幕間 憧れの先輩
王立学院に入学して初めての定期考査の後、ハリエルは同級生たちに校舎裏へと連れてこられていた。
壁を背に、胸の前で鞄を抱えて俯く自分を、四人の大柄な男子生徒が囲んでいる。
「なんで連れてこられたか、分かるよな?」
目の前に立つ一人が低い声で言う。
ハリエルは鞄を握りしめ「ヒッ」と小さな悲鳴をあげた。
「……な、なんでって」
「お前がトロいせいで! 俺らの実技試験が散々だったんだよ!!」
怒鳴った彼は、躊躇なくハリエルの脇腹を蹴る。
受身を取ることもできずに地面へ転がると、鼻息の荒い声が次々に上から降ってきた。
「飛鼠一匹倒すのにどんだけ時間使ってんだよ! お前があと三匹倒してりゃ、俺らは最下位にならずに済んだんだ!」
「こんな愚図と同じ班にされて、いい迷惑なんだよ!」
「これで留年なんてことなってみろ、みんなの笑いもんだぞ!!」
どれもこれもハリエルを責め立てる言葉。
確かに自分は、実技試験の討伐対象である飛鼠を一匹しか倒せなかった。
だが、今回の試験は五人班で倒した数の合計が評価対象だ。
他の班では協力して追い込んだり、得手不得手で役割を決めて立ち回ったりしているのに対し、彼らは各々が好き勝手に行動していただけ。
運動がそれほど得意でない自分では、そもそも飛び回る飛鼠に追いつくことができず、自力で一匹倒せただけでも奇跡に近かった。
そして、彼らの倒した数もそれほど多いとは言い難い。
最下位という結果は、なるべくしてなったのだと誰もが言うだろうに、彼らはその不平不満を一番成績の悪かったハリエルへ理不尽にぶつけていた。
再び蹴られそうになり、目をぎゅっと閉じた時、不意に「なぁ……」と場違いな声が聞こえる。
気だるげな足音とカチャカチャと聞こえる金属音に顔を上げれば、そこには自分たちより背の高い、赤土色の髪の青年が立っていた。
「邪魔なんだけど……」
ため息混じりに言う彼は、着崩した制服の腰に二本の黒刀を指している。
授業以外で武器を持ち歩けるのは高学年だけなので、おそらく上級生だろう。
面倒くさそうに頭を掻く彼へ、ハリエルを囲んでいたうちの一人が噛み付く。
「俺らは忙しいんだ、どっか行けよ! それに上級生は今授業中だろ! なんでこんな所にいるんだよ!」
「演習場までの近道なんだよ……。ていうかお前らこそ、こんなとこでなにしてんの? 一年は今日試験だろ」
怒鳴られても全く態度を変えない上級生へ、威勢の良かった男子は戸惑ったように言葉を詰まらせる。
静かに「なるほど……」と呟いた彼は、ハリエルへ視線を落とした。
「……結果が悪かったから、弱い者いじめで憂さ晴らしか。陰湿だな」
「うるさい! 全部こいつのせいだから、ケジメをつけさせてるんだ!」
そう叫んだ男子を無視して、上級生はこちらへ歩いてくる。
「な、なんだよ、止めようってのか! 俺らは責任取ってもらってるだけだぞ!」
「いや、そこ通りたいだけ……」
「邪魔すんなら、あんたもただじゃすまさねぇ!」
啖呵を切った男子は、聞く耳も持たずに殴りかかろうとする。
だが、その拳が振り抜かれるより早く、距離を詰めた上級生が押し倒すように組み伏せる。
そのままスラリと刀を抜き、首元へと当てた。
「喧嘩売るなら、相手の実力くらい見極めろよ」
「ひぃ……!」
掠れ声で悲鳴を上げた男子は、今にも泣き出しそうだ。
ほかの生徒たちも真っ青になって後ずさりしている。
そんな周りの様子に小さくため息をついた上級生は、組んでいた腕をあっさりと解いた。
「はぁ……。今年の試験って班での討伐だろ。足でまといをどう使うかも、評価として見られてるんじゃねぇの? こんなとこで八つ当たりしてる暇があるなら、鍛錬でもして、強くなる努力をしろよ」
そう言いながら刀を鞘に戻し、彼は目の前を通り過ぎていく。
全員が呆けている中、ハリエルはその背中へ思わず声をかけた。
「あ、あの! お名前を教えてください!!」
「? ……イコルネ・ターリア」
「イコルネさん! 助けていただきありがとうございました!!」
「……別に。まぁ頑張れ」
彼は軽く手を振り歩いていく。
その大人びた背中はどこまでも大きく見え、ハリエルの瞳には目指すべき目標として、深く深く刻まれた。
次回の投稿は、明後日10月17日(土)となります。
※明日は活動報告にて登場人物紹介⑥を投稿しますので、興味がある方は覗いてみてください。




