13話 いつもの店
「飯行かね?」
タイラーの言葉に賛成の声が上がる。
咥え煙草で空腹をごまかしていたイコルネは、顔を上げた途端にぐぅと腹が鳴った。
ギルドでの報告をようやく終えた頃には、すっかり夜も深まっていた。
冒険者の数はまばらで、いつもなら閑散としているはずのロビーには、忙しなく行き交うギルド職員たちがバタバタと足音を鳴らしている。
彼らは一様に、朱い毛皮や木箱を抱え、カウンター奥の素材保管庫へと運び込んでいた。
「お疲れさま! あとは私たちでやっておくから、帰ってもらって大丈夫よ!」
壁際に集まるイコルネたちへ、そばを通り掛かったニコルが言う。
彼女も他の職員同様、上半身が隠れるほどたくさんの朱い毛皮を抱えていた。
そこへ、受付から戻ってきたトーカがにこやかに笑いかける。
「こんな時間に忙しくさせてごめんね。ギルド長に、明日改めて報告に行くって伝えてくれる?」
「わかりました!」と元気よく答えた彼女は、足早に保管庫へと歩いていった。
「随分かかったな」
欠伸を噛み殺しつつイコルネが言うと、ニコルへ手を振っていたトーカが眉を下げる。
「普通の討伐依頼が魔窟潰しに変わっちゃったからね。報告書類を三枚も書かされたよ」
「素材の量もえぐいことになってるしな」
職員たちを眺めるタイラーが苦笑する。
「依頼書の十倍近いんじゃないかな。夜勤の職員まで引っ張り出されてるみたいだから、悪いことしちゃったよ」
「私たちはちゃんと仕事しただけだもの、いーのいーの! ニコルも帰っていいって言ってたし、早く解散しましょ」
そう言ってマリアテールが歩き出した時、タイラーが大きく伸びをしながら声をかける。
「なぁ、飯行かね? どうせお前ら、帰って寝るだけだろ」
「いいわね」
「僕も構わないよ」
「ん」
「あ、あの!!」
三人の返事へ被せるように、押し黙っていたハリエルが声を上げる。
所在なさげに手を動かしながらイコルネをちらりと見た彼は、つい先日依頼への同行を願った時と全く同じ角度で頭を下げた。
「僕もご一緒させてください!!」
「……別に、普通に着いてくればよくね? 依頼終わりの打ち上げみてぇなもんだし」
「何言ってんだ?」とでも言いたげな顔で、タイラーが見下ろす。
その言葉に勢いよく頭を上げたハリエルの顔は、ご褒美を貰えた子犬のように輝いていた。
* * *
「いらっしゃい!」
賑わう店内へ入ると、見知った顔がこちらを見る。
黒鳶色の短い髪を刈り上げた彼は《モグラの横穴亭》の店主、フォルディオ・ソルバーだった。
「空いてる?」
トーカの問いに、彼は店の奥へ視線を向ける。
店構えより遥かに奥行きのある店内は、細い通路の先にいくつもの個室が連なり、吊るされたランプがぼんやりと辺りを照らしている。
どこか小動物の巣穴を思わせる密やかな雰囲気の通路――その左側、手前から三番目の扉。
そこは、《ただ前へ》が駆け出し冒険者の頃から入り浸るのに使っている、馴染みの部屋だった。
「丁度空いてるぞ。お? なんだ、今日はおまけがいんのか。その辺の椅子適当に持ってってくれ」
イコルネの後ろから顔を出していたハリエルを見つけ、フォルディオは物珍しそうに笑う。
「はい!」と元気よく返事をしたハリエルは、そばのテーブルから木の椅子を一つ取り、心底大事そうに両腕で抱えた。
個室へ入っていつもの席に座ると、タイラーが慣れた手つきで注文のメモ用紙に酒の名前を書いていく。
ラム酒、蒸留酒と氷、果実酒と炭酸水、エール――そこで手を止め、ハリエルを見る。
「お前は?」
「え……?」
「酒」
「あ、あぁ! で、ではイコルネさんと同じものを!」
タイラーはメモ用紙の最後に「2」と付け加えると、扉の前に椅子を置いて座るハリエルへ渡す。
「外の剣山に指しとけ。お前が一番近い」
「な、なるほど! 注文を聞きに来なくてもいいシステムなのですね! さすが《ただ前へ》御用達の店です!」
「……いいからさっさとやれ」
呆れ顔のタイラーに言われ、ハリエルは笑顔で立ち上がって部屋の扉を開けた。
その時、扉の前に人影が現れる。
「わっ!」と小さく声を上げた彼の前に立っていたのは、手に酒瓶とグラスの乗ったお盆を持つフォルディオだった。
「おっと、悪ぃな」
「いえ! こちらこそいきなり扉を開けてすみません!」
「ははっ、随分礼儀正しいな。お前ら新しい舎弟でもとったのか?」
笑いながら部屋へ入ってきたフォルディオは、テーブルの上に酒を置いていく。
それぞれの前に置かれる酒は、先程のメモに書いたのと同じもの。
まだ注文してもいないのに持ってきてくれるあたり、彼との付き合いの長さが現れている。
「注文の紙もらうぞ」
手を差し出した彼に、ハリエルが慌ててメモ用紙を渡す。
それを見たフォルディオはサッと個室を出ていき、エールのジョッキと小皿を五つ持って戻ってきた。
皿の上には、しっとりとした衣をまとう五センチほどの小魚が数匹乗っている。
目の前に置かれるなり香ってくる甘酸っぱい香りは、おそらく甘酢漬けだろう。
空腹を刺激する匂いに、イコルネの腹が再び鳴る。
「イコ君のお腹が訴えてるから、早速乾杯しようか」
苦笑したトーカがグラスを手に取る。
それに続いて全員が酒を持つと、彼は軽く声を張った。
「色々あったけど、とりあえずみんなお疲れさま。乾杯!」
「「「「乾杯」」」」
* * *
「イコルネさぁーん、なんでそんなにかっこいいんですかぁ!」
「うるさ……」
隣に座るハリエルが涙を流しながら机を叩く。
そんな彼の様子に、イコルネは鬱陶しそうにため息をついた。
夕食をとりつつ酒を飲み始めてから一時間ほど。
初めは緊張した様子のハリエルだったが、酒が進むにつれ段々と饒舌になり、今では泣き上戸の酔っ払いとなっていた。
「だって何から何まで凄いんですよぉ! 動き一つとってもかっこいいとか、反則じゃないですかぁ!」
中身のない褒め言葉に、向かいのマリアテールがケラケラと笑う。
「あんたお酒よっわ! エール二杯で完全に出来上がってるじゃない」
「仕方ないじゃないですかぁ! 僕、普段あんまりお酒とか飲まないんですよぉ!」
「じゃあ、なんで今日は飲んでんのよ?」
「だってぇ! 憧れの人たちと、同じ席に座らせてもらえてるんですよぉ?! 嬉しくてお酒が進んじゃうのは当たり前ですよねぇ!! しかも……しかも! イコルネさんのお酒の好みが知れたんですよぉ! これから僕は、一生エールしか飲みません!」
高らかに宣言するハリエルの顔は真っ赤だ。
上機嫌に笑うマリアテールもほんのり頬が染まり、グラス四杯目でそれなりに酔っているらしい。
隣に座るトーカは相変わらず度数の強い酒を湯水のように煽り、片膝を立て座るタイラーは随分前から水しか飲んでいなかった。
イコルネはエールを飲み干し、既に酒瓶やグラスで埋まったテーブルへジョッキを置く。
その様子をうっとりとした表情で眺めていたハリエルが、無駄に声を張り上げた。
「そもそもぉ! 《ただ前へ》って名前からしてかっこいいじゃないですかぁ! センスの塊ですよぉ! ……名付け親は誰なんですかぁ?」
「誰だっけ……?」
「兄さんじゃなかった?」
「うーん……僕っていうより、周りから皮肉を込めて呼ばれてた名前って感じだけどね。誰も反対しないから定着しちゃったけど」
「皮肉ぅ?」
「『前に進むことしか能のない奴ら』って意味。結成当時は、前衛しかいないなんてありえない! って散々言われてたしね」
「あの頃はうるさかったわよねー。騒いでた奴らは、私たちに追い抜かされて早々に黙ったけど!」
鼻を鳴らすマリアテールに、ハリエルが目を輝かせる。
「流石ですッ!! 実力で黙らせるその姿勢、尊敬しますッ! それに僕は《ただ前へ》って名前いいと思いますよぉ。常に前進して勝利を掴み取っていくパーティとか、まさに皆さんって感じじゃないですかぁ。イコルネさんも、タイラーさんも、マリアテールさんも、トーカさんも、どんどん先に行っちゃって……僕なんて全然追いつけないんだぁー!」
再び泣き出したハリエルは勢いよく机に突っ伏す。
しばらくブツブツと泣き言を言っていたが、唐突に頭を上げると、涙でぐしゃぐしゃの顔でイコルネを見た。
「でも僕はねぇ、あなたたちが再結成してくれて、ほんとに嬉しいんですよぉ。……憧れとか目標とかってのを抜きにしても、《ただ前へ》っていう最強のパーティが、この先どれほどの功績を挙げていくのか……それを間近で見れることが、何よりも嬉しくて、楽しみで仕方ないんですぅ」
曇りのない笑顔がこちらを見つめる。
自分たちのこれからをなんの疑いもなく期待する彼の言葉は、眩しいくらいに素直で――イコルネは目を逸らしたくなるような居心地の悪さを感じた。




