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AHEAD~再動したパーティは止まれない~  作者: あこね
第七章

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6話 襲撃


 視界を真っ白に焼く閃光に包まれた瞬間、イコルネは崩れ落ちるように前へ倒れ込んだ。

 耳に届いたのは、妹の名を叫ぶトーカの声。

 地面に広がっていた光は瞬く間に消え、残ったのは身体に感じる強い衝撃と硬い石畳の感触だけだった。


「……ッ」


 受け身もとれずに顔を打ち付け、思わず呻き声が漏れる。

 起き上がろうとするも、左腕と両脚(・・)にはまるで力が入らない。


「イコッ!?」


 頭の上で聞こえた声になんとか顔を上げれば、心配そうに駆け寄ってきたマリアテールが、すぐ側にしゃがみ込んだ。

 イコルネは、辛うじて動く右腕で上半身を持ち上げて辺りを見回す。

 人気のない通りにいるのは自分たち四人だけ。

 だが、目の前で片膝をついているトーカは苦しそうに顔を歪め、大剣を杖代わりにしたタイラーも荒い息をしていた。


「随分といい格好じゃねーか! なぁ《ただ前へ(アヘッド)》?」


 静まり返る通りに、野太いダミ声が響く。

 石畳を踏み鳴らす足音とともに路地から出てきたのは、大きな戦鎚を背負ったガタイのいい男。

 太い腕に無骨なガントレットをはめ、剃り上げた頭に蛙の刺青を入れたその顔は、以前、魔窟の入口で揉めたことのあるCランクの冒険者、ナイン・シュレーダーだった。

 後ろからは、痩躯の男とフードを目深に被った男もそろりと姿を現す。


「この前はデカい借りを作っちまったからなぁ! きっちり返さねぇとと思ってたんだよ!」


 ナインは二メートル近い体躯を揺らして、こちらへ歩いてくる。

 地面に這いつくばるイコルネを見下ろすと、この状況が余程嬉しいのか、ニタニタと下卑た笑みを浮かべた。

 イコルネはナインを睨みながら、咄嗟に右腕で乙女ノ炎舞(メディカラ)を抜く。

 だが、普段ならすぐさま魔力を溢れさせる相棒は、ピクリとも反応しなかった。


 自分たちを包み込んだ光――おそらくあれに、魔力を根こそぎ奪われた。

 右目は全く視えず、魔種(パラシード)も機能していない。

 なにより、込み上げる吐き気と頭痛が、魔力枯渇のそれだ。


 イコルネは刀の柄を強く握り込み、必死に頭を回す。

 腰のポーチには魔瓶(ポーション)があるが、片腕しか動かせない今、素早く取り出して飲むのは難しい。

 自分同様、魔力枯渇を起こしているタイラーやトーカも、まともに戦える状態ではないだろう。

 マリアテールだけは、トーカに守られたのか無事そうだが、ナインとの体格差が倍以上ある上、三対一のこの状況は圧倒的に不利だった。


 なんとかこの場を切り抜ける方法を探していると、隣でしゃがんでいたマリアテールが静かに立ち上がる。

 そのまま軽く膝を曲げたかと思えば、一足飛びにナインの顎へ膝蹴りを叩き込んだ。


「ぐぁ……!」


 大きく仰け反ったナインがその場に崩れ落ちる。

 彼女ではナインを蹴り飛ばすことこそできないものの、的確に急所を狙いにいくあたり、戦闘慣れしている。

 彼女は着地するなり取り出した三本のナイフを、ナインの横に立つ痩躯の男へ投げる。

 深々と刺さったのは両脚と左肩。

 男の悲鳴が上がるより早く距離を詰め、肩のナイフを無造作に引き抜く。

 悶絶する男を尻目に、フードの男の後ろへ素早く回り込むと、血のついたナイフをピッタリと首にあてがった。


「私たちに何をしたの」


 マリアテールとは思えない、冷たく鋭い声が響く。


「ヒッ……」

「いいから答えて。何をしたの」

「お、俺は言われてやっただけで……」

「何をしたのかって聞いてるのよ! さっさと答えないと、その首掻っ切るわよ!」


 ナイフを強く押し当てられ、男の首に血が滲む。


「ま、魔力を……霧散させる、魔法陣を描いた……」


 彼女はナイフを持つ手へ、さらに力を込める。


「ほ、本当だ! 信じてくれ!! 魔力枯渇を起こしてやれば勝てるって、ナインのやつが言うから! お前らが、店に入るのを見て、出てくるところを狙って……!」

「じゃあなんでイコが倒れてるのよ!」

「し、知らねぇよ! 俺は本当に陣を描いただけだ!!」


 フードの男は声を裏返らせながら、懇願するように叫ぶ。

 ナイフをつたう赤い筋がぽたりと垂れた時、「……マリちゃん」と静かな声が響いた。


「多分、彼の言ってることは間違ってないよ。僕らは本当に、魔力を取られただけだと思う」


 小さく息を吐いたトーカが、よろめくことなく立ち上がる。

 彼は、いまだ起き上がれないナインへゆっくり近づいていくと、腰に差していた細身の長剣を抜いて、倒れ伏す首元へ当てた。


「とりあえず……マリちゃんはそいつ殺しちゃダメだよ。殺るなら僕がやるから。それと、いつまでも伸びてるナイン君さ。その程度の実力のくせに、魔力を奪った程度で僕らに勝てるとか思ってたんだね。あの子の動きを目で追えもしないくせに」


 トーカは石畳を擦る剣先に片足を添え、首を押し潰すように刃をめり込ませていく。


「君の信念に則って言えば、借りはきっちり返さないといけないんでしょ? 僕らから奪った魔力分、君は何で返してくれるのかな」


 笑顔で首を傾げてみせる仕草は、いつも通り過ぎて薄ら寒い。


「あとそーだな……マリちゃんの服を汚した分と、イコくんの顔の傷の分もだね」

「兄さん……私、服なんて汚してない……」

「こんな奴らに触ったんだ、汚れたに決まってるでしょ。後で新しいのを買ってあげるよ」


 場違いなほど軽い口調のトーカに、マリアテールの張り詰めていた表情が、自然と呆れ顔へ変わっていた。


「それで? 君らの手持ちは足りる?」

「……ふざ、けんな」


 ナインが唸るような声を上げる。

 トーカの剣は切れ味が悪いのか、ナインの首からは血の一滴も出ていない。

 その代わり、深く食い込んだ刀身が、ぎりぎりと喉を押し潰していた。


「大真面目だよ。君たちの真似ってわけじゃないけど、やられたらやり返すのは、うちでも信条だからね。きっちり支払ってもらわないと」


 トーカは強く剣をめり込ませながら、身を屈めてナインの耳元に顔を近づける。


「『殺生法』に守られてると思ったら大間違いだよ。君ら程度、痕跡を残さずに消すことくらい容易いんだから」

「ガハッ……」


 空気を吐き出すようにむせたナインの口へ、トーカはするりと親指を差し込む。

 その指先からはバチバチと火花が散り、音を立てながら口の中を焼いた。

 驚愕と痛みに目を見開き、暴れようとするナインを、トーカはさらに剣で押さえつけて顔を上げる。

 余裕の笑みを浮かべたまま視線を向けた先は、マリアテールにナイフを突きつけられているフードの男だった。


「そういえば、ロン・テイル君に一つ聞きたいんだけど。あの魔法陣を発動させたのは本当に君?」


 ロンと呼ばれた男は困惑気味に目を逸らす。


「あれ、対象物だけじゃなく、陣の中にある魔力すべてを霧散させる魔法でしょ。普通なら、発動するだけでも相当な魔力が要るはずなんだよね。それを、君程度の魔法士が、一人で、発動させたとは到底思えないんだけど?」


 黙ったまま答えようとしないロンへ、マリアテールが首のナイフを押し当てる。


「ヒッ……! お、女に、黒い魔瓶(ポーション)を貰ったんだ。これを使えば、俺でも、王城魔法士団並の魔法を使えるって言われて!」

「女?」

「そ、そう、女だ! 髪が赤くてひょろっこい女! 飲み屋で急に声をかけてきて、お試しだとか言って渡してきたんだよ!」


 彼は青い顔で必死に石畳を指さす。

 その先には、粉々に砕けたガラス瓶が転がっていた。


「……赤い髪の女……そう」


 トーカは小さく呟くと、ロンへにっこりと微笑む。


「情報提供をありがとう。さて、話を戻そうか。君らの手持ちはいくらかな?」

「お、俺は持ってねぇ! うちの財布は、レイリーがまとめて管理してる!」


 レイリーと呼ばれた痩躯の男が、ビクリと身体を震わせる。

 手足から血を流して涙目になっている彼は、細い悲鳴を上げながら、慌てて懐に手を突っ込んだ。

 そのままジャラリと音のする袋を地面に置き、手をついて頭を下げる。


「こ、これで全部だ! 今日のことは今後一切口にしねぇ! ナインにももう突っかからせねぇから、見逃してくれぇ!」


 トーカはそれを見下ろすと、おもむろに振り返る。


「タイラー、見てくれる?」


「あぁ」と短く返したタイラーは、レイリーの前にしゃがんで袋の口を開く。


「大銀貨四枚に銀貨が二枚、あとは銅貨ばっか。お前ら湿気てんなー」

「うーん……僕らの借りがその程度っていうのはちょっとなぁ。他には何か持ってる?」


 わざとらしく悩んだ振りで尋ねるトーカに、レイリーは焦ったように荷物をまさぐりだす。

 そして、背負い鞄から四本の魔瓶(ポーション)を出すと、懇願の眼差しでトーカを見上げた。


「こ、これで本当に全部だ! もう何も持ってねぇ!」 

「んー……全然足りてはないけど、魔瓶(ポーション)があるから物はこれくらいでいいかな。あとは君らの口を縫い止めるだけで許してあげる」


 トーカはナイン、レイリー、ロンへとゆっくり視線を回す。


「今日、君たちはここには来なかった。昼間から酒を飲み、酔って暴れたせいで喧嘩になって、ちょっとした怪我を負った。そういうことにしよう。いいね?」


 まるで世間話でもするかのようにトーカが続ける。


「もし今後、少しでも今日のことを口にしたら、君らの大事な人から息の根を止めていく。酔った勢いで喋るようなことがあれば、その日の内に身内の箱詰めが届くと思っておいて。僕の耳も目も、王都の内外問わず幾らでもあるからね。酒の肴に愛する家族や友人がいなくなるのは嫌でしょ? 約束はしっかり守ることをお勧めするよ」


 イコルネは、にっこりと微笑むトーカの姿を見上げ、心底味方で良かったと思う。

 笑顔の下であらゆる情報を握っている彼を敵にまわせば、国外逃亡でもしない限り、逃げきることはできないだろう。

 執念深く、容赦のない彼が、約束を違えたら殺すと言うなら本当に殺すのだ。

 それも、絶対の法律である『殺生法』までをも掻い潜ったやり方で。


 レイリーが青い顔でこくこくと頷くと、トーカとマリアテールはようやく刃を収める。

 三人は互いを支え合いながらよろよろと立ち上がり、足を引きずるレイリーに肩を貸して走り出す。

 現れた時よりずっと小さく見えるその背中が、路地を曲がり見えなくなった途端、トーカとタイラーは崩れるようにその場へ座り込んだ。

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