくない部分はあるだろうし、僕も言いたくないことはある。でも知っていれば、少なからず今よりはフォローし合える状況を作れると思う。だから、必要最低限のことはここで明かして欲しい」
同意を求めるようにそれぞれを見たトーカを、イコルネは真っ直ぐ見つめ返す。
「それじゃあ、言い出した僕から、まずは話そうかな」
トーカは足を組み直すと、果実水を一口飲んでから口を開いた。
「タイラーあたりは、もしかしたら気づいてるかもしれないけど、僕の体には『呪印』がある」
「……え」
想像もしていなかった言葉に、イコルネは息を飲む。
『呪印』は、対象を苦しめるためだけに生み出された魔法陣の総称だ。
刻まれた者は、自身の魔力で強制的に魔法を発動させられ続け、強力なものだと数日で死んでしまう。
刑罰として国が施すことのみ許されているが、基本的には学ぶことすら許されていない。
「でも、そんなの見たこと……」
思わず漏らした呟きに、トーカが緩く微笑む。
「なかなか分かりにくいところにあるからね。見せた方が早いかな」
そう言ったトーカは、軽く顎を上げて口を開ける。
大きく開かれたそこへ無意識に目を凝らせば、イコルネの右目に真っ赤な魔力の塊が映った。
それは、整った歯でも、舌でもなく、口内のさらに奥――トーカの金の魔力に絡みついた斑の赤と同じ鮮烈な色が、喉の奥で複雑な陣を象って焼き付いていた。
イコルネは慌てて目を逸らす。
呪印は他人に認識されればされるほど、結び付きが強まる。
手足や顔など、見られやすい場所に刻むことで、さらに影響力を増していくタチの悪い魔法だ。
喉奥なんて、まず見えない場所に刻まれている理由は分からないが、自分が見てしまったことで、トーカの呪いはまた一つ強まってしまったに違いない。
トーカは口を閉じると、困惑に顔を歪めたイコルネを見てクスリと笑った。
「そんなに慌てなくて大丈夫だよ。もう、この呪いが強くなることはないから」




