2話 騎士団長への報告
「お前、そういう格好がほんと様になるな……」
「お褒めにあずかり光栄です。ギルド長もなかなかお似合いですよ」
ランティスの恨めしげな視線を、トーカは爽やかな笑みで受け流す。
今日の装いは、細かな刺繍の施されたミッドグレーのロングジャケットに、銀の装飾ピンで留めた黒い立ち襟という正装だ。
隣で眉間にシワを寄せているランティスも、いつものくたびれたシャツ姿ではなく、糊のきいた白襟にグレーのベストと、その上からネイビーのロングコートを羽織る格式ばった服装をしていた。
王城の西側に位置する騎士団棟。
夕日に染まるその廊下を、案内役の騎士に続いてトーカとランティスは歩いていた。
窓枠や燭台にあしらわれた装飾は、王城らしい荘厳さをかもし出し、象牙色の壁には紋章入りのタペストリーが整然と並んでいる。
足音を吸い込む深紅の絨毯をしばらく進み、廊下の突き当たりまで来ると、木目鮮やかな両開きの扉には《騎士団長室》と記された真鍮のプレートがはめ込まれていた。
騎士が小さく咳払いをして、緊張した面持ちでノックする。
「……入れ」
くぐもった低い声が届き、静かに扉が開く。
招き入れられた重厚な室内には、鋭い眼光をこちらへ向けるダレン・ベルフォールが、正面の執務机に座っていた。
赤金二色の刺繍を施された白い軍服に身を包み、背筋を伸ばして腕を組むその佇まいからは、騎士団長としての威厳が滲んでいる。
「冒険者ギルド長、ランティス・マクレーン殿をお連れしました!」
「御苦労。下がって良いぞ」
「はっ!」
声を張った騎士は勢いよく一礼し、ちらりとトーカを見てから、足早に部屋を出ていった。
扉の閉まる音が響くと、ダレンがおもむろに引き出しを開ける。
取り出したのは、見覚えのある細長い小瓶。
黒々とした液体が揺れるそれをコトリと机へ置き、ダレンはゆっくりとこちらへ視線を戻した。
「御足労感謝する、ギルド長殿。……そちらは、確か鏡鎧蜂討伐作戦に参加していた冒険者の方でしたかな?」
「はい。今回の件で問題の薬剤を発見し、回収したのが彼です。詳しい状況を証言させるため、同行させました」
いつになく硬い声を出すランティスの横から、トーカは一歩前に出る。
「トーカ・ロットと申します。貴重なお時間をいただき感謝いたします、ベルフォール騎士団長。概要はギルドからの報告で把握済みと伺いましたので、私からは現地で確認したことについてお話できればと」
そう言って、いつもと変わらない笑みを浮かべる。
ダレンはそれを真正面から受け止め、値踏みするように目を細めた。
「では、こちらから聞こう。報告書に『人為的に調整された薬剤である』と記されていたが、何を根拠にそう判断した?」
「この薬剤に魔力が含まれているためです」
「魔力……? 今回、朱猿が魔窟化したのは、薬剤の摂取が原因なのだろう? それだけの膨大な魔力があれば、拒否反応も相当なはずだ」
「えぇ、ですから『人為的である』と考えました。本来、体内の魔力は自身以外のものへ強い拒否反応を示しますが、この薬剤に対しては、その兆候が一切見られませんでした。さらには、使用した痕跡を隠蔽するかのように、数時間と経たずに魔力自体が消えてなくなる。こんなもの、意図的に設計でもしない限り、持ち得ない性質です」
顎に手を当てたダレンを見つめ、トーカは淡々と続ける。
「私個人の知見に過ぎませんが、薬剤にここまで手を加えるのは『製品化』まで見据えている場合がほとんどです。魔力の増幅という絶大な利益を生む以上、その価値を利用する何らかの目的があると見るべきでしょう」
「……秘密裏に、広めようとしている者がいると?」
「少なくとも、偶然出回ったものではないかと。そして、この薬剤の流通元には、ファウグス伯爵の息がかかった商会の名が複数上がっております」
視界の端でランティスが息を飲む。
報告書には一切記さなかった、貴族の影。
それをこの場で初めて聞かされ、彼の顔には驚きと困惑が入り交じっていた。
だが、目の前のダレンは眉一つ動かさず、変わらぬ眼光をこちらへ向ける。
「貴族の名を口にするとは……確かな証拠があるのだろうな?」
「裏付けまではまだ。ですがここ数年、伯爵が支援している研究については、騎士団長もご存じなのではないですか?」
挑発するように視線を返せば、ダレンは一瞬の沈黙を落として低く呟く。
「……合成魔獣か」
「えぇ。十七年も前に規制されたその研究へ、自ら商会を持つほど収支に厳しい伯爵が、多額の資金提供をしている。そして、薬剤が広く出回り始めたのが一年ほど前です」
「それだけで伯爵を薬剤と結びつけるのは、早計なのではないか?」
トーカはあえて視線を外し、小さく息を吐く。
ゆっくり瞬きをすると、塗り固めた笑みをわずかに崩した。
「合成魔獣の研究が、どんなことをするものなのかご存知ですか?」
「いや、詳しくは知らんな。ただ、規制の目的が非道な実験を抑制するためのものであった、というのは聞き及んでいる」
「非道な実験……確かにそうですね。合成魔獣は、本来掛け合わさることのない別種の魔物同士を、人工的に混ぜ合わせて作ります。その際におこなわれるのは、魔力を含む血液の投与と、体の部位や魔核の移植です」
「そんなことをすれば、それこそ拒否反応が起こるだろう」
訝しげな顔で、ダレンが遮るように問う。
「おっしゃる通り、他者の魔力は異物ですから、多量に取り込めば、たとえ同種であっても身体が強く拒絶します。その結果、移植部位の壊死や臓器不全を引き起こし、命を落とすことがほとんどです」
「しかし、最近は多くの成功例が出ていると報告が上がっているが……?」
「そのようですね。本来なら避けられないはずの拒否反応を、どうやって克服させているのか。……例えば、体内へ入れた魔力を異物として認識させず、特定の作用を起こすことのできる薬。そんなものがあれば、可能だとは思いませんか?」
「認識させない、薬……」
ダレンの視線が、机の上の小瓶へと落ちる。
合成魔獣研究において最も大きな障害である、魔力の拒否反応。
それを克服させる過程で、この薬剤が生み出されたのだとすれば、辻褄は合う。
「合成魔獣を作るには、莫大な費用がかかります。研究そのものを国が規制したということは、研究費などにも厳しい規定が設けられたのではないでしょうか。いくら伯爵の援助があるといえど、規定を超えて研究費を確保することはできない。……そこで『栄養剤』や『魔力の増幅剤』として、この薬剤を売りさばいた金を不足分に充てている。そうは考えられませんか」
トーカの問いかけに、ダレンが初めて狼狽えた表情を見せる。
小瓶を見つめたまま黙り込み、眉間へ深い皺を寄せていたが、不意にぴくりと眉を動かすと、顔を上げてこちらを見据えた。
「トーカ・ロットと言ったか。君はなぜ合成魔獣研究について、そこまでの知識を持っている?」
鋭い光を宿す瞳が、一挙手一投足まで見逃すまいと細められる。
しかしトーカは、そんな視線を真正面から受け止め――そして、柔らかく微笑んだ。
「僕は合成魔獣研究の被検体でしたから」




