9話 功績
「マール、これ返す。助かった」
イコルネはローブの中に入れていた毛玉のような魔物を差し出す。
挙動不審なマールは声を裏返らせながら、慌ててそれを受け取った。
騎士団との鏡鎧蜂討伐作戦が終わり、冒険者たちは崖の上に集まっていた。
崖下ではトーカの張った氷の上で、魔物と巣の解体作業が行われている。
戦闘ではほとんど戦力にならなかった騎士団も、流石に後処理まで冒険者任せではメンツが立たないのか、団長の指示の元せっせと手を動かしていた。
イコルネは煙草を咥えたまま、仲間の元へ逃げ帰っていくマールの後ろ姿を眺める。
相変わらず彼女の周りにはふわふわとした魔力が舞っていて、見ていて少し面白い。
しかし見られていることに気づいたマールは、怯えたようにライナーの後ろへ隠れてしまった。
「イコが女の子怖がらせてるー」
隣へやってきたマリアテールがくすくすと笑う。
「怖がらせるようなこと、した覚えないんだけど……」
「でもイコ君、船の上で彼女に怒鳴ってたでしょ。あれが怖かったんじゃない?」
マリアテールの後ろを着いてきたトーカが、いつもの調子でからかってくる。
今も崖下の氷を維持しているはずの彼は、魔力が枯渇する様子が微塵もなかった。
「戦ってる時に声がでかくなるのは仕方ないだろ……。そんなので怖がってたら、冒険者なんてやってらんないって……」
「タイラーなら、黙ってても怖がられそう」
「あぁ? 声がでけぇのはお前もだろうが」
崖下を覗いてたタイラーがこちらを向く。
大規模な戦闘の割に死者の出なかった今回、友人たちはほとんど怪我を負っていなかった。
一人だけかすり傷だらけのイコルネは、ため息の代わりに煙を空へ吐く。
二、三日もすればほとんど治るだろうが、彼らと並んでいるとやはり自分の実力不足が悔やまれた。
「あの……よかったら、治しましょうか?」
突然後ろから声をかけられ、思わず身を引いて振り返る。
そこには、淡い金髪を背中に垂らし、装飾の少ない絹織りの白い上衣に身を包んだ女性が、こちらを見上げて立っていた。
一見、聖職者のような佇まいだが、まとう魔力は紛れもなく冒険者のそれだ。
「急にごめんなさい。今、皆さんの怪我を直して回っているの。大した傷じゃなくても、毒が回るといけないから」
優しそうな笑みを浮かべる彼女は、確か《迅魔巫》の魔法士だ。
「えっと……じゃあ」
ぎこちなく返せば、彼女は微笑んだまま小さく頷く。
広げた両手をこちらへ伸ばし、呟くように詠唱すると、桜色の魔力がイコルネの全身を包み込んだ。
ほのかに温かさを感じるそれは、ほどなくしてふわりと離れ、いつの間にか手足や頬の傷が跡形もなく消えていた。
「レイシアさんの《治癒》は流石ですね」
そばで見ていたトーカが、珍しく感心した声を上げる。
「そんなことないわ。トーカ君に比べたら私なんて凡人よ」
「ご謙遜を。一瞬で全身を治せる《治癒》の魔法なんて、救護院でも滅多に見れないですよ。それに、僕はそっちに適性がないので、素直に羨ましいです」
トーカの言葉に、レイシアは小麦色の瞳を細めて照れくさそうに笑った。
「巣の上を吹き飛ばしたの、お前なんだって?」
レイシアの後ろから《迅魔巫》の面々が歩いてくる。
三人ともそれなりに魔法を使ったのか、以前視た時ほどの魔力はないが、相変わらず体内を巡る動きは安定していて、戦闘後も実力の高さが伺えた。
マルコは興味深げな視線をトーカへ向ける。
「下の氷もお前って聞いたし、魔力量がバケモンだな」
「お褒めに預かり光栄だけど、今回の殊勲はあの竜巻じゃないかな」
「うちのレイシアはこんな見た目のくせに、治すより壊す方が得意だからなぁ」
「マルコ、うるさいわよっ! ……それに、あの《旋風》はそんなに凄い魔法でもないわ。一度展開してしまえば、方向の制御くらいしかできないし、周りへの被害が大きいからなかなか使う機会もないの」
「俺がたたっ斬るしか消す方法ないしな」
「それは……まぁ、いつも助かってるわ」
眉を下げる彼女だが、崖から五百メートル近くは離れた船上から、あの規模の魔法を正確に制御するなど、並の魔法士にできる芸当ではない。
卓越した魔力の制御――それが、彼女の本領なのだろう。
「ねぇねぇ! 最後の矢は誰が打ったの? 全部きれいに頭を撃ち抜いてて凄かったわ!」
トーカの後ろから顔を出したマリアテールが、目を輝かせて言う。
「それは俺だよー。嬉しいこと言ってくれるね」
マルコの横にいた鼠色の髪の男が、ヒラヒラと手を振り笑う。
「ノックさん、だっけ。船の上から打ったんでしょ? あれ全部見えてるの?」
「目はいい方なんだよねー。一キロくらいまでなら多分外さないよ。まぁ……魔眼には負けるけど」
ちらりとイコルネを見た白目がちな翡翠の瞳は、軽い口調とは裏腹に鋭く細められていた。
「なぁ、あんたの《増強》って、普通のじゃねえよな?」
タイラーが盾持ちの男へ近づいていく。
体の大きい彼と並ぶと二人は親子ほどの体格差があった。
「あれは《増強》の魔法というより、魔力循環の応用を使っているんだ。筋繊維に常に魔力を纏わせ、伸縮と同時に……」
「ドルトンの先生スイッチが入ったな」
マルコがくくっと苦笑する。
興味津々なタイラーへ事細かく説明を始めたドルトンは、本物の教師のように身振り手振りを交えて熱弁していた。
八人で談笑していると、崖上で後処理をしていた一団の中から白い鎧姿の騎士が歩いてくる。
赤い縁どりのあるその鎧は、確か指揮官たちが身につけていたものだ。
しかし歩いてくる騎士は、鎧の肩部分から深紅のマントがはためいている。
「冒険者諸君。鏡鎧蜂の討伐、ご苦労」
兜を外した下から現れたのは、撫でつけた白髪と鋭い茶褐色の瞳。
騎士団長のダレン・ベルフォールだった。
「貴殿らの働きは実に見事なものだった。王城騎士団として最大の敬意を表そう」
「騎士団長様にそう言って貰えたら、冒険者冥利に尽きるってもんですよ」
一歩前に出たマルコがダレンと向かい合う。
「王都の冒険者がこれほどまでの精鋭揃いとは。騎士団内における冒険者への評価も今後は再考せねばなるまい。君らと騎士たちの不和も、今後は解消されていくだろう」
「そいつは願ったり叶ったりですね」
「我らはいずれも、民を守るという志を同じくする者だ。両者の協力関係がより強固となれば、この国にとっても大いなる益となる」
そこで一度言葉を区切ったダレンは、ゆっくりと瞬きをした。
静かに開かれた眼光は先程より数段鋭い。
「……しかしながら、今回の任においては、あくまで合同討伐という体裁を取っていた。我が騎士団も、海路の確保や封鎖、戦場の下地づくりにおいて、相応の働きを担っていたことは確かだ。故に、事の経緯を報告するにあたっては『ともに鏡鎧蜂を討ち果たした』という形で記させてもらう」
有無を言わせぬその言葉は、つまり『騎士団も健闘したことにしろ』ということ。
鏡鎧蜂相手にろくに攻撃も通らず、蜂の殲滅も、巣の破壊も、女王の討伐も、すべて冒険者に任せきりだったというのに、随分と虫のいい話だ。
別に功績なんてものに興味はないが、こちらを見据えるダレンの態度は、命をかけて戦った者に対するにはあまりにも誠意がなかった。
イコルネの指が乙女ノ炎舞の柄をコツンと叩いた時、前に立つマルコがわざとらしく声を張る。
「へぇ……功績を騎士団にも、ね? まぁ冒険者ってのは、基本ただの戦いたがりなんで、名声なんて気にしない奴ばっかりですから」
背の高いダレンを真っ直ぐに見つめるマルコの瞳は、声色とは似ても似つかない怒気を孕んでいる。
全身から立ち上る魔力のすべてが、ダレンへの敵意で渦巻き、武器に手をかけているわけでもないのに、喉元へ切っ先を突きつけていると錯覚させるほどだった。
「でもね、一つ覚えておいてください。黙ってるのと、黙らせるのとじゃ意味が違うんですよ。あんたらの身の振り方次第で、この国を守る盾がなくなる可能性があるってこと、肝に銘じてくださいね」




