↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AHEAD~再動したパーティは止まれない~  作者: あこね
第七章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
71/78

4話 悪夢


 頬にあたる冷たい石の感触と手首を締め付ける重い手枷。

 近くから聞こえるすすり泣く声に目を開けても、そこには暗闇が広がっているだけだった。


 ――あぁ、またこの夢か。


 トーカは身動きの取れない身体を横たえたまま、意識的に呼吸をする。

 闇に呑まれないように。

 隣で泣く妹へ、自分の恐怖が伝わらないように。


「マリー、大丈夫。大丈夫だよ」


 呼びかける自分の声は高く幼い。

 怖いと訴える妹へ、優しい口調で大丈夫だと繰り返す。

 泣き止むまで、眠るまで、安心させるように声をかけ続ける。

 そんなことしかできない自分に、どうしようもないやるせなさを感じながら、ひたすら大丈夫だと繰り返した。


 ガチャンッ


 唐突に錠前の外れる音が響く。

 不快な音を立てながら開いた扉の奥には、ぼんやりと光を放つランプが一つ。

 それを持ってゆっくりと近づいてくる体の大きな男は、温度のない瞳でこちらを見下ろしていた。


「……来い」


 低く野太い声が耳に届いた途端、身体がこわばり震え出す。

 そのまま近づいてきた男は、トーカの胸ぐらを掴んで無理やり立たせると、ずるずると引きずるように扉へ向かう。


「兄さんッ!! いや、連れていかないで!! お願い! 兄さん!!!」


 妹の悲痛な叫びが耳に刺さり、今から自分がされることへの恐怖を倍増させていく。

 しかしトーカは、身体の震えを堪えるように拳を握り、泣きじゃくる妹へ微笑んだ。


「大丈夫……大丈夫だよマリー。君は、僕が絶対に守るから」

「いやッ!! 置いてかないで! 兄さん!!!」


 声とともに妹の姿は掻き消え、再び暗くなった視界には椅子が一つ現れる。

 拘束具のついたその椅子へ、男はトーカを乱暴に座らせた。


 ――また始まる。


 手足と腰、首を固定され、項垂れた視界の端に白衣の男が映り込む。

 血のように赤い髪の隙間から、ギラついた目でこちらを見る男は、椅子の横まで来ると、覗き込むように気味の悪い笑みを浮かべた。


「さぁトーカ、今日も始めようか」


 耳元で囁かれたのは、男にしては高く、粘ついたいやらしい声。

 まるで刷り込まれたかのように腹の底から恐怖が沸き上がり、勝手に鳴り出す奥歯を必死に食いしばって、叫ぶ。


「約束は守れ! 僕は何度だってお前の相手をしてやる。だから、マリーには絶対手を出すな! 指一本でも触れたら、その指噛みちぎってやる!!」

「おぉ怖い。分かっているよトーカ。君ほどの素材はなかなかいないんだ、それくらいのお願いなら聞いてあげるとも。大丈夫、あの子には何もしないよ」


 男は耳障りな引き笑いを繰り返しながらトーカの頬に触れた。

 ゆっくりと頬から顎へ指をつたわせ、そのまま持ち上げるように上を向かせる。

 自然と開いたトーカの口へ、節くれだった細い指を滑り込ませると、そのまま心底楽しいというように笑う。


「一緒に新たな世界を見ような、トーカ」


 男は反対の手に、赤黒い液体の入ったガラス容器を持つと、そのままトーカの口へと流し込んだ。

 途端に感じる、強烈な苦味と口内を焼かれる痛み。

 吐き出そうと暴れるが、鼻と口を塞がれ、強制的に嚥下させられる。

 喉を焼きながら降りていく熱は徐々に広がり、血まで沸騰しそうな痛みが全身を襲った。

 声にならない絶叫とともに見開いた瞳には、花火のような閃光が瞬いては消える。

 その光の中に妹の姿を見た気がして、トーカは動かないはずの腕を伸ばした。


 ――大丈夫。大丈夫だよマリー。僕が絶対守るから。


 痛みに思考を奪われないよう、今まで何度も口にした言葉を必死に繰り返す。

 怯えて泣くあの子が、落ち着くように。

 暗闇にうずくまるあの子が、安心して眠れるように。

 トーカはひたすら、大丈夫と繰り返し続けた。



 いつまでそうしていたのか。

 気づけば全身の痛みは消え、視界も暗闇へと戻っていた。

 ゆっくり瞼を開けると、暗い自室の天井が映る。

 見慣れたその景色に、すべて夢だったことを実感し、トーカは深く息を吐いた。


 窓の外は薄暗く、夜明けまではまだ少し時間がある。

 疲弊した頭は酷く重いが、目を閉じれば、またあの夢に引きずり込まれてしまいそうな気がして、もう一度眠る気にはなれなかった。

 トーカは身体を引きずるように起き上がると、汗でベッタリとまとわりつくシャツを脱ぎ捨てて浴室へ向かう。

 簡易的なシャワーがついただけのそこは、ひんやりとした早朝の空気で満たされていた。

 明かりも付けずに蛇口を捻る。

 頭から被った冷水は、身体をつたって不快な汗を洗い落としていくが、夢の名残までは流してくれない。

 二十年近く経ってなお、鮮明に見続ける悪夢――それは、消したくても消せない過去の記憶だった。


 昨日、初めて他人へ語った自分の身の上。

 表情も声色も、すべて計算して騎士団との交渉材料にしたつもりだが、こうして夢に見るあたり、思っていたより平気ではなかったらしい。


 流れ続ける水を止め、顔を上げる。

 目線の高さに吊るされた鏡には、酷くやつれた自分の顔が映っていた。


「……ひどい顔」


 トーカはそうこぼして苦笑すると、軽く頭を振り、冷えきった身体を拭いて浴室を出る。

 ダイニングの窓からは白んだ空が見え、一日の始まりを告げようとしていた。

 おもむろに窓を開け放つと、冷たく澄んだ風が勢いよく吹き込む。

 部屋の中を駆け巡る風は、羽織ったシャツをはためかせ、テーブルに置かれていた紙束を舞い上げた。

 暗い木目の床に散らばった紙には、交渉のために調べ上げた、騎士団や研究所の情報がびっしりまとめられている。

 トーカは足元の一枚を拾い上げ、綴られた文字に顔を歪めた。


 ――合成魔獣(キメラ)。


 叶うことなら、もう二度と関わりたくなかった。

 だが、妹に害をなす可能性があるのなら、欠片も残さず消し去る。

 それ以外に選択肢はない。

 誰よりも幸せにならなくてはいけないあの子が、これ以上泣かなくて済むように。

 ずっと笑っていられるように。

 それさえ叶うのなら、自分は悪役にも道化にもなれる。

 たとえ代償を払うことになっても、ともに歩むことができなくなっても――この身があの子の道となれるなら、本望だ。


 トーカは部屋に散乱する紙を見つめ、わざと声を出して笑った。

 最愛の妹を守るために、自分を鼓舞するように笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。