11話 報酬
「さぁ座ってください」
トーカに促され、村長がおずおずと椅子に座る。
背を丸めて縮こまる彼は、ズボンのポケットから小さな巾着を取り出した。
「ほ、本来の報酬、大銀貨四十枚は冒険者ギルドの方へお渡ししてありますので、そちらから受け取ってください。……それから、あの、不測の事態……魔窟にまで対応していただいたので……追加として、私から金貨二枚をお渡しできればと……」
震える手で金貨を並べ、村長が唇を噛む。
空になった巾着を握りしめて俯く姿は、これが彼のなけなしの貯金なのだとイコルネにも分かるほどだった。
あまりの萎縮ぶりに、哀れみの視線を向けたイコルネとは対照的に、トーカは笑顔を貼り付けたままゆっくりと足を組む。
「合わせて金貨六枚、ね。……村長、魔窟潰しの相場は知ってます?」
「い、いえ、その……あまり外のことには詳しくなく……」
「そうですか。では、僕らがBランクの冒険者だということは?」
「そ、それはもちろん! 朱猿の討伐は、最低でもBランク以上の方が対応すると、ギルドから説明を受けております」
「でしたら、後学までに教えておきましょうか。Bランクの冒険者へ出される魔窟潰しの依頼料は、最低でも金貨二十枚です。そこに細かな要求がつくのなら三十枚は下らないんですよ」
「さ、三十枚……!? そんな額、この村には……」
狼狽える村長へ、トーカはにっこりと微笑む。
「流石に僕らも、生活を犠牲にさせてまで金をむしり取ろうとは思っていませんよ。なので、今回追加の要求として請け負った、人工林の保護と子供の救出、それから突発的な魔窟への対処。これらすべてを合わせて、金貨十枚で手を打ちましょう」
「十枚……」
村長は青い顔で視線を落とす。
慎ましい暮らしの村で、金貨十枚ともなれば一年分の蓄えをすべて吐き出して、ようやく用意できる額だ。
冒険者からすれば破格の報酬だが、これから雪に閉ざされるシダナ村にとって、その金は容易く渡せるものではないだろう。
黙り込んでしまった村長へ、トーカは柔らかな声で言う。
「それでも払えないのであれば、これの情報を買い取りましょう」
彼は机の上に置かれていた小瓶を手に取り、静かに振ってみせる。
顔を上げた村長は困惑した様子で、トーカと小瓶を見比べた。
「情報? ……その、栄養剤のですか?」
「はい。これの原材料や入手経路、効果の詳細なんかを教えて欲しいんです。それから、村に残っている分はすべて譲っていただけませんか? その分の対価を差し引いて、報酬は金貨六枚で構いません」
「そんなので、よろしいんですか……?」
「僕らにとっては、それだけ有用な情報なんです」
笑顔で言い切るトーカに、村長は安堵のため息をつき、深々と頭を下げる。
「ご配慮に感謝します。……その栄養剤は、大きな街へ木材を売りに出た者が、作物の育ちを気にして買ってきたものです。売っている場所などはその者しか知りませんので、すぐに呼んでまいりましょう。皆の家にある分も急いで集めさせますので、こちらでお待ちください」
そう言うと、村長は足早に食堂を出ていった。
彼の背を見送ったトーカが、手の小瓶を静かに置く。
どろりと揺れた黒い液体は、相変わらず気味が悪く、やはりただの栄養剤だとは思えない。
「危ないものだって、教えなくてよかったのか?」
硬い声で尋ねる。
こちらへ視線を向けた彼は、身体を解すように足を組み直し、意地の悪い笑みを浮かべて頬杖をついた。
「これでいいんだよ。下手に騒ぐと売人が逃げるからね」
* * *
「俺、荷台の番するわ」
後ろから聞こえたイコルネの声に、ハリエルは慌てて振り返る。
「ぼ、僕がやります! それくらいの仕事はさせて下さい!」
勢いよく手を挙げてみせるが、イコルネはこちらへ一瞥もくれず、荷台へと歩いていってしまった。
シダナ村を出発した馬車が人工林を抜けたのは、日が傾き始めた頃だった。
幌布の降ろされた荷台には、朱猿の魔核や毛皮、村人たちから渡された作物の栄養剤が入った木箱が山積みにされている。
おかげで人の乗れる余地はほとんどなくなり、御者台にトーカとマリアテールだけを乗せ、ゆっくりと帰路を進んでいた。
後方へ向かったイコルネを追おうと、ハリエルは踵を返す。
しかし、馬車の隣を歩くタイラーがその腕を乱暴に掴んで止めた。
「ほっとけ。あいつ寝に行っただけだから」
「……寝に?」
キョトンとするハリエルにため息をこぼし、タイラーが呆れた視線を荷台へ向ける。
「歩いて帰るのがダルくなったんだろ。どうせ昼寝だ」
「そう、なんですか……?」
「王都に着く頃にはしれっと起きてくる。今ちょっかいかけに行くと機嫌悪くなんぞ」
ハリエルは露骨に肩を落とす。
魔窟での失態を少しでも挽回したかったのだが、そう上手くはいかないらしい。
ずっと憧れていた《ただ前へ》の四人と過ごせたこの二日間は、自分にとってかけがえのない時間だった。
直接会話し、戦闘に混ざり、彼らが何を考え、どう動くのか――それらを間近で感じられたことは、何物にも代えがたい経験だ。
想像と違う部分も多少ありはしたが、朱猿の群れを容易く一掃してしまう彼らの背中は、自分が目指し憧れる『かっこいい冒険者』そのものだった。
だが、トーカが同行を許してくれたのは今回の依頼だけだ。
王都へ戻り、ギルドでの報告が終われば、こうして気安く話しかけることも、もうできなくなってしまう。
残りわずかな時間、少しでも長くイコルネのそばに居たい。
その気持ちが拭いきれずに、未練がましく荷台を気にしていると「前見て歩けッ」とタイラーに尻を蹴られてしまった。
「イコ君のこと、本当に好きだよね」
手綱を握るトーカが、御者台から顔を出してクスリと笑う。
「当たり前です! イコルネさんは僕の憧れですから!」
「でも彼、結構なサボり魔だよ?」
「それは……意外でしたが。強くて優しくて格好良いイコルネさんへの気持ちは変わりません!」
鼻息荒く宣言すれば、隣のタイラーが鬱陶しげな視線を向けてくる。
「ズボラでだらしなくて面倒臭がりの間違いだろ」
「そんなことないですよ! 学生の頃、剣術科の定期考査ではイコルネさんの名前が常に上位に載っていましたし、周りに見せないだけで、きっと勤勉で努力を惜しまない人なんだと思います!」
その時、トーカの横に座っていたマリアテールが笑い声をあげる。
「あはは! 勤勉って、イコに一番似合わない言葉でしょ。サボることに関しては首席が取れるくらいだったわよ」
「座学の教室では、ほとんど姿を見なかったもんね、彼」
「イコは基本、演習場にしかいなかったからな。まともに出てたのなんか、魔物生態の授業くらいだろ」
「それも出席率は四割もいってなかったと思うよ」
「あれで総合成績は真ん中より上なのよ? 真面目に授業受けてるこっちが馬鹿らしくなるったらなかったわ」
「あいつ根っからの刀馬鹿だから、剣術科の教師たちに気に入られてたんだよ。じゃなきゃ俺らと一緒に卒業なんかできてねぇって」
本人のいない所で交わされる思い出話を、ハリエルはなんとも言えない顔で聞く。
知らなかったイコルネの姿に触れられるのは嬉しいが、次第に辛辣になる会話には、つい反論したくなってくる。
「で、でもですね! イコルネさんが授業に出ていなかったおかげで、僕は虐めから助けてもらえました! 今回の件もそうですが、イコルネさんには、人を助けられる優しさがあると思うんです!」
「……まぁ、悪い奴ではねぇよ」
「そう、とっても良い人なんです! それに戦闘が始まれば、流れるような身のこなしも、洗練された刀裁きも、見惚れるほどかっこいいんです! 僕もいつか、イコルネさんのような戦い方ができる冒険者になりたいと、強く思いました!!」
「あんたじゃ、今のイコみたいにはなれないわよ」
御者台からこちらを見下ろすマリアテールが、唐突に声の温度を下げる。
軽く細められた紅茶色の瞳は、いつもの明るく活発な印象とは違い、明確な拒絶の色が滲んでいた。
しかしハリエルは、その視線を跳ね除けるように言い返す。
「分からないじゃないですか! 僕だって伊達に冒険者はしていません! もっともっと腕を磨いて、皆さんみたいに高ランクの依頼を沢山こなしていけば、いずれは……!」
「イコのあの強さは、そういうことじゃないから。……目指したって時間の無駄よ」
「そんなことありません! 今回、間近で戦闘を見て、改めてこの人みたいになりたいと思ったんです。なれるかどうかじゃなく、なりたいから目指すんです。僕にはイコルネさんみたいな魔眼や剣技はないけど、それでも、追いつきたいと努力することを、他人に無駄呼ばわりされる筋合いはありません!!」
半ば叫ぶように言い切る。
確かにこの四人は尋常じゃなく強い。
未来予知じみた動きも、目で追えない速さも、巨木を薙ぎ倒す力も、戦況を操る頭脳も――真似できるようなものでないことを、今日一日で嫌というほど思い知らされた。
きっと、地道に努力する自分の姿など、彼らからしたら滑稽でしかないのだろう。
それでも、今まで積み重ねてきたことを、これからやろうとしていることを、自分の努力すべてを否定される謂れはない。
ハリエルは怒鳴られる覚悟でマリアテールを睨み返す。
しかし彼女は、呆気なく視線を外すと、そのまま御者台の奥に頭を引っ込めてしまった。
歯牙にもかけない態度に気持ちが収まらず、さらに抗議しようと口を開いた時、唐突な衝撃を尻に受ける。
「うわっ!」と声を上げて振り向けば、辟易した顔のタイラーが片足を上げていた。
「うるせぇ。黙って歩け」
「……すみません」




