3話 我慢と忠告
「あの伝説の《ただ前へ》が目の前に揃ってる!! あぁ僕は今日、世界一の幸せ者です!」
興奮とともに声が大きくなっていくハリエルへ、イコルネは冷めた視線を向ける。
歓喜に震えながら目を潤ませる彼は、トーカから同行を許されて以降、舞い上がり過ぎて手がつけられなくなっていた。
そして、ロビーに現れたマリアテールを見つけた途端、これである。
「憧れのパーティ全員にお会いできるなんて……本当に感激です!! 王立学院で知らぬ者はいないほどの有名人だった皆さんが、冒険者となるなり半年足らずでBランクまで上り詰めた逸話は、教科書に載るべきだと思います! しかもメンバー全員が単身で高ランクの魔物を倒せるほどの実力者! 最年少Bランカーを更新しただけでなく、魔窟を日に数箇所潰して回る驚異的な仕事の早さは誰にも真似できません! しかも、その依頼達成率は九割超えだとか!」
本人たちを前に、よくもまぁこんなに語れるものだ。
窓際へやってきたマリアテールが「何コイツ……」と訝な顔でこちらを見る。
「噂のイコルネもどきだ」
「はい! 僕、ハリエル・ダラットといいます! 学生の頃から《ただ前へ》の大ファンでして……!」
タイラーの雑な紹介で、ハリエルが本日四度目の自己紹介を全力で始める。
彼は、冷ややかな周りの視線など全く視界に入っていないのか、声がますます大きくなっていた。
「トーカさんに魔物討伐の同行許可をいただけたのは、僕の人生史上、最大の幸運です!」
「えっ!? 兄さん許したの!?」
「まぁね。許可っていっても、勝手についてくるだけだし、荷物持ちでも何でもするって言うからさ」
「もちろんです! 荷運び、雑用、パシリ、なんでもやります! それに、憧れの皆さんの戦闘が近くで見られるなんて、僕にとってこれ以上ない勉強の機会なんです! あ、なぜかというとですね! 《ただ前へ》の魅力はやはり個人技の素晴らしさだと思ってまして、中でもイコルネさんは……」
再び始まった賛美の演説は終わる気配がない。
彼と出会ってからまだ数時間と経っていないが、何度も繰り返される同じ話に、イコルネは適当な相槌すらしなくなっていた。
ため息をつき、うんざりした視線をハリエルへ投げる。
ふと目に止まった腰の刀をよく見れば、昔イコルネが使っていた二振りの愛刀と、長さから鞘の意匠までとてもよく似ていた。
それどころか、編み上げの黒いブーツや馬革の二つ穴ベルトなど、どれもこれも見覚えがあるものばかりだ。
憧れもここまでくると、妄信的というか、狂信的というか――正直、気持ちが悪い。
そもそも、新しい依頼を見るために集まったというのに、喋り続けるハリエルに遮られ、一向に掲示板を見に行けない。
友人たちが黙っているので放置しているが、わざわざ話を聞いてやる義理などこちらにはないのだ。
イコルネの爪が、刀の柄をコツコツと叩く。
そのことに目ざとく気づいたハリエルは、乙女ノ炎舞へ視線を落とすと、うっとりするように見つめ、さらに口を動かす。
「イコルネさんの愛刀は、やはり黒刀なのですね。昔お使いになっていた刀もとてもお似合いでしたが、今の新しい二振りは、落ち着きがありつつも苛烈な朱が印象的で、イコルネさんのために存在しているかのような美しさです!」
鬱陶しい。
だがこういうタイプは、こちらが邪険に扱っても喜ぶだけだろう。
下手に調子づかせて、これ以上絡まれるのは余計に面倒くさい。
いっそ怖い目にでも合えば、付きまとう気も起きなくなるだろうか――。
イコルネは柄頭から手を離し、左腰の刀へ滑らせる。
ゆらりと重心を落として握り込み、一息に引き抜こうとした瞬間――タイラーがハリエルの首へ腕を回した。
そのまま引きずり下ろすように肩を組む。
「うわッ! ちょっ、タイラーさん!?」
「煙草……買いに行くから付き合え」
背が頭ひとつ分も低いタイラーにがっちりと掴まれ、前のめりになったハリエルは目を白黒させる。
「か、買い出しに行くのはやぶさかではないのですが、できれば僕は、もう少しイコルネさんとお話をっ」
「うっせぇ」
タイラーは問答無用で歩き出す。
じたばたと抵抗するハリエルだったが、細身の彼ではタイラーの腕力に敵うはずもなく、強引にギルドの入口まで引きずられていく。
扉の前まで来ると、立ち止まったタイラーがこちらを振り返る。
「すぐ戻る。先に依頼見といてくれ」
「了解。二人でゆっくりしてきていいよ」
「すぐ戻るっつってんだろ!」
トーカの軽口に怒鳴り声を返したタイラーは、ハリエルを連れて出ていった。
二人の背を見送り、イコルネは小さくため息をこぼす。
その様子を見ていたトーカが、可笑しそうにくくっと笑った。
「タイラーは本当に面倒見がいいよね。誰かさんたちのおかげで、危険察知の勘がだいぶ鍛えられてる」
「誰かさんたちって……なんで複数形なのよ?」
「なんでだろうねぇ」
にこにこと楽しげな彼は、眉を寄せたマリアテールの頭を撫で、壁に寄りかかっていた背を離す。
「さて、言われた通り、新しい依頼を見に行くとしますか」
そう言って歩き出したトーカに続き、イコルネたちは高ランク依頼の掲示板へと向かった。
* * *
「あ、あの、タイラーさん! 歩きづらいです!」
転びそうになりながらハリエルが声を上げる。
タイラーは胡桃色の頭を見下ろすと、首へ回したままの腕をようやく外した。
よろけつつ体を起こした彼は、名残惜しそうにギルドの入口を振り返っている。
「行くぞ」
声をかけて歩き出せば、ビクリと肩を跳ねさせたハリエルが、慌てて後をついてくる。
それほど語気を強めたつもりはなかったが、所在なさげにさまよう視線には強い緊張が滲んでいた。
人気のない路地を無言で進む。
後ろに続くハリエルは、何度か声をかけようとしては躊躇い、そわそわと落ち着きがない。
イコルネの前では気持ち悪いほど饒舌だったくせに、二人になった途端、えらい変わり様だ。
しかし、とうとう沈黙に耐えかねたのか、ハリエルがおそるおそる口を開いた。
「あの、えっと……ギルドに近い煙草屋でしたら、逆方向では……?」
「ついでに昼飯も買いに行くんだよ」
「あ、な、なるほど! お二人ともまだだったんですね!」
「お前のせいでな」
「あ、それは……すみません…………えーっと、皆さんは、よくご一緒に食事されるのですか? やっぱりチームワークの秘訣は、こういうところから……」
「別に、たまたまだ」
「そう、なんですね…………そ、そういえば、ギルドに集合していたようでしたが、なにかこの後ご予定が……」
足を止め、後ろを向く。
驚いて一歩下がったハリエルへ、タイラーは静かに声を落とした。
「俺が、なんでお前を連れ出したか分かるか?」
「え……?」
「煙草なんていつでも買えんだよ。それをわざわざ、あのタイミングで、お前を引っ張ってきた理由がわかるかって聞いてんだ」
つい苛つきが口調に滲む。
ハリエルは突然の問いに狼狽え、しばらく目を泳がせたあと「分かりません……」と俯いた。
「お前、あのまま喋り続けてたら、一太刀貰ってたぞ」
「は……えっ、と……どういうことですか?」
顔を上げた彼は、意味がわからないと言うように瞬きを繰り返す。
「お前の大好きな大好きなイコルネさんが、イラついて刀抜くとこだったっつってんだよ」
「えぇ!? な、なんでですか? イコルネさん全然そんな感じなかったですよ!?」
思わず深いため息が出る。
知り合って間もないハリエルに、あいつの死ぬほど分かりづらい感情の機微が、読み取れるはずもない。
イコルネは、面倒ごとへの見切りが異様に早い。
そして、手が出るのも早い。
四六時中一緒にいた自分でさえ、その兆しに気づけるようになったのは、出会って二年ほど経ってからだ。
トーカが仕込んだ『ルーティン』のおかげで、多少分かりやすくなったものの、あまり感情を表に出さないイコルネは、愛想笑いを浮かべていたかと思えば、次の瞬間には斬りかかっていたりする。
常に感情全開で騒動を起こすマリアテールほどではないが、イコルネにもかなり手を焼いたものだ。
おかげでパーティで行動している時は、面倒ごとが起こる前に対処する癖が付いてしまった。
「態度に出ねぇだけで、あいつは昔からそういう奴だよ。自堕落で愛想笑いばっかのくせに、イラつくとすぐ手が出る、クソ面倒臭せぇ奴だ」
ハリエルの目が大きく見開かれる。
虐めから助けてもらったことを、英雄譚のごとく話していたくらいだ。
おそらく彼にとってのイコルネは『強く優しい、憧れの存在』なのだろう。
そんな人に刃を向けられかけたなど、信じられなくても無理はない。
けれど実際、先程のイコルネは完全に斬る気だった。
至近距離へ斬り込む時の重心の落とし方、柄を握り込んだ右手、静かに冷えた瞳――何度も見てきた自分が見間違えるはずがない。
流石に指を落とすようなことはしないだろうが、脅しだけで止まれる奴でないことも、嫌というほど知っている。
ハリエルの隣にいたイコルネが刀を抜ききってしまえば、対角線にいた自分では刃を止められなかった。
マリアテールなら、それでも余裕で体を滑り込ませるのだろうが、イコルネの苛立ちに気づいていたはずの彼女は、全く止める気がなかった。
そして、彼女が手を出さなければ、トーカも傍観を貫くに決まっている。
結果、あの場で流血沙汰を避けるには、自分が割って入るしかなかったのだ。
我ながら友人たちの世話に慣れ過ぎている。
「憧れをぶち壊すようで悪いが、イコは高貴な騎士でもなけりゃ正義の味方でもねぇ。どっちかっつーと厄介な部類の戦闘狂だ。お前の行動をとやかく言うつもりはねぇが、あいつら絡みの面倒ごとは御免なんだよ」
吐き捨てるように言い、再び歩き出す。
すっかり黙り込んでしまったハリエルは、それでもとぼとぼと後をついてきた。




