幕間 団長室と報告書
机上で揺れるランプの明かりが、窓ガラスに淡い影を落とす。
夜更けの執務室には、紙とインクの匂いが静かに漂っていた。
ダレンは高背の椅子に身を預けると、重いため息を吐く。
目の前には山と積まれた書類の束。
そのほとんどは鏡鎧蜂討伐作戦に関するものだった。
一番上に積まれていた紙を手に取り、ランプの光にかざす。
――軽傷者五十三名。
――重傷者三十七名。
――死者〇名。
並んだ数字を見つめ、思わず眉間を押さえる。
今回の作戦は、王城騎士団の汚点となりかねないほど悲惨なものだった。
冒険者たちの間で『Bランク』と呼ばれる魔物は、想定を遥かに超えて強く、一体を相手にするだけでも分隊規模の戦力を要した。
加えて、わずかな接触で戦闘不能に陥らせる即効性の神経毒。
作戦開始からものの数分で、半数近くの騎士や魔法士が倒れ伏し、選りすぐりの治癒士たちでさえ対応が追いつかなかった。
その結果、綿密に立てた作戦も現場ではほとんど機能せず、戦場は混乱を極めることとなってしまった。
死者が出なかったことだけが唯一の救いだが、騎士団のみで挑んでいたら、被害はこの程度では済まなかっただろう。
「盾がなくなる、か……」
ダレンは冒険者の統括をしていたマルコ・ゾリードの言葉を思い出す。
建国当初、騎士団が担っていた『魔物の脅威を退ける』という役目は、今やすっかり冒険者のものとなってしまっている。
国の有する最大戦力であるはずの騎士団に対し、盾足りえないと真正面から突きつけてきたあの男へ、即座に反論ができなかった自分自身が心底腹立たしい。
しかし、実際に戦場を経験した者なら、誰もがその圧倒的な実力差を痛感したはずだ。
ともに魔物を討伐する仲間であれば、この上なく頼りになる。
だがそれは同時に、冒険者という者たちが騎士団よりも戦力を有しているという事実にほかならない。
もし彼らに謀反の意思が芽生えた時、今の騎士団では鎮圧することができないのだ。
この事実が露呈すれば、王族へ不満を抱く貴族たちは冒険者ギルドを抱え込もうとするに違いない。
ギルド長の男はまともそうではあったが、所詮は金で動く冒険者側の人間だ。
大金を積めば簡単に貴族の下につくだろう。
建国から二百余年、国を治めてきた王族が騎士団の戦力不足で途絶えるなど、決してあってはならない。
今の騎士団に必要なのは、早急な戦力の強化だ。
冒険者を圧倒できるほどの戦力。
それを有することこそ、王城騎士団が、国を守る最大の盾であることの証明となる。
ダレンは紙を書類の山へ戻し、報告書の作成に取り掛かる。
ペン先にインクを浸し、港の避難誘導や船の手配、それらにかかった経費、回収された魔物素材の査定額、そして被害状況などを淡々と記していく。
事実と成果を少しばかり誇張して書き上げたそれは、あくまで『冒険者たちの助力を得ながら、騎士団が主導して成し遂げた』ように見える、体裁の整った報告書だった。
ペンを置き、脱力したように椅子へ身を沈めた時、机の端に置かれていた紙束が肘にあたってバサリと床へ落ちる。
臙脂色の絨毯に広がったそれは『合成魔獣研究に基づく実用化提言書』と書かれた書類。
確か、北東の街を収めるファウグス伯爵が、少し前から融資をしている研究所のものだ。
合成魔獣の研究は非人道的な内容が多く、数年前にかなり規制されたはずだが、それでも研究はしぶとく続けられ、最近になってようやく成果が出たと報告が上がっていた。
拾い集めながら何気なく資料に目を通していたダレンの手が、一枚の紙で止まる。
そこには『軍事利用における強化魔獣の有用性』の文字。
飼い慣らし、服従させることに成功した実例と、騎士団への魔獣部隊の導入を提案する内容が書き連ねてあった。
次回の投稿は、明後日10月2日(金)となります。
※明日は活動報告にて登場人物紹介⑤を投稿しますので、興味がある方は覗いてみてください。




