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AHEAD~再動したパーティは止まれない~  作者: あこね
第六章

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8話 バルシダーの魔窟


 地響きを上げながら、ふた抱えもある大木が倒れていく。

 メキメキと軋んだ幹は太い枝に引っかかり、イコルネの目の前で斜めになって止まった。

 その上を、大剣を手にしたタイラーが駆け上がっていく。


「っしゃあ! ここなら切り倒しても文句ねぇだろ!」

「ちょっと来ないでよ!」

「うっせぇ! お前にばっか獲物とられてたまるかッ!!」


 楽しげな声とともに、次々と朱猿(フレイムエイプ)が落ちてくる。

 力技で作った足場を走るタイラーと、そのさらに上を飛び回るマリアテール。

 二人は群がる敵を片っ端から蹴散らし、ここぞとばかりに暴れ回っていた。



 イコルネたちが飛び込んだ魔窟は、バルシダーの大木が立ち並ぶ薄暗い森だった。

 シダナ村の人工林とは比べ物にならないほど巨大な木々は、太い幹が幾重にも重なり、数十メートル先さえ通すことができない。

 不思議と視界は利くが、遥か高くで広がる枝葉が空を覆い尽くし、闇に沈んだ枝の隙間には、無数の朱猿(フレイムエイプ)がひしめいていた。


 不意に鈍い金属音が響き、イコルネの前に一匹の朱猿(フレイムエイプ)が枝ごと転がり落ちてくる。

 大人の男ほどもある猿は、地面にぶつかる寸前でなんとか幹にしがみつくと、そのまま大きく跳び上がってこちらへ襲いかかってきた。

 反射的に身を逸らし、すれ違いざまに斬り伏せる。

 真っ二つになった胴体が、綺麗な断面を晒して転がり、相変わらずなんの抵抗も感じない乙女ノ炎舞(メディカラ)の切れ味に、イコルネは思わず口角を上げた。

 咥えていた煙草を吐き捨て、刀の柄を握り直す。

 顔を上げるなり飛び降りてきた数匹の猿を一太刀で仕留めると、身を返しざま、背後にいたもう一匹の首も跳ねる。

 深追いはせず、地上へ降りてきたものだけを適確に倒すこと十匹。

 続々と集まる群れに取り囲まれたイコルネは、両手の中でわずかな熱を持ち始めた乙女ノ炎舞(メディカラ)へ、思い切り魔力を込める。

 途端に刀身から熱が溢れ出し、振り抜く勢いに乗せて斬撃が飛ぶ。

 朱い毛皮を焼き切った軌跡は、猿を薙ぎ払ってなお伸び続け、辺り一帯の木肌へ深々と焦げ跡を刻みつけた。

 チリチリと舞う火の粉の中、「イコ!」と呼ぶ声とともにマリアテールが降りてくる。

 軽い足音を鳴らして着地した彼女は、おもむろに上を指さす。


「ここ、あんまり広くないかも。木のてっぺんまで行ってみたんだけど、一キロくらい先でなくなってた」

「え……マリー、これ登ったの?」


 見上げる木の高さは優に四十メートルを超えている。

 それを身一つで、しかも魔物を倒しながら登って降りてくる彼女は、やはり身体能力が桁違いに高い。

 若干引いているイコルネをよそに、マリアテールは魔窟の入口へ視線を向ける。


「魔窟自体が狭いせいで、外にいっぱい出てきてたんだと思うわ」

「なるほどな」

「この中もどんどん猿で溢れてきてるし、あんまり時間をかけると村がやばいかも……」

「まぁ、狭いなら探しやすくていいよ」


 イコルネは軽く伸びをして両目を閉じる。

 そのままゆっくり右の瞼だけを開けば、濃く鮮やかに染まった瞳は、朱色に輝く魔窟内部を鮮明に映し出した。


「探る」


 それだけ言うと、マリアテールの気配が消える。

 風のごとく駆けた淡い金が、猿たちを容赦なく切り裂き、周囲に再び集まりかけていた群れを、あっという間に蹴散らした。

 イコルネは露払いを彼女へ任せ、右目に意識を集中させていく。

 おびただしい数の魔力と、朱一色で形作られた木々。

 わずかな眩しさを感じつつ、さらに目を凝らせば、幹で遮られていた視界が透けるように開けていき、直径一キロにも満たない魔窟が徐々に全貌を現した。

 その中で一番強い光――『核』の魔物を探して視線を巡らせる。

 やがて目を留めたのは、五十メートルほど先の梢。

 鮮烈な朱を放つ魔力の塊が、見覚えのある飴色を抱え込んでいた。


「いた! 子供も一緒だ!」


 声を張り上げて走り出す。

 すかさずマリアテールが頭上を飛び越え、枝を伝って駆けていく。

 彼女に続いて大木の間を抜けた途端、イコルネの両目に飛び込んできたのは、炎に身を包むかのような大猿の姿だった。

 体長二メートルを超す身体に凄まじく濃い魔力をたぎらせ、長く伸びた体毛が風もないのに上へなびいている。

 はち切れんばかりに隆起する肩からは屈強な腕が四本も生え、最早、朱猿(フレイムエイプ)かどうかさえ分からない様相だ。

 こちらに気づいた大猿が身動ぎすると、胸の前で組んだ腕の隙間に小さな黒髪の頭が覗く。

 ぐったりと意識を失っているニックは、今にも朱色に呑み込まれてしまいそうだが、頼りなく揺れる飴色の光は、まだ懸命に瞬いていた。


 そこへ、向かいの枝に登ったマリアテールが、なんの躊躇いもなくナイフを投げる。

 大猿は瞬時に飛び退くが、刃が幹へ刺さるより早く、ニックを抱えた腕から血が噴き出した。

 見れば、いつの間に移動したのか、マリアテールがその腕に取り付き、サバイバルナイフを突き立てている。

 彼女は素早く刃を引き抜くと、ずるりと落ち始めたニックの服を掴み、後ろへ跳ぶ勢いのままくるりと体を一回転させた。


「邪魔ッ!」


 声と同時にニックがイコルネの元へと飛んでくる。

 地面に落ちる寸前で受け止めれば、まだしっかりと温かい体には、目立った怪我はなさそうだった。

 イコルネは後ろへ向かって声を張る。


「ハリエルッ!」

「は、はい!」


 上擦った返事をしながら走ってきたハリエルへ、半ば投げるようにニックを渡す。

 慌てて抱き抱えた彼はバランスを崩し、その場に倒れ込んで尻もちをついた。


「《障壁》張れ、トーカ!」


 すぐさま手を打ち鳴らす音が響く。

 音とともに駆け抜けた金の光は、ハリエルの足元へみるみる集まると、二人を覆う半球状の《障壁》へと姿を変えた。


「そこでじっとしとけ」

 

 それだけ言い捨て、踵を返す。

 乙女ノ炎舞(メディカラ)を強く握り込んだイコルネは、頭上の戦闘を見据え、マリアテールと大猿の元へと駆け出した。



 * * *



 ハリエルは眼前の光景を呆然と見つめる。


 目にも止まらぬ速さで跳ね回る朱猿(フレイムエイプ)と、それを上回る速度で追うマリアテール。

 傾いた幹の上を駆けるイコルネは、まるで敵の動きが分かっているかのように、猿が降り立つ先へ斬撃を飛ばす。

 間一髪逃れても、マリアテールがすかさずナイフを振り下ろし、転がるように避けた背中へイコルネが追撃する。


 一見完璧な連携だが、時折聞こえる金属音は二人の刃が交わる音。

 縦横無尽に繰り広げられる高速戦闘の中で、味方の攻撃を弾きながら敵を追い詰めていくなど、どう考えても常軌を逸していた。

 しかし、そんな彼らでも仕留めきれないあの魔物は、おそらくAランクの討伐難易度だろう。

 元々Bランクの朱猿(フレイムエイプ)が魔窟化したので、当然といえば当然だが、確実に傷を負っているはずの猿の動きは、一向に鈍る気配がなかった。


 息を飲むような激しい戦闘を前に、つい力が入っていたのか、抱き抱えていたニックが身動ぎする。

 焦って開いた腕の中で呻く彼は、苦しげに眉を寄せると、瞼を震わせながらゆっくりと目を開けた。


「ニック! 気がついた?」

「……ッ、うわぁぁぁああ!!」


 突然叫んだニックが恐怖に顔を歪めて暴れ出す。

 なんとか落ち着かせようとするも、強引に腕を振りほどき、自分たちを覆う金の光の外へと飛び出した。


「待ってニック! ここから出たらダメだ!!」


 咄嗟に手を伸ばすが、わずかに届かない。

 トーカの張ってくれた《障壁》は、この魔窟内で唯一安全な場所だ。

 そこから出てしまえば、小さな子供などあっという間に命を落としてしまう。

 ハリエルが勢いよく立ち上がった時、真横を巨体が通り過ぎる。

 朱く尾を引いた残像は――四本腕の朱猿(フレイムエイプ)。

 イコルネたちと戦っていたはずの大猿が、目を血走らせてニックを狙っていた。

 ハリエルは弾かれたように地を蹴り、その背を追う。

 だが、足をもつれさせるニックは瞬く間に追いつかれ、丸太のような腕が頭を掴み取ろうとした刹那、小さな体が不自然に横へ飛んだ。

 激しい衝突音が響き、血飛沫が舞う。

 地面を転がったニックへ駆け寄り、すぐさま顔を上げたハリエルの目に映ったのは――


 朱い巨体を正面から押し留める、イコルネの姿。


 突き飛ばすように伸ばされた左腕は、猿の拳に握り潰され、あらぬ方向へと折れ曲がっていた。

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