10話 大人の打ち上げ
「店主! エール四つ!」
無駄に大きな声を出したマルコは、店内を見回し、空いていた奥のテーブル席へ向かう。
後ろを歩くレイシアに「静かにしてよ!」と怒られたが、悪びれもせずに笑った。
騎士団との合同依頼を終え、ギルドで事務処理などの諸々から解放されたのは、日が落ちた後だった。
《迅魔巫》では仕事を終えると、反省会がてらパーティで飯を食いにいくのが恒例となっている。
店はその時々で違うが、今回はマルコが昔馴染みの営む飲み屋を提案したため、王都南西にあるこじんまりとしたこの店へ来たのだった。
「はいよ、おまたせ」
席に着くなり、店主の男が両手に大きなジョッキを四つ持ってやってくる。
落ち着いた茶髪を後ろで括った恰幅のいい店主は、マルコが冒険者となった頃、ランティスとともに冒険者をしていた男だ。
同い年なこともあり、当時は酒を飲み明かしたり、仕事を競い合ったりと、それなりに気の合う仲だった。
ランティスのギルド長就任とともに引退し、ずっと夢だったという飲み屋を開いたのはもう十年以上前のことだ。
「それじゃあ、今回も無事に仕事を終えたってことで……乾杯!」
カチリとジョッキを合わせ、全員でエールを煽る。
一息で飲み干しテーブルに音を立てて置くと、既にジョッキを空にしていたレイシアと目が合う。
華奢な体に似合わずよく飲む彼女は、パーティいちの酒豪だった。
「いやぁそれにしても、今回はなかなか面倒くせぇ仕事だったな」
「騎士団が出張ってくるからどんな依頼かと思ったけど、案の定グダグダだったよねー」
足を組み、仰け反るように伸びをしたノックが同意してくる。
崖上の前線で好き勝手やっていたマルコたちと違い、船上で指揮官の指示を聞かなければならなかったノックとレイシアは、もううんざりだと言いたげな表情だ。
「ほんとに……。私が《障壁》を張ってなかったら、あっという間に四隻沈んでたわよ……」
「四隻? 船は五じゃなかったか?」
「トーカ君のところは自分でなんとかしてたから、私がする必要がなかったの」
「あー、あいつな……。魔力量も魔法の腕も、噂に違わぬバケモンだったな」
「崖の上を吹き飛ばした魔法。あれは、船の魔道砲を改造したものだろう」
「うへぇ……国家機密の魔道砲を改造って……。どんな頭してたら、あの難解な魔法陣をその場で上書きとかできるわけ……」
「トーカ君は昔からそうなのよ。その上、人当たりもいいし、顔もスタイルもいい。ギルドの女の子は全員一度は惚れてるって評判だもの」
「うっわ、イケすかねぇ……」
キザったらしい笑顔が頭に浮かび、マルコはため息をついた。
トーカのあの顔は、確かに女性にはモテるのだろう。
しかし、面と向かって言葉を交わした感覚としては、優しさや包容力なんてものではなく、全方位へ常に警戒の針を向けているような、何者も信用していないと体現しているような、そんな薄ら寒いものだった。
「はぁ……今どきの若者は怖いねぇ……」
「……怖いといえば、あの妹も凄かったな。終始、目で追うことができなかった」
腕を組みながらドルトンがしみじみと言う。
「あれほどの速さなら、ノックの矢でも止まって見えるのだろうな」
「それねー……。素直に褒めてくれてたけど、至近距離から狙っても余裕で避けられそうだもん」
「俺の剣も『捌くのが面倒臭い』っつってたな。避けられること前提で話されたのなんか初めてだわ」
「そういえばマルコ。お前、あの妹の攻撃を嬉々として誘っていなかったか?」
「いやぁ、何度か受ければ気配を追えるかと思ったんだが……結局断られちまったし、全部かわされたよ」
「まったく……。女の子に軽々しく絡むから嫌われるのよ」
呆れ口調のレイシアにため息をつかれる。
だが、マリアテールの動きをそばで見ていた身からすると、あれは受けてみたいと思わざるを得なかった。
目で追えないどころか気配すら感じ取れない速さ。
いくら《加速》を駆使したとしても、自分ではあの域に達することはできないだろう。
速さのためだけに作られたような身体と、極限まで洗練された筋肉の使い方。
そして、高速移動のなかでも正確に獲物を捉える動体視力。
すべてが完璧なバランスで保たれているからこそできる動きだ。
あの兄あってこの妹ありということなのか、本当に末恐ろしい。
「その点、タイラーはなかなか良い奴だったなぁ」
「大剣の子でしょ。豪快なのに人に合わせるのが上手い、いい剣士だったねー」
「あぁ、あの妹の動きも完全に目で追えていた。少々口は荒いが、素直で良い奴だ」
「……でも、あいつらの戦い方は真似したくねぇなぁ……。味方も敵もありゃしねぇ……」
攻撃を誘っていた自分が言えた口ではないが、常日頃からあんな戦闘をしていては、神経が擦り減って仕方がない。
敵の攻撃の合間に味方の刃を跳ね返し、どこから飛んでくるともしれない魔法にも常に気を配る――考えただけで頭が痛くなってくる。
それを、あいつらは軽口を叩き合いながら平然とやっているのだ。
一番まともそうなタイラーも大概だった。
「あとはあれね……魔眼」
「いやぁ、あれはなぁ……」
「……」
全員が口を噤む。
魔眼持ちのイコルネ。
名も噂も聞いていたが、はっきり言って得体がしれない。
魔眼は総じて紫の瞳が特徴だが、戦闘中以外の彼の瞳は至って普通の赤土色だった。
それにもかかわらず会議室で初めて会った時、彼はその場にいる全員を視ていた。
力量を図られたのか、内面を見透かされたのか、むしろその両方かもしれないが、気だるげな視線からは一切感じとれなかった得体の知れないそれを、ただ直感で感じた。
――そして、あの戦闘だ。
鏡鎧蜂の毒を食らって尚、笑いながら刀を振るう姿。
自らを省みず、死地へ突っ込んでいく異常さ。
あの時タイラーが止めに行かなければ、彼はそのまま命の火を燃やし尽くしていたような気さえする。
魔眼で動きが読めるとか、弱点が分かるとか、そんなものは関係ない。
イコルネは、頭のネジが飛んだ戦闘狂――それがマルコの抱いた印象だった。
「あの距離から女王を見つけちゃうのは凄かったけど、一緒に戦いたくはないなぁ……」
ノックが呟くようにこぼす。
「ええ……。治癒士のいないパーティであんな無茶、命がいくつあっても足りないわ……」
「見ていて気が気じゃない……」
仲間たちも自分と似たような印象なのか、一様に表情が曇る。
敵味方関係なく攻撃する兄妹に、喜んで死ににいく魔眼。
辛うじてバランスを取っているのがタイラーなのだろうが、《ただ前へ》はパーティとして危うすぎる。
Bランクとしてあまりある実力は持っているが、あれで依頼達成率九割超えだというのだから、まともじゃない。
「はぁ……ランティスの気苦労がわかった気がする……」
ため息混じりにそう呟いた時、店の扉が音を立てて開く。
豪快な足音を立てて入ってきたのは、たった今名を口にした冒険者ギルド長のランティスだった。
「お! 今日はここで飲んでんのか。合同依頼ご苦労だったな」
「おー、お疲れぇ」
力なく手をあげれば、ランティスはこちらへやってくる。
店主に酒を頼み、隣のテーブルから椅子を持ってくると、彼はマルコたちのテーブルに座った。
「面倒なこと押し付けて悪かったな」
「まったくだ……あっちもこっちも面倒なやつばっかりだった」
項垂れつつマルコも追加の酒を頼む。
テーブルの上は既に大量のジョッキと皿で溢れていたが、今夜は飲み明かしたい気分だった。
「多分、騎士団の方から適当な報告が来るだろうが、念のため釘は刺した。それで揉めるようなことがあったら……悪いな」
「いや、構わねぇよ。元々こうなる気はしてたからな。あちらさんにもメンツがあるから、突っぱねる訳にもいかなかったんだ。……むしろ謝るのはこっちの方だ」
「いやぁ、お互い様だろ」
「それにな……あのメンバーで上手く立ち回れるのは、正直お前らくらいしか思いつかなかった。《神奏の剣》はいいとしても、《ただ前へ》は統率なんて言葉と対極にいるような奴らだからな……。トーカの火力と、イコルネの索敵力、それがあるからBランクパーティ三組だけで済んだが、あの規模の討伐、本来ならAランクを引っ張り出してもおかしくねぇんだ……」
「……なるほどな。なんか納得いったわ」
店主が運んできた酒を煽る。
Aランク冒険者なんてのは、実力も必要だが、それ以上に責任ある地位にいる者が多い。
戦力が必要だからといって、おいそれと呼び出して戦場へ送り込めるものではないのだ。
だからこその、あのメンバー。
火力と索敵にすべてを振った《ただ前へ》。
足でまといであろう騎士団へ気を配り、サポートができる《神奏の剣》。
そして、騎士団と冒険者の衝突を収められる《迅魔巫》。
急を要する合同依頼で、ギルド長としてランティスがとれる最善だ。
黙ったマルコの様子に、ランティスがわざとらしく咳払いをする。
「まぁ、なんだ。苦労かけた分、穴埋めはさせてくれ。今日は俺が奢るから、好きなだけ飲み食いしろ」
「よっしゃ! 聞いたなお前ら! 店主、酒の追加だ!」
急に元気になったマルコは、無駄に声を張り上げる。
仲間たちに苦笑されながら注文したのは、店で一番高い酒だった。




