2話 同行の許し
イコルネたちが冒険者ギルドへ着いたのは、ちょうど昼飯時だった。
吹き抜けのロビーはそれなりに混み合い、受付には列もできている。
人の間を縫うように進むタイラーの後ろを歩きながら、イコルネは小さくため息をついた。
今日は元々、タイラーへ昼飯を奢ってから、午後にパーティで集まる予定だった。
中央広場で待ち合わせていたのもそのためなのだが、ハリエルを連れて飯屋へ入る気にはなれず、三人で真っ直ぐギルドへとやってきた。
午後の集合時間にはまだ少し早い。
それでも、どうせいるだろうとロビーを見回せば、背の高い白金髪の頭が目に入る。
窓際の壁に寄りかかり、軽く足を組んでいるその人物は――自分たちのリーダー、トーカ・ロットだ。
差し込む陽光で髪がきらきらと輝く姿は、まるで舞台俳優のように様になっていて、人混みで転びかけた女性職員を支え、笑顔で手まで振っている。
少々鼻につく行動にタイラーが顔を顰めると、ロビーに集う人々へ視線を巡らせていたトーカが、こちらへ気づき手を上げた。
「やぁ、早いね」
「トーカもな。マリーは?」
「まだだよ。今日はお昼ご飯食べてから来るんじゃないかな? ……お迎えに行こうとしたら断られちゃったからさ」
眉を下げて笑う彼は、相変わらずのシスコンだ。
成人をとうに過ぎた妹の元へ、嬉々としてお迎えをしに行こうとするあたり、彼らしくはあるが過保護すぎる。
マリアテールも構われ過ぎるのは嫌なようで、最近のトーカは、逃げられたり、あっさり断られている姿をよく見かけた。
呆れ顔で隣へ並べば、彼の視線がふっと横へ流れる。
イコルネの後ろで挙動不審な動きを繰り返していたハリエルを捉えると、面白いものでも見つけたように、紅茶色の目が細められた。
「珍しく二人揃って早いと思ったら、なんかくっついてるね。タイラー、新しい舎弟でもとったの?」
「んなわけあるか。噂のイコルネもどきだよ」
「ふふっ、知ってる。イコ君が大好きすぎて真似っこしてる、ハリエル君でしょ。ついにご本人に会えたんだね」
にっこりと笑いかけられたハリエルは、目を見開いて小刻みに震え出す。
「天才魔法士と名高い、あのトーカ・ロットさんに名前を知っていただけてるなんて……! 感激です!! あ、あ、握手していただいてもよろしいでしょうか!!」
熱烈すぎる歓迎に、トーカは苦笑をこぼしながらも自然に手を差し出す。
「ついでにサインでもしようか?」などと口にする彼は、やはりこういう相手に慣れているようだった。
「それで? ダラット侯爵の末息子を、わざわざ連れてきたってことは、なにか面倒ごと?」
「え……こ、侯爵!?」
平然と言ったトーカとは対照的に、イコルネとタイラーは目を見開く。
「なんと! 僕の家のことまでご存じとは!! トーカさんは魔法だけでなく、情報戦にも強いというのは本当だったんですね!」
目を輝かせるハリエルは嬉しそうに言う。
「確かに僕は、戦鎧侯爵と呼ばれるダラット家の四男です! 代々、王の近衛騎士を任される家系ではありますが……僕は! 城で王を守るより、自ら戦場へと赴く冒険者になりたかったのです!」
得意気に言い切る彼だが、侯爵といえばこの国に五家しか存在しない高位貴族だ。
なかでも『近衛のダラット』は、貴族に疎いイコルネですら知っている名門で、建国当時から続く由緒正しい家の一つである。
そんな名家の息子が、いくら末弟といえど、そう易々と冒険者になどなれるはずがない。
「だからって……反対されなかったのか?」
「家族にはもちろん反対されました。……ですが、僕にはすでに王城騎士団へ入隊している優秀な兄たちがいますし、末っ子なので家督を継ぐ必要もありません。それにですね! 冒険者でもAランクまで登り詰めれば、功績次第で爵位が貰えるじゃないですか! そうなってしまえば、誰も文句は言わないでしょう!!」
拳を握り、声高らかに力説するハリエルは、おそらく家族の反対もこの勢いで押し切ったのだろう。
それでCランクまで上がれてしまうのだから、ただの坊ちゃんではないのだろうが、そうなってくると余計にややこしい。
「面倒ごとが増えた気がする……。トーカ、ハリエルの話聞いてやって……」
「いいよ。聞くだけ聞いてあげる」
「は、はい!」
勢いよく姿勢を正したハリエルは、中央広場でしたのと同じように、《ただ前へ》を褒め称えて、そして魔物討伐への同行願いを口にした。
静かに聞いていたトーカはゆっくりと頷く。
「……なるほどね」
薄く微笑んだトーカの表情は、話を聞くなりあからさまに嫌な顔をしたイコルネたちとは対照的だ。
そんな彼にハリエルは期待の眼差しを向ける。
「で、では!」
「まぁ、とりあえず落ち着いてね。イコ君とタイラーはさ、僕に上手いこと断らせるために、君を連れてきたみたいなんだけど……」
そこでひと呼吸置いたトーカは、パッと笑顔を明るくする。
「僕的にはいいんじゃないかと思うよ」
「「おいッ!」」
咄嗟に出した声がタイラーと揃う。
途中から嫌な予感はしていたが、案の定、トーカは胡散臭い笑顔を浮かべていた。
タイラーが噛み付くように抗議の声を上げる。
「許してどうすんだよ! 普通に邪魔だろ!」
「貴族のお坊ちゃんとか……俺、面倒見れないんだけど……」
「別に、面倒見てあげる必要はないよ。曲がりなりにもCランク冒険者なんだ。自分の身くらい自分で守れるよね? ハリエル君」
「はい! もちろんです!」
「それに、ソロで活動するだけの実力があるなら、最悪、魔窟の中に置いていっても自力で脱出くらいできるでしょ。パーティに加入させるわけじゃないから、どこで野垂れ死のうが僕らに責任はないしね。あくまで彼が勝手に着いてくるだけ。しかも、善意で荷物持ちまでしてくれるって言うんだ、不利益はないと思わない?」
さも歓迎しているかのような態度だが、侯爵家の御曹司に対して『助けない』と言い切る彼は、やはりパーティ内で一番容赦がない。
危険に晒されれば、なんだかんだ助けに入る自分たち三人と違い、彼は妹の益にならないと判断した瞬間、本当に見捨てるだろう。
しかし、そんなトーカのことを知ってか知らずか、ハリエルは嬉しそうに声を弾ませる。
「ありがとうございます!! 皆さんのお役に立てるよう、精一杯頑張ります!」
「まぁ、あんまり張り切りすぎないようにね」
こくこくと頷く彼は、小躍りでもし始めそうな喜びようだ。
「お前に頼ったのが間違いだったわ……」
「目論見が外れて残念だったね。こういうの、マリちゃんは面白がるでしょ? あの子が喜ぶことなら多少の面倒くらい、僕は気にならないからさ。嫌なら自分たちで断ってね」
思わずこぼれたため息が二つ重なる。
顔を見合せたイコルネとタイラーは、諦めたようにその場で項垂れた。




